第132話 知ってて積んできたのか
微妙な沈黙の時間を破ったのは、賢帝だった。
「肉親のことらしいから…」
「気になるのは、よくわかる」
しかし、
「今は、先にやるべきことがあるのではないか?」
「そ、そうだったな……」
エルフの女性が、苦笑しながら、再び腰を下ろした。
言ってはみたものの、気持ちの切り替えが利かないのだろう。黙り込んでしまった。
こんどは、オレが、口火をきった。
「こちらの方たちは……?」
ああ、そうだな…
賢帝は、そう言いながら紹介してくれた。
「サバラン王国の、冒険者ギルドのマスターだ」
ああ、いまは、『共和国』と呼ぶんだったか…
「ギルドマスター?」
そんなひとが、いったい何の要件で来たのだろう。
不思議に思っていると、事務官のような人が教えてくれた。よくみると、この人たちもエルフだった。
「代理だよ…」
「軍部の連中は、この船と、あの積み上げた軍船をみて、腰をぬかしてしまってね」
そういって、皮肉な笑みを浮かべている。
軍船で、意気揚々と出港したまではよかったが、こちらに到着するなり、怖気づいて、中には入れなかったという。
嘘をついているようには見えない。
では、やはり、知らないだけだろうか。
「向こうも、代理。こっちも代理だ」
「…で、ジュン殿は、どうしたい?」
賢帝が、オレに尋ねた。
いま、辺境領から、住民のみなさんを連れてきたのですが…
「街は、文字通り、瓦礫の山になってました」
そこまで話すと、賢帝ばかりか、エルフの人たちも、表情を険しくした。
「幸い、みなさん、軽いけがで済んでいました。治療もおわっています」
そう、付け足した。
もちろん、今頃は、ミルフィーユ領で、くつろいでいるだろうが、そんなことは言えない。
みな、ほっとしたような顔になった。
まあ、いいひとたちなのだろう。
「あの瓦礫の山をみて思ったんですけど…」
オレは、きっぱりと言った。
「もし、まだ少しでも、戦うつもりがあるなら…」
「オレも、徹底的にやるつもりです」
三人のエルフに、緊張が走った。
「…まあ、そんな感じで脅しておいてください」
もちろん、脅しじゃなくて、本気ですけど…
今のところ、このエルフの人に対して、敵意はないのだ。
そんなかんじで、すこし、おどけて話した。
そのとき、のんきな声が聞こえてきた。
「まあ、そっちは、そのくらいにして、お茶にでもしないかい…」
三人のエルフが、驚きのあまり、立ちあがった。
振り向いた先には、お茶のセットをトレーに載せたイザベルさんがいた。
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三人のエルフに、イザベルさんのことを話してよいのか…。
たしかに、生存の有無を心配しているのなら、教えてあげたい。しかし、うかつなことは言えない。
そこで、本人に来てもらうことにしたのだ。
自ら、こうして姿を現したということは、信頼できる肉親なのだろう。
さきほどの『お耳に、ふーっ』は、イレーヌさんに、この件を頼むためだった。ちょっと、増長してしまったが…
「安心してくれ。この三人は、まちがいなく、イサベルの肉親だ」
「もちろん、秘密は守れる連中だ」
まさか、こんなところで再会するとは、思わなかったがな…
そんなことを言いながらも、エミールさんの手には、釣り竿が握られていた。格納庫は、ドッグになっていて、海とつながっている。
けっこう魚が迷い込んでくるので、釣りにはもってこいなのだ。
まあ、それはそうとしてもよ…
「おめえら、知ってて、アレを積んできたのか?」
一転して、エルフの三人に、鋭い視線を向けた。
三人は、最初、何を言っているのか、わからないようだった。おそらく、芝居ではないのだろう。
冒険者ギルドは、国家とは、一線を画した組織だ。
むしろ、最近は、国家とさえ対立できる国際的な組織へと進化しつつあるらしい。
王国の冒険者ギルドは、宰相の言われるままに、セシリアの護衛すら拒絶したが、これは異例のことだという。ほかにも、ケントさんやクレアにまで、嫌がらせをしている。
ケンイチさんなどは、王都のギルマスたち幹部が腐ってやがるとさえ言っていた。
だから、いま、目の前にいるギルマス一行が、軍部の片棒を担ぐとは、とうてい思えなかった。
最初は、ただ怪訝な顔をしていたが、エルフお姉さんたちも気がついたらしい。
「なめたまねを…」
悔しそうな顔をしている。軍部にハメられたのだろう。
彼女は、しばらく、考え事をしているようだった。
それから、意を決したのか、弟エルフに行った。
「サバランのギルドを閉めるよ」
弟エルフにも異論はないようだった。
彼らも、このやり方だけは、許せなかったのだろう。
それから、三人で、なにか相談をしているようだった。
相談事が、終わると、
「すまないが、ちょっと手を貸してもらえるかい?」
オレたちに、そう言って、頭を下げた。