第16話 魔物のいない草原
このまま続くと、退屈かなと思ったので、いったん、時間をすすめました。
あとで、回想的に、もどろうと思います。
「ホント。いないっすね」
「…ああ、いねえなあ」
窓の外には、草原が広がっていた。
某ゲームのBGMが流れるわが家のワンボックスカーは、街道を軽快に走っている。
「オレたちのいままでの戦いって、何だったんっすかね」
「しょうがねえだろう。魔物が、勝手に襲いかかってきたんだからよ」
「こんなもんですニャ」
ライムがしたり顔で言った。
「ジュンしゃまは、魔物にとってはドラゴンみたいなもんニャから、いまごろあわてて逃げてるニャ」
「まあ、そうなんだろうけどよ…」
「わりきれないっすよ…」
後ろの座席で、ケンイチさんとケントさんが、がっくりと力を落としていた。
「むしろ、スタンピードが起きなくてほっとしてるくらいだニャ」
魔物たちは、あわててオレから逃げた後、近くの森の中にこもってこちらのようすをうかがっているらしい。
オレの頭の上でイカの珍味をほおばりながら、ライムが自慢げに解説していた。
ラノベ的には、次々と襲い掛かってくる魔物たちをばったばったと倒していって、山のような素材やらお肉をゲットして、ウハウハする場面のはずなのに…。
あまりにも、のどかな異世界ドライブだった。
街道はいちおう舗装されているので、時速で80キロメートルで巡航していた。
オートクルーズで設定してるから、80キロメートルぴったりだ。
たぶん、馬車と比べれば、とんでもない高速なのだろう。
騎馬の全速力くらいなのだろうか。
もちろん、近くには建物ひとつないので、体感ではひどくゆっくりに感じる。
「ねえねえ、ジュン君。ボクにみとれて、わき見運転とかしちゃだめだよぉー」
助手席のセーラが、ポテチの袋に手をつっこみながら顔を痙攣させている。
おおかた、ウインクでもしようとして失敗したのだろう。
そんなときだった。
「おおっ、まさか、アレは!」
オレは、歓喜した。
前方100メートルくらいのところに、魔物らしき生物を発見したのだ。
ああ…、ようやく、異世界らしくなってきた。
オレは、はじめて目にする魔物に感動していた。
「ブラックウルフっぽいっすね」
「ああ、まちがいねえ。」
ふっ…
『黒い狼』とは、オレのはじめてのエネミーにふさわしい!
さあ、いまゆくぞっ!黒い狼よ!
…と、ふるい立ったときだった。
くだんのブラックウルフが、必死で逃げ出そうとしているのだろう。
四足のくせに、何度も転んでいるのが目に入った。
「…ああ、いるな。ああいうの、…人間にも」
「そうっすね。長生きできないタイプっすね」
「大自然のなかで生きるには、ニブすぎるのニャ…」
ぼんやりしていて、逃げ遅れた個体のようだった。
焦って何度も転ぶ姿に哀愁を感じる。
いたたまれない気持ちになったオレたちは、彼?のそばを素通りするしかなかった。
それでも、壊れたおもちゃのように何度も転んでる姿がバックミラーにしばらく映っている。
オレの、異世界での魔物とのファーストコンタクトは、哀愁の漂うものとなった。