第150話 一触即発
【ここから第三者視点になります】
そこは、
なにもかもが、真っ白な部屋だった……
……………
「こ、ここは……?」
あまりの白さと、まばゆさで、女は、思わずつぶやいた。
そして、
腕に抱えていた小さな女の子を、いっそう強く抱きしめた。
もう、けっして離すまいとするかのように……
そのとき、
はるか上方から、やや気取った声が聞こえてきた。
「ボンジューーーーーーール、マドモアゼーーーーーールっ!」
驚いて、見上げると、
見覚えのある銀色のドラゴンがいた。
「あのときの、メカドラゴン殿だよ……」
横に並んでいた男が、落ち着いた声で言った。
彼女たちにとって、龍ほど、忌まわしい存在はなかった。
しかし、
目の前で、揉み手をしている、この、巨大なドラゴンには、不思議と親しみが湧いた。
あの憎き古代龍を、たちどころに踏みつけて、
地中深く沈めていたのを、その目で見ていたからかもしれない。
彼らは、銀龍に勧められるまま、
真っ白なティーカップで、芳醇な茶の味わいを楽しんでいた。
…………
「そちらのお嬢様には、ジュースをお持ちいたしました」
いったん、この場を離れた銀龍が、再び、いそいそと現れた。
四畳半サイズのトレイを、指先で器用に捧げ持ち、滑るように歩み寄ってくる。
その巨大トレイの、いちばん端には、ちょこんと、きれいなグラスが載っていた。
淡い色合いを見るかぎり、『りんごジュース』のようだ。
酸味のやや強い『オレンジジュース』を避けたところに、ドラゴンの気配りがあった。
「ありがとう……」
愛らしい声で、礼をいうと、女の子は、両手でグラスをつかんだ。
「……とっても、きれい」
女の子は、嬉しそうに言った。
ジュン宅のクローゼットにあった『ベネチアングラス』を参考に、オークさんたちが創り上げた逸品であった。
薄っすらと金色を帯びたグラスには、色鮮やかな一輪の華が描かれている。
しかし、
このグラスの真骨頂は、美しさばかりではなく、その強度にもあった。
もちろん、ドラゴンが触れても、割れないようにと配慮されたためである。
だが、ひとたび、その道の達人が用いたならば、魔剣すらも叩き折り、退けることができるだろう。もはや、食器の範疇を超えた兵器でもあった。
特性オイルを嗜むドラゴンと、親子三人が、ティータイムを過ごしているときだった。
ふと思い出したように、男が、トマス国王が、言った。
「あのときは、ほんとうに驚きました……」
「あのとき……ですか?」
ドラゴンは、尋ねた。
そのときのことを思い出したのだろうか。
トマス国王は、表情を険しくして続けた。
「大神さまたちが、ご降臨されたときです」
…………
そう、
あのとき、
古代龍を踏みつけているドラゴンのまわりに、
突如、六柱もの大神が、現れたのだ。
「すまねえが、そいつをこっちに渡してもらえねえか?」
剣神が、古代龍を指差して言った。
彼は、メカドラゴンの、ちょうど目の前に、浮かんでいた。
足元に、光る魔法陣がみえる。
結界のようなものの上に立っているのだろう。
「…………」
メカドラゴンは、何もいわず、自分を囲んでいる六神を、見回した。
彼の目には、明らかな敵意が、感じられた。
短い沈黙があった。
「うん…?」
気配を感じて、剣神が振り向くと、そこには、主砲をむき出しにした『揚陸艇』があった。
そもそも、古代龍が出現したときに、主砲は準備されていたのだ。
いつまにか、回り込んでいたらしい。
王都を背にして、山に向かって、砲身を突き出している。
『揚陸艇』と、山の間には、六神が挟まれている。
「女の子たちは、第三城壁内に、転送ずみです……ウサ」
「いつでも、撃てます…ウサ」
艦橋から、ドラゴンに通信が入った。
そればかりではない。
遠く、湖の上空にいたエッグが、上昇しながら、移動していた。
射線上に、王都が入らないように、位置取りをしているにちがいなかった。
移動しつつ、居住区の外壁を閉じている。
ただ、同時に、主砲などの発射口のある外壁は、開けられようとしていた。
「おいおい……、なんかしくじっちまったか」
剣神たちも、身構えた。
最悪、三方向から、荷電粒子砲を撃ち込まれる可能性すらあるのだ。
まさに、一触即発。
いまだに、ジュンは、転移先から戻ってきていなかった。