第154話 取り返されただけです
ここ数回つづいた話題をいったん区切りたいので、説明中心になってしまいました。
「それにしても、壮観ですねえ…」
ミルフィーユ領主アルベールさんが唸っていた。
目の前には、十数隻の船が並んでいた。
「わたしまで、もらってもよいのか?」
賢帝が、ヒューゴさんに尋ねた。
「ええ、もちろんです」
「帝国には、食料をはじめ、いろいろと援助してもらってますから」
どうか受け取ってほしいと、ヒューゴさんは言った。
「それにしても…」
アルベールさんが言った。
「ジュンくんには、世話になりっぱなしですね」
じっさい、ダンジョンの『転移網』がなければ、そもそも、ここには通えないのだ。
「いえ、これは、みんなのためでもあるので……」
『みんな』とは、もちろん、お嫁さんたちのことだ。
オレは、『実家』のお役に立てるお婿さんなのだ。
オレたちは、いま、元辺境領に来ていた。
要するに、艦砲射撃で、瓦礫と化した街だ。
……………
昨日、賢帝たちは、学院長とともに、『同窓会』で旧交を温めていたわけだが、それは同時に『和平交渉のTOP会談』でもあった。
いずれにしても、隣国ランパーク王国との敵対関係は、解消されたと言ってよかった。
もちろん、ランパーク王国は、これから国内の大改革に取り組まなけれならない。
賢帝も、できるだけの協力は惜しまないつもりだった。
そもそも、隣の国なのである。『対岸の火事』などと、のんびり構えていられる問題ではなかった。
そして、今日は、この元辺境領に来ていた。
……………
「あれでよかったのですか…?」
オレは、この街を治めていたヒューゴさんに尋ねた。
「ええ、いいのです」
船やら、賠償金やら、身代金やらで、むしろ豊かになったくらいですよ。
くったくのない顔で、そんなことを言っている。
「先王だった兄は、病死したのです。殺されたわけじゃない。それに…」
「サバラン王国は、もともと我々の国ではないのです」
「……どういうことですか?」
驚いているのは、オレだけだった。
どうやら、賢帝たちは知っていたらしい。
「この辺境の地が、『海賊』の隠れ家だったのだろう?」
賢帝が、あっさり『海賊』と言った。
「ええ、よくご存じで…」
『海賊』と言われても、平然としている。
「駆け落ちとはいえ、姉さまが嫁いだのだ」
とうぜん、調べてあるさ…
賢帝が、何かを思い出しながら、つぶやいた。
「先々代の王、つまり、私の父ですが…、知略に優れたひとだったのです」
身びいきのようで、お恥ずかしいですが…
ここで、ミルフィーユ領主が口を挟んだ。
「いえいえ…、あの内紛ばかりしていたサバラン王国を、一時とはいえ、まとめ上げたのですから…」
大した御仁ですよ。
父親を認めてもらってうれしかったのだろう。
ヒューゴさんが、にこやかに言った。
「ちいさな『海賊』が、ほんの短い間、おおきな『国』を乗っ取っただけです」
だから、
「まあ、取り返されただけのことと思っていますよ」
むしろ、
「『隠れ家』だったこの場所が、このありさまです」
彼の父が、サバラン国王になった時点で、ここを隠すわけにはいかなくなったのだろう。
ですから、
「ミルフィーユ領の一員に、みんなで加えていただけて、ほんとうに、ありがたく思っています」
そういって、アルベールさんに、深々と頭を下げた。
「いえいえ、うちも、人手不足で困っていたのです」
「礼を言いたいのは、こちらのほうですよ」
アルベールさんが、困ったように、言った。
オレは、きっと、このふたりなら、仲良くやっていけるのだろうなと思った。
それに、ミルフィーユ領は、これから、人手が必要になるかもしれない。
そういう意味では、元海賊の人たちの移住は、大歓迎だったに違いない。
さきは、『瓦礫の街』と言ったが、すでに、この街は、ほぼ『更地』になっていた。
たとえ、瓦礫を掘り返しても、取り戻したいものはあるのだ。
もちろん、今回の砲撃では、幸いなことに、街の人々に犠牲者は出なかった。
それでも、瓦礫の下には、『肉親の形見』のような、思い出の品が、誰にもあった。
だから、魔物さんたちに、お願いして、住民の人たちといっしょに、瓦礫の下から、掘り出してもらったのだ。
そのときに、積み上げた瓦礫は、オレが、ダンジョンに転移させた。
何かに使えるかもしれないのだ。
オレは、『もったいない』という立派な哲学をもった、日本人なのだ。
『隠れ家』といっても、ここにたどり着くまでに、細い海路を通り抜けるからだ。
そもそも、この場所自体は、かなり大きな湾を形成していた。
クーデター直後、この辺境の街は、『クレープ王国』として、独立した。
ここに、昔から住んでいた人々、じつは、『海賊』だったわけだが、彼らは、ここを『クレープ湾』と呼んでいたからだそうだ。
もちろん、そもそも、『隠れ家』なのだ。
その名を知るものは、『海賊』たちだけだったろう。
「漁場としては、じゅうぶんすぎるくらいです」
ヒューゴさんが言った。
「お世話になった魔物さんたちの、釣り場としても最高ですよ」
「われわれも、いつでも新鮮な魚が食べられるようになるしね」
アルベールさんも、嬉しそうだ。
これから、ここは、
①『ミルフィーユ領と、スフレ帝国』の漁港となり、
②『魔物さんたちの釣り場』となる。
とはいえ、スフレ帝国のひとに、船を与えて、魚を採ってこいと言っても、さすがに無理がある。
だから、結局は、ミルフィーユ領で暮らすことになった『元海賊』のみなさんに依頼することになるだろう。