第122話 『決闘』の日
晴れ渡る空の下、観客のいない、広大な闘技場の真ん中で、ひとり(と一匹)、オレは、体育座りをして、主人公が、『決闘』で、悪役を皆殺しにするラノベを読んでいた。
「ほおっ!これはなかなかのものだ…」
賢帝の声が聞こえる。
「父上、いくのじゃっ!」
シャルが相手をしてるようだ。
「シャル、がんばるのよ」
王妃は、娘の味方のようだ。
「まあ、まあ、まあっ…、これなら私でも大丈夫ね」
大きな胸が揺れる音がきこえる(気がする)。
幻聴だろうか…
「すごく、楽しいです!」
セシリアも、元気いっぱいだ。
「クレアちゃん、勝負だよ!」
「受けて立つわっ!」
セーラとクレアが、戦っているらしい。
「あ、ジュンしゃま…」
「まだ、次のページはめくらないでほしいのニャ」
ああ、ライム…すまん。
…………
…………
どうして…
オレも、『決闘』に来たのに、ラノベと、こんなに違うのだろう…
「なかなか、いいわね」
「ジュンくん、このラケットと、羽根って譲ってくれるのかしら…」
もちろん、代金は払うわよ。
…………
生まれて初めての『決闘』に臨んでいる、オレの後ろでは、みんなが、『バトミントン大会』で盛り上がっていた。
「陛下、もうそろそろ、よろしいかと…」
騎士団長のロベールさんが、恭しく、賢帝に告げていた。
「…お、おお、そ、そうか…」
娘との対戦を中断されて、賢帝は残念そうだった。
「ロベールたちは、ぜんいん、『決闘』をすっぽかしたってことでいいのね」
王妃さまが、立会人たちに、確認していた。
「ええ、もうかなりの時間がたちます」
それでよろしいかと…
テレーズさんを始めとして、数名の立会人が、了承している。
「ジュンくん、もういいわよ」
「あ、はい…」
お后様の終了宣言で、オレは、読んでいたラノベを閉じた。
「ジ、ジュンしゃま、その本を貸してほしいのですニャ…」
ライムは、気に入ったようだ。
精霊くらいになると、子猫でも、本をめくれるのだろうか。
…………
こうして、オレの『決闘』は、幕を閉じた。
ロベールたちはもちろん、セザールも含めて、ぜんいん学院には来ていない。
ほとぼりが冷めたら、つらっとして、また来るのだろうか。
『罪を憎んで人を憎まず』
そうだな…
もし、登校してきたのを見かけたら、今度は、オレが『決闘』を申し込んでやろう。
ロベールも、セザールも、憎んではいない。雑魚だからな。
でも、許しはしない。
もし、許すとしても、それは、オレではないだろうから…
****************
「おじいちゃんも、きっと喜んでくれているわね」
はるか彼方の水平線を眺めながら、ばあちゃんがつぶやいた。
膝には、シャルを、愛おしげに抱きかかえている。
「これも、シャルのお陰ね…」
「喜んでもらって、なによりなのじゃ」
シャルもうれしそうだった。
それにしても、
「どうして…」
「ジュンくんのおうちのバルコニーから、海が見えるのかしらね」
…ばあちゃん、
やっぱり、イメージと違ってたろうか…
…………
…………
オレたちは、いま、大海原を、ゆっくりと進む『船』の上にいた。
いや、
より正確に言うと、海上をさっそうと進む『宇宙船』に乗っていた。
この『タマゴ船』には、オレの家が設置されている。
居住スペースを追加するよりも、オレの家を積み込んだほうが早いと思ったのだ。
そもそも、超巨大なタマゴだ。
上部のほんの一部をくりぬいただけで、我が家がすっぽり収まってしまった。
もちろん、外壁は、内側に格納されている。ほんとにくり抜いたわけではない。
念のため、雨が入りそうな時とか、海が荒れている時は、透明な外壁で閉じる仕掛けになっている。
家を収めても、まだ、両側に、大きな空間があいている。
たしかに、形がタマゴなので、両端は狭い。
しかし、それでも、十分なスペースがあった。
そこには、まもなく、プールが設置される予定だ。
豪華客船には、プールはつきものらしいからな。まあ、超豪華な、タマゴだけど…
…さて、
オレは、席をはずすことにした。
バルコニーには、ソファとテーブルを置いた。そのほうが、ゆっくり座って、海を眺めていられるからだ。
いま、ソファには、賢帝一家が座っていた。
賢帝も、ようやく時間を作ってきたのだ。
ここは、家族水入らずがいいだろう。
「ジュン殿、世話になる…」
海をじっと見つめている母親の隣で、賢帝が、しずかに、頭を下げた。
「ジュンくん、ありがとう…」
お后様からも、礼を言われた。
シャルは、ばあちゃんの膝で、にこにこしていた。
「ごゆっくり…」
賢帝一家に、軽くお辞儀をして、オレたちは、家の中に引っ込んだ。
『巨大タマゴ船』は、島ひとつ見当たらない海原を、『西』へと進んでいた。
ばあちゃんからのリクエストだ。
『西』に進んで、何か当てがあるのだろうか。
ばあちゃんは、何も言わなかった。
だから、オレも、尋ねていない。
きっと、言える時が来たら、教えてくれるに違いない。
それに、オレたちは、ぶっちゃけ、『船旅』を楽しめればいいのだ。
どっちへ船を進めても、たいして変わりはない。
だから、いまは、ばあちゃんの意思を優先した。