第128話 イネス母さまを…
ちょっと、説明をいそぎすぎたかもしれません。
すこし、駆け足っぽいです。
「あなたたち、スフレ帝国はご存じかしら?」
海の向こうの国だ。
知らなくても無理はない。
そもそも、オレたちだって、彼女たちの国のことを知らずに、勘違いして助けたのだから。
「ま、まさか…あなたさまは…」
『(元)盲目の美少女魔導士』から意外な返事が返ってきた。
「そういえば、魔力の波長が…」
そんなことを口走りながら、まじまじと、ばあちゃんの顔を見ている。
彼女は、目が見えなかった代わりに、魔力の波長を見分ける能力に長けてのだろう。
オレの魔力も、一発で見抜いたのだ。
「わたしは、フランシーヌ」
「スフレ帝国の皇帝は、わたしの息子よ」
「もしかして、あなたには…」
「わたしに似た魔力をもつ知り合いが、いるのかしら?」
真剣な顔だった。
思い当たることでもあるのだろうか。
「はい…」
「…お母さまを」
「イネス母さまを助けてください…」
「…お願いします」
ぽろぽろと涙をこぼしながら、『(元)盲目の美少女魔導士』は、ばあちゃんにすがりついた。
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【ここから三人称視点にかわります】
すでに、マストは折れ、船は、ただ波に翻弄されるばかりだった。
大きく傾いた船体は、船底を満たしていく海水によって、みるみるうちに沈んでいく。
「砲撃が止んだとおもったら、あいつら、わざわざこの船を囲んでやがるのか」
艦長とおぼしき中年の男が、吐き捨てるように言った。
艦長のことばどおり、九隻の軍船が、ぐるりと、この沈みかけた船を囲んでいる。
「イネスさまの結界が破れねえから、最後に、いっせいに大砲をぶちかますつもりなんだろうぜ」
ざまあねえや…と、頭から流れる血を払いながら、若い船員が嘲笑った。
「まったくだぜ」
そう言って、まわりにいた船員たちも、笑っている。
だれもが深手を負っていたが、心の折れたものは、ひとりもいなかった。
イネスと呼ばれた中年の女性の手には、杖が握りしめられている。
二匹の蛇が、ハートマークを作っている例の杖だった。
『この杖には、ずいぶん救われたわ』
一年前に、突如として、自分たちの人生を変えてしまった。あのクーデターの時も、この杖の結界で逃げ延びることができた。
亡き夫である先王と、駆け落ち同然で、帝国を飛び出してきたとき、母上が下さった杖だ。
こうして、最期を迎えるときにも、母との絆を感じられるのは、ありがたいことだと思った。
その母も、祖国も捨ててしまった自分には、そんな思いに浸る資格はないのだろうけれど…
「いよいよ、始まるようだね」
一目で貴族とわかる中年の男性だった。
豪奢な服は、血で染まっていたが、にこやかに微笑んでいる。
「この一年、なかなか楽しかったよ」
先王の弟として、辺境の地を守っていた自分が、小国を打ち立て、王とならざるを得なくなった。その辺境の小国が、艦砲射撃で徹底的に破壊されたのは、ついこの間のことだった。
「あとは、リュシーが逃げ延びてくれれば…」
そう言いながら、目の前の少年の手を握りしめた。
「ほんとうは、ジュリアンも一緒に、逃げてほしかったのだけれど…」
少年は、しずかに首をふった。
「いえ、ぼくだって男です…だから、残りたかった…」
まだ、十歳にも満たないような少年だったが、その眼には、強い意志が宿っていた。
そろそろ、頃合いだろうか…
いくつあるかは知らないが、そろそろ砲撃の準備も整ったに違いない。
王は、最期に、感謝の言葉を選んだ。
「みんな、いままで、ほんとうにありがとう…」
海の男たちは、その言葉に笑顔で答えた。
そのときだった。
一斉砲撃の激しい音が、海上に響き渡った。
砲弾が空を切り裂いて飛来してくる。
…………
…………
…………
こつーん、こつーん、こつーん、こつーん…
ぽちゃーん、ぽちゃーん、ぽちゃーん…
…………
「「「「「「「「「はい?」」」」」」」」」」
…………
こつーん、こつーん、こつーん、こつーん…
ぽちゃーん、ぽちゃーん、ぽちゃーん…
…………
「「「「「「「「「はい?」」」」」」」」」」
死を覚悟した海の男たちと、熟女が、二度ほど気の抜けた声を上げたとき、
自分たちを、船ごと包んでいる大きな結界に、ようやく気がついた。
「「「「「「「こ、これは?」」」」」」」」」
驚きながらも、イネスには、理解できた。
とてつもない強力な結界で、自分たちが、救われたことを。
そう思ったときには、魔力の使いすぎだろうか、意識を保つことができなくなっていた。
イネスは、杖を握りしめたまま、その場にくずおれた。