第135話 懐かしい…ケロ
オレは、指を、パチリっと鳴らした。
もちろん、オレは、ちゃんと鳴らせるので、口で言ったりはしない。
びよーーん
こんどは、上空に、突如、ドラゴンが出現した。
巨大エッグよりは、ずっと低空だ。
さすがに、こんどは、ギャラリーから声が上がった。
「ド、ドラゴンだぁーー!」
「に、逃げろーーっ!」
「もう、おしまいだ…」
ドラゴンばっかり大人気だった。
巨大エッグだって、ドラゴン並みの火力があるのに。
「な、なんだ、あのドラゴンは…」
「口に、ロープが巻かれているぞ」
「い、いったい誰が巻いたんだ…」
調子に乗って、荷電粒子砲でも撃たれると目も当てられない。
念のため、さっき縛っておいたのだ。
ドラゴンのお仕事は、まず、いつものアレだ。
ドラゴンが、上空で、クラウチングスタートのポーズをとっている。
あいかわらず、芸の細かい奴だった。
次の瞬間、
ずどーーーーーん
すさまじい砲撃音が、街中に響き渡った。
けっこう低空なので、衝撃もはんぱない。
お年寄りとか、大丈夫だったろうか…
ちっちゃい子とか、泣き出したりしないだろうか…
ちょっと心配になった。
すると、
「うひょひょーーーーーーーーーっ!」
じいさんが、小躍りし始めた。
ゴールを決めたサッカー選手のようだ。
「ぴぃーーーー!ぴぃーーーー!」
ちっちゃい子が、指笛を、さかんに鳴らしている。
チンピラだろうか…
しんぱいは、いらなかった。
海に生きる人々は、じつに、たくましいようだった。
でなければ、頭がおかしいのだろう。
どちらにしても、オレがしんぱいすることではない。
ドラゴンが旋回してくる。
どっかーーーーーーん
二発目だ。
もちろん、ソニックウェーブだ。
ほんとうの爆撃ではない。
高台からガチャガチャ駆け下りてきていた、騎士や兵士が、みな地面に伏せている。足止めはできたようだ。
ドラゴンが、ふたたび、旋回してくる。
ふたつめのお仕事だ。
こんどは、オレたちの少し上で、停止した。
ドラゴンのまわりの空間が、陽炎のように歪んだ。
初めてドラゴンと会ったときには、この転移空間から、無数のミサイルが、発射されたものだ。
なんか懐かしい。
きょうは、もちろん、ミサイルではない。
陽炎の中から、次々と、巨体が飛びだしてきた。
どすーーーーん!
どすーーーーん!
どすーーーーん!
どすーーーーん!
(以下省略)
すさまじい地響きとともに、オレたちのまわりを、サイクロプスさんたちが囲んだ。
ドラゴンの転移空間から、彼らを射出したのだ。
ウチのサイクロプスさんは、ふつうよりずっとでかい。
ちょっとした、低めのビルに囲まれた感じだ。
がちゃん!
がちゃん!
がちゃん!
がちゃん!
(以下省略)
彼らは、手にしていた大きな盾で、壁を作った。
ミロタウロスさんの、特製の盾だ。ミサイルの直撃でも、へっちゃらなのだ。
こうして並ぶと、ちょっと、日本の機動隊っぽい。
でも、大きさをいえば、すでに、城壁に匹敵する。
これが、サイクロプスさんたちの役割だった。
彼らこそ、いわば、ダンジョンのガーディアンなのだ。
これでもう、誰も、オレたちの邪魔はできない。
オレたちは、悠々と、冒険者ギルドへと入っていった。
「「「「「あっ、モニクさん…」」」」」」
ギルドのなかに入っていくと、職員の皆さんは、総立ちで、誰もが不安そうな顔をしていた。
ほとんどが、若い女性で、美人ぞろいだった。
間に合ってほんとうによかった。
エルフのギルマス姉さんは、『モニクさん』と言った。
「軍部が裏切った。すぐに撤退するよ」
ギルドは閉めるから、書類をまとめてちょうだい。
モニクさんは、てきぱきと指示をだした。
「はい。でも、どうやってここから…」
リーダーぽい女性が、すかさず尋ねた。
軍部の手が回ってしまえば、船をだすこともできない。
そのときだった。
「ジュンくん、ジュンくん…、もうそっちに着いたんだね!」
オレが設置したばかりの転移ゲートから、セーラが飛び出して来た。
さっそく、オレに抱き着いている。
「「「「「「め、女神さまっ!」」」」」
ギルドの女の子たちが、いっせいに、ひざまずいた。
つい、いつもの癖だった。『脊髄反射』なのだ。
オレは、そのまま、セーラーをぎゅーっと抱きしめた。
「「「「「「「きゃーっ!」」」」」」
「「「「「ナニ、ナニ…、恋人同士?」」」」」
若い職員たちから、黄色い声が上がった。
女の子というのは、こんな状況でも、盛り上がれるものらしい。
男には、まねのできない胆力だった。
「いろいろ驚くことばかりだろうけど…」
「いま、ジュン殿の設置してくれた『転移ゲート』から撤退するからね」
ギルマスのモニクさんが、頭を抱えながら、言った。
「「「「「「「はいっ!」」」」」」」
みんな元気になったようだ。結果オーライだろうか。
(ふたたび)そのときだった。
「なーんか、懐かしいニオイがする…ケロ」
カエルの魔物さんまで出てきた。
さっき、暗殺部隊を打ち破ったカエルさんだろう。
まあ、オレには、まったく見分けがつかないけど…
「「「「「魔物がしゃべったーーー!」」」」」
また、女の子たちが、いっせいに、声を上げた。
「この魔物は、ジュン殿の部下だ。安心していい」
モニクさんが、頭を抱えながら言った。
なかなか、書類の整理がはじまらない。
(またまた)そのときだった。
「ジ、ジュンさま…、ボクも来ちゃいました…」
ゲートから、遠慮がちに、ジュリアン君が出てきた。
「「「「「「「きゃーーっ!」」」」」」」」」
今までで、一番の歓声が上がった。
「「「「「「ジュリアンくん!」」」」」」」
さすが、ジュリアン君、ファンが多いらしい。
ふつうは『殿下』と呼ぶのだろうけど、『君づけ』とは…
共和国になっても、不動の人気なのだろう。
賢い民衆というのは、国家などに振り回されないものだ。
「お前たち…」
「頼むから…、仕事をしてくれ…」
モニクさんが、うずくまって、唸っていた。