第156話 お買い物がしたいらしい
「新規登録の方ね」
「この登録用紙に、必要事項を記入してね」
ちょっとタメ口のお姉さんだった。
いや、制服のせいで、お姉さんに見えるだけで、じつは、オレと同じくらいなのかもしれない。
それで、フレンドリーなのだろうか…
用紙をみると、ほんとうに、必須なのは、名前と年齢くらいだった。
アバウトすぎないだろうか、コレ。
あとは、履歴書なんかでよくある、『特技』みたいな感じだ。書いてもしかたがないので、空欄のまま出した。
女の子は、用紙をちらりとみると、
「あんまり書いてないけど、ちょっとは書いた方が、仕事が見つかりやすいよ」
そんな職安のようなアドバイスをしてくれた。
オレは、衛兵さんのことばを思い出して、
「ギルドカードを、身分証がわりに使いだけだから…」
そんな言い訳をした。
少なくとも、今のところは、ギルドの依頼を受けるつもりはないのだ。
「これが、ギルドカードだよ」
「無料なのは、初回だけで、再発行は、お金がかかるからね。なくさないようにね」
そう言って、ウインクした顔は、なかなかかわいい。
サバランの冒険者ギルドの職員くらいしか、知らないけど、やはり、容姿とかも採用基準に入っているのだろうか。
まわりを見回しても、きれいな子が多かった。
ちなみに、サバランのギルドの女の子たちは、本部からの連絡待ちとやらで、いまだに、第三城壁内の宿泊施設でくつろいでいる。
ギルマスたちが、姉のイザベルさんといっしょに居たくて、適当なことを言ってるのかもしれないけど…。
オレは、異世界に来て、初めて手にした『必須アイテム』に、思わず頬が緩んでしまった。
やはり、異世界生活には、コレ持っていないと……
「ほんとうに、説明は要らないの?」
すこし残念そうな顔で、尋ねてきた。
すこし頭を傾げたせいか、肩で切りそろえた金髪が、さらりと流れた。
「これ、読んだらわかるんですよね」
オレは、念を押した。
「もちろん、そうだけど…」
何やら、心配そうにしている。
「なら、大丈夫」
たいがいのことは、ラノベで読んでるから大丈夫だろう。たぶん…
オレは、ペコリと頭を下げて、カウンターの横一面に貼られている依頼を、眺めに行った。
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いつものように、時間はさかのぼる。
「お買い物がしたい?」
オレは、思わず、聞き返した。
「はい」
千春が、答えた。
目の前には、ダンジョン美少女が、五人、勢揃いしていた。
四人は、髪型が違うだけで、同じ顔をしている。
とにかく、整った顔立ちは、人間離れした美しさがあって、つい、まじまじと見つめてしまう。
そのうえ、オレへのサービスのつもりなのだろうか。
かなり、裾の短いワンピースを、おそろいで着ている。
なので、ちょっと、体を動かすだけで、ふともものあたりに、淡い色彩の下着が、ちらちらと見えていた。
将来のお嫁さんたちの、心優しい気配りだろうか。
さりげない日常の幸福が、ここにはあった……
「サイクロプスや、ケルベロスさんたちが、帝都で買い物したことを、話してたからだと思います」
魔物さんたちが、みんな、うらやましがったようだ。
まあ、気持ちはわからないでもない。ちっちゃい子なんか、そうだし…
それにしても、サイクロプスさんが、入れるような巨大な店舗ってあるのだろうか。
まあ、じっさいに買い物をしているのだし、露天のような店なのかもしれない。
話はわかった……
魔物さんたちは、ミルフィーユの第三城門からはじまって、ほんとうによく働いてくれている。
ここは、ひとつ、マスターとして、お小遣いくらいはあげたいところだ。
しかし、うちの魔物さんは、千匹はいる。
一匹に、金貨一枚配るとしても、千枚は必要だ。
オレは、この世界のお金とは、無縁だ。
そもそも、必要なものはクローゼットにあるのだ。
だから、お金を使う場面がないのだ。
それに、ケンイチさんからもらった例の『ポシェット』には、かなりのお金が入っている。
当初は、暗部の人たちに、アイリス探しの報酬として、支払う予定だったが、ずっと、彼らは、ミルフィーユのために仕事をしている。
だから、領主のアルベールさんが払ってくれているのだ。
あの『ポシェット』をひっくり返せば、そのくらいの金貨は出てくると思う。
それはそうなのだが…
オレのために、いつも頑張ってくれている魔物さんたちに、他人からもらったお金を配るのも不甲斐ない。
……ということで、
オレは、急遽、出稼ぎに出ることにしたのだ。
できるだけ、自分の力で、お金を稼ぎたい。
ライムにすら、同行は控えてもらった。
ただ、ライムもセーラも、いまは、カミーユちゃんに魔法を教えるのが楽しくてしかたがないらしい。
あの子の身体は、『特別製』だからな。
あのふたり?が夢中になって、教えたくなるのも無理はない。
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オレには、掲示板に貼られた依頼から、仕事を探すつもりはなかった。
金貨千枚である。
ちまちまやっていても、貯まるとは思えない。
それに、オレには、『冒険者としての致命的な欠陥』があった。
『魔物の討伐ができない』のである。
こればかりは、どうしようもない。
魔物に遭遇しなければ、退治もできない。
ドラゴンクラスなら、きっと、大丈夫だろうと思っていたが、結局、あの『古代龍』も逃げる気まんまんだった。
正直言って、オレも、魔物が襲い掛かってくるなら、退治する気にもなる。
しかし、必死で逃げる魔物を、オレが、後ろから襲いかかるのは、何か違う気がした。
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「エリクサー?」
オレは、聞き返した。
「はい」
「一攫千金を狙うなら、やはり、コレですわ」
千夏が、自信満々に言った。
この五人が揃っているのだ。
市場調査は、すでに、完璧であるに違いなかった。
なにしろ、いまは、『ステルスハッチ隊』がいるのだ。
王族の浮気調査ですら、かんたんにできるだろう。
「ミルフィーユの商売の邪魔にならない?」
ミルフィーユは、魔石とポーションの産地だ。
でも、まあ、とうぜん、確認済みだろう。
聞くまでもないのだが、なんとなく、尋ねた。
「大丈夫だよ。そもそも、エリクサーなんて扱えるわけがないって…」
千冬が、答えてくれた。
この世界でも、いわゆる『伝説級』の代物だった。
商品にラインナップできるはずがないらしい。
「……で、どこにいけばいいの?」
いまさら、この完璧美少女たちに、『そんなものほんとうにあるの』なんて尋ねてもしかたがない。
「…ここ、ですの」
千秋が、モニターに映し出された地図を指差した。
「……ゼリー帝国」
あいかわらず、微妙な名前の国だった。