第152話 こんな日がくるとは、
【まだ、第三者視点がつづきます】
ゲートを抜けると、青い海が広がっていた。
「ひゃぁーーーっ!」
女の子が、思わず声を上げた。
あまりの大きさに驚いたのだろう。
「これ、何?」
知らなかったようだ。
「これはね……」
「海っていうのよ」
王妃が、やさしく教えている。
ただ、
「まあ…、おおきな水たまりね」
見も蓋もない説明だった。
「まさか、ほんとうに、海が見えるとは……」
トマス国王は、ようやく、『転移魔法』のすごさを実感した。
この時のために、ジュンは、ゲートをベランダに設置していた。
もちろん、このおっさんを驚かすためではない。
あのちっちゃな女の子のためだ。
ちいさくとも、美少女には誠心誠意、尽くすのが、彼の哲学であることは言うまでもない。
…………
「ひさしいのう……、トマス君」
「いや、国王さまと、お呼びせんといかんかの……」
彼らを迎えたのは、学院長だった。
「先生、冗談はおやめください」
「トマスでけっこうです」
困ったように、トマス国王が言った。
「それよりも……」
トマスの視線は、学院長の後ろの人物に向けられた。
「ひさしぶりだな。シャルル……皇帝」
いかにも、旧知の間柄といったようすだった。
「ああ…、俺も、シャルルでいい」
「それから、こいつも来ている」
そういって、ミルフィーユ領主アルベールを指差した。
「久しぶりですね。トマス…」
いかにも、懐かしそうに、アルベールは言った。
ああ…、
「ほんとうに……」
「また、こんな日がくるとは、思ってもみなかった……」
瞳をうるませて、トマスが、つぶやいた。
幼い娘を人質にとられ、ただ、古代龍どもの傀儡を続けてきた。
『民に慕われる王』であったがゆえに、彼は利用された。
それは、永遠につづく『呪い』だった。
もちろん、娘への思いを断ち切って、奴らに逆らうこともできた。
そのほうが、娘も救われるのではないかと、よく、思った。
しかし、それは、さらに、別の人質を増やすだけのことにすぎない。
だから、いまは、耐えるしかないと心に決めてきた。
たとえ、それが、幼い娘を苦しめつづけることになるとしても……
彼は、好機を待ちつづけた。
それは、『奇跡』を待つことにほかならないことは、よくわかっていた。
しかし、その『奇跡』は、起きた。
ジュンという少年によって、あっさりと…。
トマスは、思った。
『奇跡』というのは、起きてしまえば、『必然』だったようにさえ思えてくる……と。
『奇跡が起きること』が、『あらかじめ決まっていた運命』であるならば、それは、まさしく『必然』に違いなかった。
もし、そうであるなら、
度重なる苦悩のさなかにあっても、『己の運命』を、死にものぐるいで、信じてきてよかったと、彼は思った。
「ジュンくんのところに、通わせるのがいいと思うわ」
シャルママが言った。
「女の子たちが、みんなで、かわいがってくれるわ」
それに、
そばにおいて置きたいとは言っても…
「私たちじゃ、いっしょに遊んであげられないでしょう…」
スフレ帝国は、おおきな国である。
皇帝と王妃が、のんびり、子どもと遊んでいられるはずはなかった。
「私もそう思うの……」
公務に連れ回しても、あの子が、かわいそうなだけだし……
カミーユママだった。
とくに、
いま、ランパーク王国は、実質、戒厳令下のようなものだった。
軍を動かしていた、二大貴族を投獄したのだ。
いつ、反乱が起きても、おかしくない情勢だった。
いま、貴族連中を押さえ込めているのは、
「ジュン殿が、睨みをきかせてくれているからだよ」
トマス国王は、苦笑しながら言った。
「本人には、そんなつもりは、まったくないだろうがな」
粉々にされた城壁、
なぎ倒された木々、
そのために、まるで、広い道が通ったような森、
そして、山腹には、古代龍の形をした、大きな穴が空いていた。
もちろん、古代龍がめり込んだ跡だ。
誰でも、城に足を踏み入れれば、
それらの光景を、目の当たりにすることになった。
また、とうぜん、目ざとい貴族は、湖の上空に、人知を超えたような巨大なタマゴが浮いていた、という情報も掴んでいた。
じっさいに、『揚陸艇』を目撃したものも、少なくない。
これだけの『戦力』をもつ者が、トマス国王を守護している。
貴族ばかりではない。王都のひとびとも、そう思っていた。
…………
「魔物さんが、おおぜいで来てくれたのも、助かったわ」
カミーユママの言うように、いま、ランパーク城内では、
ジュンに頼まれて、
①『サイクロプスさん』たちと、
②初出場の『ゾウの魔物さん』たちが、警備を担当していた。
ジュンは、最初、『城壁の修理』や、『森や山の整備』を、魔物さんたちに頼んでいた。
『巨額な修理・整備代金』を請求されると思いこんでいたからだった。
さんざんあちこちを破壊しておいて、『娘を助けたんだから、チャラにしろ』と言えるほど、太い神経を持っていなかったのである。
しかし、トマス国王は、『修理・整備』を断った。
むしろ、このままにしておいてくれと言ったくらいだ。
それは、もちろん、自分の味方についたジュンの『脅威』を示す『ディスプレイ』として、利用したかったからであった。
それでは、その替わりにということで、城内の警備を担当することになったのだ。
魔物さんたちは、これを喜んだ。
彼らが困るような、敵などいるはずもない。
ならば、これは、観光のようなものだった。
空き時間に、王都の散歩の許可ももらっている。
もちろん、複数の兵士に、同行してもらうことになるが……
しかし、これすらも、王都内の巡回として、トマス国王は喜んでいた。
サイクロプスや、ゾウの魔物という『巨体』が、うろうろしているのだ。
そんな街なかで、挙兵などできるはずがなかった。
つまり、 まさしく、『ウィンウィン』の状況となっていたのである。