第129話 間に合った
【ここからまた、ジュンの視点にもどります】
「…間に合った」
ドラゴンの貨物室の開口部に立って、オレは、いまにも沈みそうな船を見下ろしていた。
今回は、盗撮ドラゴンが役に立った。
『(元)盲目の美少女魔導士』から、この船のことを聞いたときには、すでに、ドラゴンが把握していた。
……っていうか、上空で撮影していた。
おかげで、すぐに、ここに転移することができたのだ。
ばあちゃんが、船で海を西に向かっていた理由もわかった。
ばあちゃんの娘さんも、いま確保した。
もう、こそこそすることもないだろう。
アレも到着したようだ。
…………
ごごごごごごごごごご………………
低く唸るような音とともに、ソレは、姿を現した。
ドラゴンの貨物室から外に乗り出していたオレの目の前には、あの巨大なエッグが浮いていた。
それは、まるで、空に浮かぶ山のようだった。
まあ、形は、タマゴ型だけど…
ドラゴンとともに、沈みかけの船へと降下していった。
完全に結界でくるんでいる。
浸水も止まっているはずだ。
それにしても、
乗組員を包んだだけとはいえ、あの『ハート蛇の杖』に、砲弾をしのぐほどの出力があったとは…
「完全に『力わざ』ニャ」
「さすが、『帝国の魔女』の娘ニャ、よくやるニャ…」
まったく、母娘そろって無茶をするものだ。
ドラゴンが近づくにつれて、船員たちが、恐怖に顔を引きつらせている。まあ、しかたがない。
ただ、ひとりだけ、ドラゴンを見上げながら、目をキラキラ輝かせている子がいた。
ちいさな男の子だった。
すこし、シャルに似ている。
……………
降下するにつれて、その子の顔がはっきり見えてきた。
オレは、異世界人みたいな、裸眼視力はないのだ。
オレは、その子を見て、驚愕した。
な、なんだあの子はっ!
いったい、どうなっているっ!
なんで…
あんなに…
かわいいんだぁーーーーーーーっ!
…………
オレは、予定を変更して、結界のなかに降りることにした。
すたんっ!
大人たちが、いっしゅん、身構える中、その子だけは駆け寄ってきた。
さあ、おいで…
オレは、膝をついて、両手を広げた。
「ジュリアンっ!無事でよかった!」
リュックがまばゆく光り、中から『(元)盲目の美少女魔導士』が飛び出して来た。
目が治ったので、動きがきわめてすばやい。
たちまち、男の子を抱きしめた。
「リュシー姉さまっ、目が見えるのですか!」
男の子が、驚いて、声を上げた。
そして、
よかった、よかった…
ふたりで、泣きながら、抱き合っていた。
まわりの船員たちも、目に涙を浮かべて祝福している。
…………
オレは、広げた両腕を、さりげなく、もとに戻した。
「君が、我々を助けてくれたのか」
ほんとうにありがとう……
いかにも貴族風のおっさんが、深く頭を下げている。
「お父さま…」
リュシーこと、『(元)盲目の美少女魔導士』がオレの横にならんだ。
「わたくしの目を治してくださったのも、ジュンさまなのです」
そういって、恥ずかしそうに、オレを見上げた。
『お父さま』ということは、このおっさんが、王さまなのだろう。
あとで、聞いた話だが、彼は、辺境伯だったが、クーデターで国を乗っ取られると、すぐさま、小国の王を名乗ったそうだ。辺境領を、そのまま国家として独立させたのだ。
英断だったと、あの賢帝でさえ褒めていた。
「…そうか、重ね重ね、ありがとう」
さきほどは、死を覚悟したが、それでも、
「娘の目のことは、気がかりでしかたがなかった…」
そういって、涙を浮かべている。やさしいパパだった。
…………
「ところで…」
パパの目が、きらりと鋭く光った。
「うちの娘とは、どのような関係かな?」
すこし、殺気が漂っている。
遊び半分ならただではおかないと顔に書いてあるようだ。
「も、もう…、お父さまったら…」
娘は娘で、頬を染めて、ちらちらとオレを盗み見ている。
…………
こんなときに…
なんとも、マイペースな父娘だった。
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「効果範囲、設定」
「聖魔法、回復」
この船には、無傷のものは、ひとりとしていなかった。
むしろ、大けがをしているものばかりだったのだ。
「おお、みるみるうちに傷口がふさがっていく…」
「ああ、痛みがひいていくぜ…」
「ありがてぇ…」
「たすかったぁ…」
男の子も、うれしそうに腕をさすっていた。
この子は、腕が折れていたのだ。よく我慢していたものだ。
泣き叫んでもおかしくない年頃なのに…
だから、予定では、抱きしめたときに、すぐに治癒してあげるはずだったのだが…
リュシーに横取りされたから…
…………
ざざざざざざざざぁーーーーーーーーーーーっ
多少の揺れとともに、船が、海面から離れていく。
ドラゴンに、そのまま、抱え上げてもらったのだ。
「「「「「「「「「おおおーーーっ!」」」」」」」」
船は、船員たちの歓声のなか、巨大タマゴの格納庫へと向かった。