第134話 もう、このまま行っちゃおう
【ここからまた、ジュンの視点にもどります】
大勢の人たちが、オレたちを、見上げていた。
ほとんどの人たちは、あんぐりと口を開けている。
叫ぶことも忘れているようだ。
いま、オレたちは、サバラン共和国の港の上空から、ゆっくりと降下していた。
眼下に集まった人たちには、まるで、天使のたぐいが、空から舞い降りているように見えるだろう。
ただ、降下しているのは、オレたちだ。見えたとしても、せいぜい、天使のお友達くらい、だろうか。
まあ、空を覆う巨大エッグ宇宙船から、降りてくる天使がいたら、まさしくSFの世界だけれど…
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すこし時間はさかのぼる。
サバラン共和国の冒険者ギルドのギルマスたちは、エルフのイザベルさんの妹弟だった。
彼らは、軍部に和平交渉を依頼されてやってきた。
しかし、彼らの船には、偽装が施され、暗殺部隊が潜んでいた。オレたちを殺して、この巨大エッグを乗っ取るつもりだったらしい。
そうなったら、とうぜん、ギルマスたちも殺されていたはずだ。まあ、彼らは、まんまとハメられたわけだ。
彼らから頼まれたことは、ふたつあった。
依頼のひとつは、暗殺部隊の捕縛だった。
いちおう罠を張って待っていたが、通りかかった魔物さんが、いつのまにか、終わらせていた。
もうひとつは、冒険者ギルド職員の保護だった。
ギルマスさえ殺そうとしたのだ。職員を皆殺しにしようとしても、何の不思議もない。
殺してから、オレたちを犯人に仕立て上げれば、すむことなのだから。
イザベルさんの肉親なのだ。断るわけにはいかない。
問題は、どうやって、現地に入るかということだった。
「偽装船を、さらに偽装して港から入っては…?」
ミノタウロスさんが言った。
じつは、ミノタウロスさんたちは、あのドワーフの『名工レギンさん』も一目置くほどの、匠集団だった。
皆で釣りに来ていたのか。まわりには、魔物さんたちが大勢いて、話に加わってきたのだ。
「…それにしても、信じられん」
エルフのギルマスお姉さん一行は、いまだに、青い顔をしている。
「魔物が、人間と話すなんて…」
「ここは、やはり、わたくしの出番でしょう……」
いつの間にか、ドラゴンも盗撮から帰ってきていた。
格納庫は、天井が高いので、ドラゴンでも余裕なのだ。
「まず、荷電粒子砲で、街全体を焼き払って……」
「却下」
ギルド職員を保護しに行くのに、街全体を更地にして、どうするのだ。こいつは、ただ撃ちたいだけだろう。
それでは、
「『揚陸艇』のステルスモードなど、いかがでしょう…」
ツインテメイドが、堅実な意見を出した。たしかに、そのあたりが一番よさそうだった。
しかし、
オレは、焦っていた。
はやく、決着をつけたかった。
理由は、あの、空に浮かんでいる帆船だった。
「帆船って、トイレついてるんですか?」
誰にともなく、尋ねた。
「ふつうは、ないね」
まあ、ぶっちゃけ、垂れ流しだろう。
エルフのお兄さんが教えてくれた。
やっぱり…
いま、上空に積み上げてある帆船は、結界でくるんである。海に浮かんでいないと、自壊するかと思ったからだ。ホントに壊れるのかどうかは、わからない。
つまり、
結界内、あるいは、船内に、垂れ流しにされしまうのだ。
食料はなくても我慢ができるだろう。
しかし、排せつだけは、絶対に無理なのだ。
いわば、人類の限界?
あの帆船は、ぜんぶ貰うつもりだ。
ウ〇チまみれにされては、困るのだ。
あとで、捕まえた船員に、掃除させてもいいかもしれない。
しかし、21世紀の日本人としては、いったん、ウ〇チまみれになったと想像しただけで、なんとなく不快なのだ。
そんなふうに、オレが焦っているのを見て、セーラがさらっと言った。
「ジュンくん、ジュンくん…」
「もう、このまんま、行っちゃえばいいんじゃない」
きっと、みんなびびって、すぐに降参するよ。
………
…ということで、巨大エッグで乗り込んできたわけだった。
ただ、コレって、デカすぎるから、かなり遠くからでも気づかれてしまう。
気づかれないほうがいいに決まっているから、ステルスモードで来た。もちろん、重力制御で浮いているので、エンジン音はない。
つまり、
港の上空に、突如、巨大タマゴ宇宙船が、びよーんと出現して、そこから、オレたちが、ひらひらっと舞い降りてきたのだ。
港には、かなりの人が集まっていた。
しかし、あまりの光景に、みな声を出すのも忘れて、見入っていた。
「下から、狙い撃ちされるかもしれないぞ」
降下が、ゆっくりすぎるんじゃないのか…
エルフのギルマス姉さんが、不安そうに言った。
「大丈夫です」
「そのへんにいる、ドラゴンのブレスくらいなら、弾き返せますから…」
オレは、自信満々に言った。
まあ、ウチのドラゴンの荷電粒子砲だと、ちょっとやばいかもしれない。
正直にいえば、オレは、体質なのか。下りのエレベータでも、背筋がひやっして怖いのだ。
緊急時は、急速降下も、やぶさかではないが、いまは、ゆっくり降りたかった。
「いやいや、ジュン殿…」
エルフのお兄さんが言った。
そのへんに、ドラゴンがいたら、みんな生きていけないよ。
…なるほど、そういうものか。
…………
ふわり…、すたんっ!
そんな他愛もない話をしているうちに、地上に到着した。
着地点も、とうぜん、人で埋まっていたが、蜘蛛の子を散らすように、ささっといなくなっていた。
オレたちは、ゆっくりと冒険者ギルドを目指して歩き始めた。ギルドは目の前だ。
ささささささーーーーーーっ
こんども、波をかき分けるように、人々が、ギルドまでの道を開けてくれる。ギルマスがいるから、行先もわかっているのだ。
おおっ!
オレは、ちょっと感動していた。
そもそも、オレは、人混みが苦手なのだ。
こういう登場のしかたをすれば、人混みを避けられるのか…。まあ、すこし目立ってしまうかもしれないけど…
こんなふうに、ギャラリーの皆さんが、広く開けてくれた道の真ん中を闊歩していると、
高台の城から、騎士やら兵士やらが、ごちゃごちゃと駆け下りてきた。
どうやら、間に合ったらしい。
ただ、また、ドンパチやられて、邪魔されても困る。
オレは、指を、パチリっと鳴らした。
もちろん、オレは、ちゃんと鳴らせるので、口で言ったりはしない。