第159話 ずいぶん親切なお店だった
ダンジョンのことは、冒険者ギルドで聴いてきた。
オレのカードを作ってくれた職員の女の子に尋ねたのだ。
彼女は、ルネちゃんをちらちら見ては、首をかしげていたが、丁寧に教えてくれた。
「Fランクのオレでも、入れるだろうか?」
問題はここだった。
「もちろん!大丈夫だよ」
職員の子は、笑いながら答えてくれた。
「人間を襲うような魔物は、5階層くらいからしか出ないんだ」
だから、
「1階層なんて、小さい子が薬草を採ったりしているよ」
ルネちゃんを見ながら、そんなことを言った。
なるほど…
そんなに安全なダンジョンだったとは…
ちょっと、拍子抜けしてしまったが、それなら、ルネちゃんが、初対面のオレに頼むのも理解できる気がした。
ただ、
そんな、『ちびっ子でもOK』のところに、『死にそうなジジイ』を救えるアイテムが転がっているのだろうか。
いくら異世界でも、安易すぎやしないだろうか。疑問だった。
しかし、
『手を貸す』と約束したのだ。
ここで、くだくだと問いただすよりも、約束通りに、一緒に行ってあげるべきだろう。
オレは、ちょっと不安そうに、オレの顔を見上げているルネちゃんを見ながら、そう決心した。
『ワンボックスカー』は、やはり、目立ちまくっていた。
できるだけ目立ちたくはなかったが、ちっちゃい子がいるのだ。
歩きで行くわけにはいかない。
馬車を探すのも面倒だった。
どんなつまらないトラブルがあるか予測できない。
そんなことで、時間を潰されるのもいやだった。
それに、馬車などとは、速度が違う。
相手がどんなに驚こうと、いっしゅんで、すれ違ってしまう。追い越すときも、たいして変わらない。
目立ったとしても、そのいっしゅんのことなのだ。
まあ、あとで、いろいろと騒ぎにはなるかもしれないが…
…………
よく整備された街道をしばらく走ると、ダンジョンに到着した。
そこは、ちょっとした繁華街だった。
まず、広い通りの突き当りには、劇場の入り口のような、大きな立派な入り口が見える。
入り口には、衛兵も待機していた。
ダンジョンの入り口に違いない。
うちのダンジョンとは、ずいぶん違っていた。
うちのは、今思えば、入り口からして『SFっぽいダンジョン』だった。
そもそも、立地条件が悪すぎて、たちまち廃業してしまったし…
ほかに呼びようもないから、未だに『ダンジョン』と呼んでいるだけで、いまは、魔物さんたちの住居であり、農場であり、あと、『白い部屋』だろうか。
広い通りの両側には、宿もあるし、武器や防具の店、鍛冶屋もあった。
屋台も軒を並べていて、ちょっとした縁日のようだ。
もちろん、遊郭のような建物もある。
やはり、異世界転移といえば、『遊郭』だろうか。
しかし、オレには、あの花園に足を踏み入れる勇気はなかった。
入った瞬間、うちのお嫁さんたちに、取り囲まれてしまうに違いない。
『転移魔法』というのは、『諸刃の剣』なのだ。
そんなことを思いながら、オレは、一軒の店に入った。
『薬屋さん』だった。
オレは、『ポーション』などの商品を、ひととおり購入した。
べつに、ダンジョンで使うためではない。
いま、ミルフィーユは、新たな展開を開始するのだ。
そのための『市場調査』の一貫だった。
価格も、詳細にメモしてある。
…………
問題は、ここからだった。
それは、オレの『体質?』にある。
オレが、近寄ると、みんなで逃げるのだ。
みんなとは、もちろん、魔物だが…
いままで、逃げなかった魔物といえば、
①『重症で逃げられなかった元ブラックウルフと、その肉親』
*いまは、銀色になって、うちのペットになっている。
②『仕様で逃げられなかった、うちのダンジョンのオークさん』
*かわりに、みんなで土下座していた。
③『うちのダンジョンのラスボスのドラゴン』
*そもそも、『メカドラゴン』で、魔物と呼んでいいのかどうか…
…くらいのものだ。
こんかいは、『アイテム探し』のクエストだ。
魔物が逃げても、オレは、かまわない。
しかし、
ダンジョン内で、魔物の『大移動』が起きれば、ほかの冒険者の人たちに、どんな被害が出るか、まったく予想がつかない。
パニックていどで、終わるかもしれないけど…、それはそれで、問題だろう。
自分が、これほどまでに、冒険者に向いていないとは…
オレは、すこし、悲しくなった。
異世界転移モノなのに、ひどすぎないだろうか…
そのときだった。
「…どうしたのだ?」
ルネちゃんが、心配そうに尋ねた。
「なにか、悲しいことでもあったのか?」
オレは、こんな小さな子に、心配をかけてしまったらしい。
…情けないことだ。
これは、自分自身に負けているようなものだ。
この世で、いちばん強い人間、それは、けっして、どんな敵でも退ける武力を持ったものなどではない。
それは、自分自身に、打ち勝つ人間なのだ。
「ああ、すまない…」
もう、大丈夫だよ…と、ルネちゃんに微笑みかけた。
が、
「それは、この建物と関係あるのか?」
そう言って、ルネちゃんが、目の前の華やかな店舗を指差した。
「え?」
見ると、やたらと色っぽいお姉さんが、窓から顔を出している。
もちろん、偶然にすぎないのだが、オレは、『遊郭』の入り口付近で、呻吟していたらしい。
「…あんなに、若いのにねぇ」
「…○○が立たないのかねぇ」
「…かわいそうに」
道行くひとびとの囁きが聞こえてくる。
ルネちゃんにも、囁きが聞こえたらしい。
「若いのに、○○が立たないのか?」
率直に、尋ねてきた。
くっ…
わかって尋ねているとは、とうてい思えないが、何と答えたらいいのか。
ためらっていると、後ろから艶っぽい声がかかった。
「…ちょっと、にいさん」
「…安心していいんだよ」
「…それなりの、楽しみ方もあるんだよ」
「…人生、あきらめちゃいけないよ」
「「「そうだよ、そうだよ」」」」
窓から顔を出していた、色っぽいお姉さんたちが、こぞって、慈愛に満ちたまなざしで、語りかけてくれた。
「それに…」
お姉さんのひとりが言った。
「うちは、託児所つきだよ」
…………
ずいぶん、親切なお店だった。