第139話 世界で一番安全なのじゃ
【ここから、三人称視点になります】
「姉上には、我々と暮らしてもらうわけにはいかない」
賢帝が、はっきりと言った。
「あなた、そういう言い方は…」
リーズ王妃が、すこし咎めるように、口をはさんだ。
「いいのよ。わかってるわ…」
リーズさんだったかしら…ありがとう。
それは、わかっていたことだった。
「わたしは、あの戦争のさなかに、帝国を捨てて、駆け落ちしたような女なの…」
それも、あんなくだらない男と…
「帝国に、わたしの居場所があるとは、思ってないわ」
ここで、待ち構えていたように、シャルが言った。
「でも、安心してほしいのじゃ」
「イネスおばさまには、世界で一番安全な街に住んでいただく予定なのじゃ」
「シャルの言う通りね」
「ミルフィーユ領ほど、安全なところはないわね」
フランシーヌ大皇后が、微笑みながら言った。
とにかく…
「これから行ってみるのじゃ」
「そうね、それが一番ね」
王妃は、シャルの頭をなでながら、言った。
「お義姉さまにも、ジュリアン君にも、きっと気に入っていただけると思いますわ」
一行は、さっそく、部屋をでた。
廊下には、予め知らせておいたのか、ジュリアンが、手持ち無沙汰なようすで待っていた。
「あっ、お母さま…」
イネスを見ると、すぐに、飛びついてきた。
「ジ、ジュリアン…、あなた…」
魔力の使い過ぎで、丸一日、目を覚ますことがなかった。
それにしても、わずかに、一日である。
その、たった一日で、あの、遠慮ばかりしていたような我が子が、人目を気にもせずに、抱き着いてきた。
イネスは、我が子のかわりように、目をみはった。
「お母さま、こっちです」
ジュリアンは、そういって手をひっぱった。
「そっちは…」
いくら、しばらくぶりとは言っても、自分が住んでいた城である。
『行き止まりのはずよ…』
ぐいぐいと、我が子に手をひかれながら、心でつぶやいた。
なぜか、シャルルたちまで、当たり前にように、そちらに向かって歩いている。ならば、ジュリアンの案内が、間違っているわけでもないのだろう。
怪訝な顔をしながらも、イネスは、手を引かれるままに、進んで行った。
たどりついたのは、突き当りの部屋だった。
『やっぱり、行き止まりね…』
しかし、イネスは、すぐに気がついた。
「この魔力は…」
「まあ…」
フランシーヌが、嬉しそうに言った。
「あなたは、小さい頃から、魔力探知が得意だったけど…」
いまも、変わらないようね…
「…そうよ」
「あなたたちを助けてくれた子の魔力よ」
ほんとうに、いい子なの。優しくて、とても強いわ。
となりで、幼いシャルロットが、頬を赤く染めている。
『まあ、この子の大切な人なのかしら…』
イネスは、微笑んだ。
ところが、
我が子の、ジュリアンまで、頬を真っ赤にしていた。
『こ、これは…』
『まさか、この子……』
いずれにしても、
『きっちり、話をつける必要があるわね』
イネスは、ひそかに、拳を握りしめた。