第118話 ひとり残らず
すこし短いです。
「実はね…、ララも、あいつらの被害者だったのよ…」
オレたちは、学院食堂のテラスで、お茶を飲んでいた。
このメンバーで立ち話をしていると、やたらと目立って、ギャラリーが集まってきてしまうのだ。
クロードとか言ったかしら…
「ララが、しつこくつきまとわれてね…」
思い出したのだろう、ララも、不愉快な顔をしていた。
「それで、すっかり、学院に通わなくなったの…」
そうだったのか…
これもなにかの縁なのだ。
オレがいる間は、守ってやらないと…
しずかに、心に決めていると、
ああ、でも…
「ララが怒って、クロードを消し炭にしそうになったからなのよ」
あのままだったら、間違いなく、殺していたわね…
危なかったわ…
まさか、守る必要があったのは、クロードのほうだったとは…
でも、もう、クロードは、いなくなったからね。
これも、ジュン殿のお陰ね。そういって、微笑んだ。
「いえ…、『決闘』は、明日ですよ。だから、まだ…」
そのへんを、ちょろちょろしてるだろう。
「「え…っ?」」
ララとふたりで驚いている。
「もういないわよ」
テレーズさんが、きっぱりと言った。
「今朝早くに、出奔したって、連絡がきているわ」
ジュン殿は、しらなかったの?
聞き返されてしまった。
テレーズさんは、『立会人』でもあるから、連絡がきたのだろう。
「そうだったんですか…」
なんとも、あっけない幕切れだった。
人を殺したくはないので、砂漠の真ん中とか、火山の火口にでも、転送してやろうかと思っていたのに…
でも、明日、念のため、決闘の会場には、行かなければならないだろう。
万が一、ひとりでも来たら、オレが逃げ出したことにされてしまう。
テレーズさんの話は、まだ、続いた。
だけどね…、クロードがいなくても、参加を表明した者がいる限り、
「『決闘』は、予定どおり行うって、リーズさまが『お触れ』を出したの…」
なにせ、『名誉』を懸けた『決闘』だものね…
とうぜん、誰もが、それで納得してるわ。
『リーズさま』というのは、お后さまのことだ。
さすがに、仕事が早いようだ。
ひとりも逃がすつもりはないらしい。
「ジュン殿も、それでいいわよね…」
テレーズさんは、オレの意思を確認しにきたのだ。
もちろん、久しぶりに登校したララが心配だったのもあるだろうが…
ええ、もちろん…、ひとりでもいるかぎり、
「しっかり、お相手をしようと思っています」
食堂は、広場に隣接していた。
その広場の掲示板には、『決闘』に参加予定の学生の名前が、でかでかと書かれている。オレを殺すと表明した連中だ。
オレは、これ見よがしに大書された、二十名ほどの名前を、ちらりと見ながら、そう答えた。
「「「「ひぃぃぃぃーーーーー」」」」
食堂の隅っこで、奇妙な悲鳴が聞こえた。
男子学生数名が、食堂から、あわてて駆け出すのが見えた。
残党がいたようだ。
おおかた、オレたちのようすをうかがっていたのだろう。
都合よく、オレが、『決闘』を取りやめにするとでも、期待していたのだろうか。
自分が率先してやったのではないから、罪は軽いとでも思っているのかもしれない。
しかし、そういう風に無責任に同調するやつこそ、きっちり仕留めておく必要がある。こいつらを放置しておくと、必ず、似たような悪事を始めるものだ。
それに、これは、最初から、オレひとりの問題ではない。
平民を狙い撃ちにして、自主退学にまで追い込んだ腐った貴族を、一掃しようと、みんなで立ち上がったのだ。
中途半端で、やめるなど、考えられないことだ。
まして、ララのように、学院に戻ってくる学生が、これから何人も現れるかもしれない。
彼らが、安心して、学院に戻る決心ができるように、残党は、ひとり残らず、刈り取らねばならないのだ。
オレは別に、悪いことをした人間の、更生する可能性を否定するつもりはない。
ただ、ものごとには、順序がある。
いまは、理不尽に、学ぶ場を奪われた学生に、取り戻す機会を与えることが最優先されるべきだ。
それすら、満足にできないうちに、更生を語るのは、いやらしい偽善者にすぎない気がする。