第149話 わたしのせいなのだ
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「カミーユ、カミーユ……」
王妃さまが、水晶玉にすがりついていた。
「……私のせいなのだ」
さっきのおっさんが、水晶玉をじっと見ながら言った。
「私を従わせるために、この子は、人質にされたのだよ」
「違うわ…」
「あなたのせいではないわ、トマス……」
おっさんは、『トマス』というらしい。もちろん、国王だろう。
「あのとき、私が、この子から目を離さなければ……」
まるで、昨日のことのように、つぶやいた。
「この子は、こんな目にあうことはなかったのよ……」
……………
「おふたりの気持ちは、わかりますニャ……」
でも、
「古代龍に目をつけられたのニャ……」
「人間が、どんなに頑張ってもどうしようもないのニャ……」
ライムが、ふたりを諭すように、言った。
……………
そのちいさな子は、狭い水晶玉のなかに、体を丸めたまま、封じられていた。
すでに、肌は、土色だった。
それでも、整った顔立ちをしている。
元気な頃は、さぞかし愛らしい子だったろう。
……………
「この子は、まだ、生きてますニャ……」
ライムが、ぽつりと言った。
「ほんとうなの!」
「ほんとうか!」
国王が、王妃が、驚いて、顔をあげた。
「で、では、助けてく……」
国王が、そこまで言ったとき、
ライムが、遮るように言った。
「ただ、もう、十年以上は、この状態だったはずニャ」
水も、食べ物も与えられてないはず……
「そんな状態で、生き延びるなんてありえないことですニャ」
「ひどいことを……」
セシリアが、声を振り絞るように言った。
「で、でも、さっき生きてるって……!」
クレアが、ライムを問いただした。
「『呪い』のようなものですニャ」
生きているのは、精神だけで、
肉体は、すでに崩壊してますニャ。
「で、でも、ちゃんと、か、体があるのじゃ……」
シャルが、訴えた。
それは、水晶玉のちからで
「体を保ってるように、見せかけているだけですニャ」
ライムがつらそうに言った。
「水晶から、取り出したとたんに、形をなくしてしまうニャ」
かといって、
「このままでは、苦しみ続けるだけニャ」
ライムに説明させるのは、酷なはなしだった。
でも、
ライムにしか、わからないことだった。
「ライムちゃん……」
セーラが、心配そうに、声をかけた。
「じ、じゃあ…、大神さまなら……」
イレーヌが、思いついたように言った。
驚いたのは、国王夫妻だった。
「あ、あなたたちは、大神さまとも、つながりがあるのか…」
「それでも、無理だと思う……」
今度は、セーラが答えた。
もちろん、大神さまなら『呪い』は解呪できるよ。
でも、
「この子の体をもとに戻すことはできないと思う」
「それでも……」
王妃が、静かに言った。
「この子を、天国に連れて行っていただけるなら……」
「ああ……、そうだね」
それだけでも、ありがたいことだ。
国王も、同じ気持ちだった。
そのときだった。
「…お…かあ……さ…ま…?」
かすかに、声が聞こえた。
「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」」
みんなが、驚いて、水晶玉を見た。
女の子が、うすく目をあけている。
しかし、その目は白く、すでに光はなかった。
「お…とう……さま……も……?」
かすかな声は続いた。
「わ、わたしたちは、ここに、いるわ!」
「おまえの、すぐ、そばに!」
ふたりは、水晶玉に向かって、声をかけた。
「…よ、よかっ……た」
「ふ…たり……とも…ぶじ……で」
こころから、ほっとしたような声だった。
「で…、でも…ド、ドラゴ…ン……が……い…るの」
「だ、から……、は……やく、に…げ…て……」
声を、ふりしぼるように言った。
「カミーユ……」
「ド、ドラゴンは、もう…、やっつけたんだ」
父のトマス国王が、しずかに言った。
「…ほ、ほん……と…う…に…?」
不安そうに、聞き返している。
両親のことを心配しているのだろう。
だから、
オレも、口をはさんだ。
「とっちめてやったから、もう大丈夫だ。安心しろ」
女の子は、とつぜん聞こえてきたオレの声に、少し驚いたようだった。
それでも、
「……あ、ありが……とう…」
「お…かあさ…まと、おと…うさ…まを、たすけ…てくれて…」
ちゃんと、お礼を言ってくれた。
…………
ほんとうに、いい子なんだな……
ながいながい間、苦しみ続けてきたはずなのに……
…………
そのときだった。
「…う、うぅ……」
女の子が、きゅうに、苦しみだした。
残りわずかだった力を、話をするために使い尽してしまったのだろうか。
かすかに、うめくような声がつづいた。
「「カミーユ!」」
ふたりは、水晶玉を必死で、覗き込んだ。
どのくらいの時間がたったのだろうか。
ふたたび、女の子声が聞こえた。
「おと…うさ…ま、お…かあ…さま…」
「ど、どう…して…も、……いいた…かった…の」
「たと…え……もう…」
「……あえな…くな…った…とし…て…も…」
それは、ほんとうに、うれしそうな声だった
「ずっ……と、ず…っと、…だい…すき…だ…よ」
……………
……………
やっぱり、
たくさん苦しんだ者ほど、
たくさんしあわせにならないと……
……………
そうでなければ、
報われなければ、
苦しい思いに耐えた甲斐がないではないか…
……………
「アイリス……」
オレは、この世界に来て初めて、アイツの名を呼んだ。
もちろん、ここにはいない。
「こんなに、いい子なんだ…」
だから、
「お前だって、きっと、こうするだろう……」
……………
オレは、水晶玉にすがりついて泣いている国王夫妻に言った。
「大丈夫だから、すこしだけ離れてくれ……」
ふたりは、ふしぎなほど、あっさり、オレの言葉に従ってくれた。
「ジュンくん……、何をするつもりなの?」
「ジュンしゃま……、ま、まさか…」
ライムは、お前は、知っていたのか……
「まあ、見ていてくれ…」
……………
オレは、その魔法の名を唱えた。
「混沌魔法」
しゅんかん、オレの足元に、大きな魔法陣が現れた。
それは、金色の、はげしい光を放っていた。
「『空間魔法』を、『異空間魔法』に……」
金色に輝く魔法陣が、ゆっくりと回転を始めた。
回るにつれて、その金色の輝きは、強さを増していった。
やがて、
オレの周囲が、まるで、別世界のように、光に包まれた。
それは、誰もが、目を開けていられないほどの眩しさだった。
魔法陣から放出される、その光の奔流が、ゆっくりとオレの体を通り抜けてゆく。
そのとき、オレの胸のあたりに、見たこともない『文字』が浮かび上がった。
すると、
ふたつめの魔法陣が、足元に、現れた。
それは、凍るような銀の輝きを、あたり一面に放っていた。
銀の魔法陣が、ゆっくりと回転を始める。
そして、
オレの体を通り抜けたとき、浮かび上がっていた『文字』が書き換えられていた。
その見たこともない『文字』は、
はげしい閃光とともに、消えていった。
…………
オレは、国王夫妻に言った。
「ほんの少しだけ…、この子と、オレが、消えるけど…」
「大丈夫だから、楽しみにして、待っていてくれ…」
オレは、水晶玉に、そっと触れた。
手がしびれるほど、冷たかった。
まったく……
こんな寒いところで、よく、我慢していたものだ……
すっと、水晶玉をすり抜けたオレの手が、
おんなの子の頬に触れた。
「異空間魔法」
「転移」
オレは、
さらさらと、
崩れ落ちてゆく、
ちいさな女の子を、
かろうじて、胸に抱きながら、
……転移した。