第131話 避難場所
「これは、ひどい…」
リュシーたちが暮らしていた辺境の街は、山の斜面に、大小さまざまな建物が、張りついたような街だった。
そんな街が、九隻の軍船から、千発に及ぶ、艦砲射撃をまともに食らったのだ。
すでに、建物の形をとどめているものすらなく、すべて、瓦礫と化していた。
オレたちは、その瓦礫の上を、『揚陸艇』で飛んでいた。
住民の救助のためだった。
徹底的に、破壊された街をみると、とても生き残っている人がいるとは思えない。
しかし、リュシーが、言った。
「艦砲射撃が始まったときには…」
「住民のみなさんは、すでに山の洞窟に逃げ込んでいたはずです」
たしかに、ここは、やや入り組んだ湾のような地形になっている。船の侵入を、途中で察知すれば、逃げる時間は確保できるのかもしれない。
「洞窟に逃げ込んだあと、入り口は、塞いでしまいます」
もちろん、自分たちも出られなくなるが、非常事態なのだ。追手から確実に逃げ延びるためには、そうするしかないだろう。
『揚陸艇』は、山を越えて、谷底へと下って行った。
そちら側に、『出口』があるのだそうだ。
たしかに、洞窟を通る以外には、ここにたどり着けないだろう。この異世界には、『揚陸艇』のように飛行できる乗り物はないのだ。
脱出経路としては、完璧に思えた。
…………
谷底には、小川が流れており、ひろい河原があった。
きちんと、水場も確保されているらしい。
『揚陸艇』は、そこに着陸した。
「洞窟の出口はこちらです」
貨物室のハッチから、外にでたオレたちは、リュシーの案内で、河原の近くの森へと走り出した。
そのときだった。
オレの、視野のすみに、人影が映った。かわいい女の子だった、気がした。
はっ…
とっさに、そちらを向いてみた。
しかし、誰もいない。
『気のせいか……?』
…………
人影に気を取られているうちに、みんなに引き離されてしまったらしい。
オレは、森のなかへと足を速めた。
森のなかには、ひとだかりがあった。
リュシーが囲まれているらしい。
「よかったねえ……」
「長生きはしてみるもんだねえ……」
「ほんにのう…」
じいさん、ばあさんが、『よかった、よかった』と、目が見えるようになったリュシーの手をとって、祝福していた。
重症の者こそいなかったが、傷を負っているひとは少なくない。砲弾は、炸裂するタイプのものだったのかもしれない。
『揚陸艇』で上空から見たときには、いまいちわからなかったが……。
すでに、セーラが、転移ゲートを設置して、直接、ミルフィーユ第三城壁へと、住民を転送していた。
じいさん、ばあさん以外には、女子供ばかりだった。
じいさん以外の男たちは、船員として戦っていたのだろう。
結果的にとはいえ、この人たちの家族を救えたと思うと、ほっとした。
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巨大タマゴ船に戻ると、見慣れない船が停泊していた。
格納庫に、テーブルとイスを出して、そこで、何やら話をしているらしい。
「帰ってきたか…」
賢帝だった。
向かいには、若い女性と、事務官のようなひとが二名、座っていた。
交渉でもしているのだろうか。
さきほどの船が、少し気になったが、いまは、こちらを優先することにした。すぐに動きだすこともないだろう。
「この少年は……?」
若い女性が、オレを見上げながら、賢帝に尋ねている。
「まあ、この巨大な船の持ち主と思えばいい…」
ほかにも、いろいろとあるがな…
賢帝はオレを紹介した。
「こんな少年が……」
若い女性も、事務官も、あっけにとられたような顔をしている。
近くまでくると、女性の耳に特徴があるのがわかった。
「エルフの方ですか……」
つい、つぶやくと、
「イザベルさんに、すこし似ていらっしゃいますね…」
セシリアが、ぽろりと言ってしまった。いつも、慎重なセシリアにしては、めずらしい失態だった。
イザベルさんを知ってること自体に問題はない。ただ、もし、現状を問われたとき、どこまで話していいのか判断が難しかった。
「イザベル姉さんを知っているのかっ!」
とつぜん、立ち上がって吠えた。
「あっ!」
しまった…、そんなかんじで、セシリアが口に手を当てている。
ほかのみんなは、なんのことかわからないような、とぼけた顔をしている。もちろん、セシリアを睨んだりするようなことはしない。
こういうとき、ほんとうに、うちのお嫁さんたちは、頼もしいと思う。
オレも、セシリアに、軽く微笑みかけて、あとは、黙っていた。
目の前の、イザベルさんを『姉さん』と呼んだ女性が、どの時点までの情報をもっているのか。
まだ、国軍が逃げた時点までしか知らないのか。それとも、魔物の街となった時点まで、すでにつかんでいるのか。
それを図り間違えると、さらに、墓穴を掘る可能性があった。
重苦しい沈黙が続いた。
オレは、イレーヌさんに、ちょっと頼みごとをした。
もちろん、耳元で、ささやいたので、ほかの人には聞こえない。
イレーヌさんは、いっしゅん、ぴくりとして、頬を染めた。
おや…
もしかして、イレーヌさんって、『耳が、超敏感タイプ』なのだろうか。
ためしに、もう一度、
ふっ…
息を吹きかけてみた。
『ひゃうっ…、ジュンくん…、だ、だめ…だよ』
イレーヌさんが、困ったように、脚をもじもじさせている。ちなみ、声には出していない。
おおっ、新感覚!
もう一度、試そうとしたら、
「こ、こほんっ!」
賢帝が、わざとらしい咳ばらいをしながら、オレを睨んでいた。
イレーヌさんは、顔を真っ赤にして、駆けて行った。
エルフのお姉さんをはじめとした、女性陣の冷たい視線が、痛かった。