第158話 誘拐じゃないから
ぱりぽり……
「…ほんに」
ぱりぽり……
「…ダンジョンというところは」
ぱりぽり……
「…たいくつな」
ぱりぽり……
「…ところじゃのう」
ルネちゃんは、オレに抱っこされて、ポテチに齧りついている。
もちろん、さっきの挙動不審のちっちゃい子だ。
つい、さきほどまでは、手をつないで、一緒に歩いていた。
しかし、あっというまに、懐いてしまって、疲れると、両手を広げて、抱っこを要求するようになった。
最初の、あの怯えかたは何だったのだろう…
いまは、ポテチを食するために、抱っこを要求してきた。
袋から、取り出して食べるには、両手を使わねばならない。
そうなると、手をつなげなくなるからだ。
オレは、ちっちゃい子を野放しにするつもりなはない。
『抱っこ』か、『手をつなぐ』か、ふたつにひとつだ。
*『おんぶ』は、いまは、おいていおく。
ゆえに、この『ポテチ抱っこ請求』は、まことに、正当な要求なのだ。
オレは、いま、ポテチに舌鼓をうつ美幼女を、抱っこしながら、ダンジョンを探索していた。
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いつものように、時間はすこしさかのぼる。
「おじいさまが、死にそうなのだ」
目を覚ますなり、いきなり、泣きそうな顔で訴えてきた。
「…はい?」
「余のせいだ…」
「余の身代わりになって…」
きゅっと、唇を噛みしめると、涙が頬をつたった。
いまにも、泣き出しそうなのを、必死でこらえているのだろう。
「余がなんとかせねば……」
「余が、おじいさまを救わねばならん」
誰にでもいいから、訴えたかったのかもしれない。
たまたま、この時間帯では、ギルドには、オレしかいなかったから……
「た、頼むっ!手を貸してくれ!」
真剣な顔で、オレにすがりついた。
…ふむ
オレは、思った。
いままでは、黙っていた。
しかし、今度はいけない。
他人にものを頼むのに、この口調はありえない。
まだ、小さい子なのだ。
誰かが、その都度、タイミングを捉えて、きちんと躾てやらねばならないのだ。
オレは、きっぱりと言った。
「『手を貸してください』だろう」
美幼女は、きょとんとしている。
何を言われたのか、わからないようだ。
オレは、ますます、この子の躾に、意欲を燃やした。
けっして、『調教』のたぐいではない。
オレは、諭すように言った。
「他人に何かを頼むときには『…ください』と言うのが礼儀というものだ」
美幼女は、小首をかしげた。
「そうなのか?」
「そうなのだ」
オレは、断言した。
「そ、そうか…、それは知らなんだ」
意外に素直な子らしい。
「で、では…」
「て、手を、か、貸してくだ、しゃいっ!」
……噛んだ。
もともと、涙目ではあったが、さらに、泣きそうになった。
いずれにしても、
こんなに、素直に、言うことをきいたのだ。
引き受けないわけには、いかなくなった。
オレは、美少女には、きわめて寛容なのだ。
たとえ、それが幼女であっても…
美幼女は、『ルネちゃん』というらしい。
オレは、ルネちゃんと手をつないで、意気揚々(いきようよう)と城門を出た。
この街からは、やや離れているが、ダンジョンがあるのだという。
ルネちゃんの欲しいものは、ダンジョンに行けば、すぐに見つかるらしい。
ただ、とうぜん、ちびっ子ひとりでは、危険きわまりない。
そこで、オレに頼んだらしいのだ。
たまたま、オレがいたからよかったようなものの、相手によっては、誘拐されていたかもしれない。
この子のためにも、あとで、そのあたりも、ちゃんと躾てやらないといけない。
オレは、心に誓った。
美幼女を、危険にさらしてはいけないのだ。
城門から出るとき、なにやら、衛兵さんたちの注目を浴びていたような気がした。
まさか、とは思うが、『誘拐犯』と勘違いされたのだろうか。すこし不安になった。
かといって、わざわざ、『誘拐じゃありませんから』などと言いに行けば、いっそう怪しい。
ちゃんと、戻ってくれば大丈夫だろう。
オレは、気にしないことにした。
…………
ルネちゃんは、まだ、ちいさい。
ダンジョンまでは、やや距離があるらしいので、オレは、ワンボックスカーを出した。
「おおっー!」
ルネちゃんが、目を丸くしている。
オレは、さらに、リュックから、『チャイルドシート』を取り出した。
もちろん、リュックに接続している例のクローゼットからだ。
せっかく、車に乗るのだ。
外がよく見えたほうがいいだろうし、何より、安全だ。
まあ、『神改造』まで、加わったこの車に、安全うんぬんを言っても、あまり意味がないのだけれど…
オレは、チャイルドシートを助手席に括り付けると、ルネちゃんを抱っこして、きちんと座らせた。
もちろん、体を締め付けないていどに、シートベルトもさせている。
「すごい魔道具をもっておるの!」
ルネちゃんは、おおはしゃぎだった。
この子が言うには、馬車は乗り心地が悪くて、嫌いなのだそうだ。