第151話 煮ても焼いても食えないやつでしたな
そのときだった。
「もうーーーーーっ!」
「剣神さまたちが悪いんだよ!」
セーラが、腰に手を当てて、宙に浮いている。
「いきなり囲んで、『それよこせ』なんていうからだよ!」
剣神を指差して、セーラが怒鳴った。
「まったくだニャ!盗賊みたいだったニャ!」
ライムだった。
セーラの頭の上で、腕組みをしている。
ジュンに連れて行ってもらえなかったので、ちょっとだけ、すねていた。
剣神は、単純明快な男神だった。
「すまねえっ!」
メカドラゴンに、深々と頭を下げた。
「そいつには、いろいろと、訊かなきゃならねえんだ」
どうも、腑に落ちねえことがあってな……
それに、
こうして、オレたちが囲んでいるのは、
「あんたを囲んだつもりじゃねえんだ」
『古代龍』に逃げられねえようにと思っただけなのさ。
すると、
メカドラゴンの、目から、すっと敵意が消えた。
もしかすると、剣神が、あの『開発主任』に、すこしだけ似ているような気がしたせいかもしれなかった。
もちろん、単に、キャラがかぶってるわけではない。
「われわれも、少し感情的になったようです」
メカドラゴンが言った。
ジュンさまが、マスターとなってくださっている以上、
「『先住の管理者』たる皆さまのお考えは、できるだけ尊重していきたいと考えております」
「わたくし個人も、セーラちゃんとは、仲良くしていただいておりますし…」
ジュンさまは、ことのほか、セーラちゃんを大切に思っております。
ここで、一同が、ちらりとセーラに目をやった。
「ふふんっ!ジュンくんってば、ボクに、メロメロだからね!」
セーラは、頬を染めて、空中で、くねくねしていた。
…………
剣神たちは、しばらく、つっこむこともできずに、
セーラのくねくねを見守っていたが、
やがて、思い出したように、
六神で『古代龍』を拘束して、天界へと帰って行った。
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メカドラゴンは、しばらく回想にふけっていたが、ふるふると、何かよからぬ記憶でも振り払うように、二・三度頭をふった。
特性オイルが注がれたテーカップから、立ち上っていた湯気も、いまは、消えている。
「じつをいいますと……」
何か、あの時の真相が語られるのだろうか。
国王夫妻は、居住まいを正して、ドラゴンの話に聞き入った。
「わたくしたちの暮らしているミルフィーユ領で…」
シャーベット王国の辺境領のことだろう。
国王夫妻も、ミルフィーユの名は知っていた。
とくに、国王トマスには、かの地に知人がいた。
「ヤキニクが流行っておりまして……」
「「はい…?ヤキニク…?」」
国王夫妻の声が唱和した。
大勢の兵士たちの前で、ちゅーちゅーへっちゃらな夫婦である。
ぴったりと息があっていた。
「そうです。ヤキニクです」
ドラゴンは、きっぱりと言った。
それで、
「あの『古代龍』を、みんなのお土産にしようと思っていたのです」
龍のお肉は、おいしいって聞いていましたから。
ああ……、ちなみに、
わたくしは、メカですので、自分が食べることも、誰かに食べられることもありません。
「「はあ…」」
「その大切なお肉を、横取りされるかと、思い込んでしまいまして……」
ウサギさんたちも、ああ見えて、実は、お肉が大好きなのですよ…
「まったく、そろいもそろって、つい、熱くなってしまいました……」
そう言って、銀の大龍は、小さく自嘲った。
……………
そうそう、
ドラゴンが、何かを思い出したように、また、語り始めた。
「ジュンさまの言うとおりでした…」
「『親鳥』より『若鶏』」、
「『マトン』より『ラム』」。
「「はい…?」」
意味不明ではあったが、黙っているわけにもいかない。
基本的に、人のよい夫婦なのであった。
剣神が教えてくれました。
「『古代龍』ってのは、出汁を取るにゃいいが、肉は、うまくねえんだ」って……
長生きしすぎたせいでしょうね。
まったく、
出汁にしか使えないとは、
「煮ても焼いても食えないヤツでしたな……」
そういって、自分のシャレに、自分でウケたのか、しばらく笑っていた。
「またの、お越しをお待ちしております……」
「マドモアゼーーーーーーーーーーールっ!」
老舗旅館の女将のように、きれいに三つ指をついたドラゴンに見送られて、
三人の親子は、ふたたび、ゲートをくぐった。
女の子のちいさな両手には、さきほどグラスが、大事に握られていた。
この子が、あまりにも見とれていたので、お土産にと、銀龍が渡してくれたものだ。
もちろん、奥から出してきた新品であった。
銀龍は、この美しいグラスを渡すときに、
『くれぐれも…』と真剣な表情で、小さな女の子を見つめて言った。
「骨折にだけは、ご注意ください……」
三人の親子は、首をかしげながらも、ありがたく受け取った。