第13話 こころの壁が…
「オレのことは『ケント』って呼んでくれれば、いいっすよ」
人のよさそうなお兄さんだった。二十歳くらいだろうか。
ケンイチさんのことを『アニキ、アニキ』って呼んで、ほんとうに慕っているのがよくわかった。
「アタシは、『クレア』だよ。よろしくね」
ケントさんの妹さんだった。
オレと同じくらいの年じゃないだろうか。ちなみに、オレは、高校一年生だが。
ショートカットの活発そうな体育系女子だ。金髪女神のセーラよりはずいぶん落ち着いている。
もちろん、外見的に、セーラより年上のせいもあるだろう。
兄妹そろって、髪も目も、透き通った翡翠のような、きれいな翠だった。
そのうえ、顔立ちの整った美男・美少女なので、いっしゅん、これがエルフってやつなのかと勘違いしてしまった。
オレの勝手なイメージにすぎないんだけど。
ふたりとも、性格のよさそうな人たちなので、正直いってほっとした。
あまりにも整った顔立ちに、最初はすこし緊張したが、話をしているうちに、うちとけていくことができた。
そんなときだった。
冒険者ギルド内が、いっしゅん沈黙に包まれた。
みなが、いっせいに顔を向けているそのさきに、修道服を着た美しい少女が、呆然と立っていた。
「第八皇女セシリア…」
「聖女セシリアさま…」
そんな解説が聞こえてきた。
その時、沈黙が破られた。
「わああああああああああああーーーーーん!」
美少女聖女が、大声で泣きながら、激走してきたのだ。
ちょっと、こわい。
………
…くっ、このままでは、軌道上、オレに正面衝突してしまう。
オレは、さりげなく椅子から立ち上がって、軌道上から逸れることにした。
魔力がいきとどいた、今のオレの身体では、あたかも風のように身を翻すことができるのだ。
「…よかったああああああああああーーーーーっ!」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていても、それなりに美しい。
なるほど、真性の美少女とはすごいものだ…とオレは嘆息した。
そんなことよりも問題は、彼女が加速しながらも、オレの動きを確実に『追尾』してきたことだった。
『優れた魔道士』と教会のばあちゃんは語っていたが、身体能力もなかなかのものらしい。
オレが、どこに避難しようかと逡巡していると、
「…ここは、オトコとして、うけとめてあげる場面ですニャ…」
ライムが、勝手なことを言いだした。
そういえば、こいつもメスだった。
…くっ、しかたがない。
オレは、なし崩し的に覚悟を決めた。
オレは、鋭角に突入してきた聖女の神速を、後ろに倒れ込むことで去なしがら、彼女をやわらかく抱き留めた。
こうして、激突は避けられたが、したたかに後頭部を打ってしまった。
まあ、ダメージなどほとんどないが。
聖女は、泣きながらオレの首に抱きついて言った。
「召還に失敗しちゃったから、あなたに、もしものことがあったらって…」
…ずーっと、心配してくれていたらしい。
そのころ、オレは、眠ったままとはいえ、レオタ美少女女神たちのめくるめく馬乗りに身を任せていたのだが。
彼女の話に、聞き耳を立てていたのだろう。
「やっぱり、異世界人だったのか…」
「…だけどよ、あの召還って失敗したんだろ」
「失敗したのに、なんで、ここにいるだよ…」
冒険者たちのささやきが聞こえてきた。
「…ばかね、あんた」
女性の冒険者たちだった。
「そんなの、決まってんじゃないの!」
「…愛よ。愛の力!」
自信満々に、てきとうなことを言い出し始めた。
「…そ、そうか」
「す、すげえな愛!」
バカが、なっとくしていた。
それにしても、金髪女神のセーラよりわずかに年上っぽいせいだろうか。
彼女の上半身の一部は、ささやかながらもそれなりの弾力性を主張していた。
その感触をおもわず堪能してしまったのが、間違いだったのだろう。
オレのこころに、いっしゅんの油断が生じていた。
「こ、これは、ニャンだ…?」
聖女の体から、ぼうっとした蒼い光が波打ち拡散し始めた。
「ま、まさか!…ジュンしゃまの結界を侵食してるのかニャ!」
「うにゃあーーーー!A○フィー○ドが、こころの壁が破られるニャ!」
こいつは!
オレの「魔道具の家」にあったアニメを、こっそり見てたんだな!
…と、思ったのもつかの間、
「…にゃああああ!魔力隠蔽が、いちまい、解除されたニャ-!」
まもなく…
「…ニ、ニャー、二枚目まで!」
ライムが、マジで焦っていた。
「ひ、非常事態ニャあああ!強制介入するニャあああ!」
ライムの前には、いつのまにか(ちっちゃい)ホログラム状のノートPCが出現していた。
ライムは、そのキーボードに、ふりかぶった肉球をおもいきりたたきつけた。
「魔力隠蔽障壁、二重同時構築っ!…………ニャあああああ!」