第116話 それを言っちゃあ…
白ローブじじいは、帝都教会の大司教だった。
それだけに、セーラの言葉を聞き流すわけにはいかなかったらしい。
「そ、それでは、ジュン殿は、シャル姫ばかりでなく、女神さまとも親しくされて…」
芸能人記者なみに追及するつもりらしい。
手帳を片手に、ペンをなめている。
「違うよ」
セーラは、きっぱりと否定した。
「そ、そうでしたか。さきほどの話は、やはり、聞き間違いで…」
なにやら、ほっとしたらしい。
ところが、セーラが、どや顔で言った。
「ボクはね、こういう面は、フェアでありたい思ってるんだよ」
「はい…?」
じじいには、何を言ってるのかわからないようだ。
とうぜんだろう。オレにもわからないのだから…
セーラは、ちっちっ…と指をふってみせた。
「ボクと、シャルちゃんだけじゃないってことだよ」
「は、はあ…」
じじいの頭は、いっそう、混乱しはじめたようだ。
「ほら、あそこに、いるでしょ」
そういって、聖女セシリアたちを指さすと、
「ジュンくんの、お嫁さんになるのはね…」
①『ボク』
②『シャルちゃん』
③『聖女セシリア』
④『元聖女イレーヌ』
⑤『クレアちゃん』
「いまのところ、五人だよ」
ほんとは、六人なんだけど、まだナイショなんだよ…
ご丁寧に、解説していた。
セシリアたちに目をやると、みな、頬を染めて、うつむいている。
こ、これは、ハーレムエンディングへと着実に進んでいるのだろうか…
しかし、ひそかに、喜んでいる状況ではなかった…
「「「「「「「「「……じーっ」」」」」」」」」」」
オレは、ふと思った。
いったい、いま、この演習場には、どれだけのひとがいるのだろう…
いま、オレは、その人数分の冷たい視線を、いっせいに浴びている気がした。
ちなみに、賢帝は、母親の命を救ってもらったことも忘れたのか。皆に、にらまれるオレをみて、ほくそえんでいた。
「まあ、うらやましいわね」
ばあちゃんが、楽しそうに言った。
おじいちゃんは、もう死んじゃったのだから、
「あと、すこし若かったら、わたしも加わったのにね…」
そういって、からからと笑っていた。
静まり返った演習場内には、ばあちゃんの明るい笑い声がさわやかに響き渡っていた。
「演習が終わったばかりなのに、すまないね」
ローラン騎士団長が、申し訳なさそうに、言った。
「ローランさんこそ、お疲れさまです…」
オレも、彼を労った。
彼にばかり、気を遣わせるわけにもいかない。ほんとうに、お互いさまなのだ。
「それにしても…、あからさまに、逃げだしてますニャ」
頭の上で、ライムがしゃべっている。
演習場で、『お披露目』は終わったのだ。
少なくとも、もう帝都では、こそこそする必要はなくなっていた。
もちろん、それは、セーラも同じだった。
セーラは、オレの腕に抱き着いて、ずっとくっついて歩いている。
これは、かたちとしては、『胸が当たってる』イベントではあった。ただ、残念なことに、セーラでは、オレの腕に接触中の胸部の体積に、やや不足があった。
「ジュンくん、ジュンくん、なんだか、いま、とっても、不愉快な想念を感じたよ…」
「そ、そうか…」
「なにしろ…、ガラの悪い連中で、いっぱいだからな…」
オレは、周りの連中のせいにした。
じっさいに、いま、目の前には、ガラの悪そうな傭兵や冒険者があふれていた。
もちろん、『決闘』に加わるはずだった連中だ。
オレを殺して、それなりの金を稼ぐつもりでいたらしいが、『決闘』で死ぬのは、まちがいなく、自分たちであることがわかったのだ。
連中は、帝都から逃げ出そうと、大慌てで城門に向かっていた。
こういうとき、逃げるついでに、悪さをしようと思いつくバカがいるものだ。
騎士団長は、帝都の巡回を最大限に強化した。
それにともなって、オレにも、ケルベロスさんの増員を要請してきたのだ。
いま、帝都は、街なかも、帝城も、ケルベロス部隊が目を光らせていた。
いや、ケルベロスさんなので、『鼻をクンクンさせていた』と言うべきだろうか。
さらに、余計な悪事をする余裕を与えないために、オレも出動することになった。まあ、いってみれば、『追い出し担当』である。
じっさいに、オレを目にすると、傭兵も冒険者も、青くなって、城門へと逃げ出していった。
「ねえ、ねえ、ジュンくん…」
必死で駆けていく連中の後姿を見ながら、セーラーが、しみじみとつぶやいた。
「ジュンくんってば、もう、すっかり『化け物』になっちゃったんだね…」
…………
「セーラちゃん…」
ライムが、まじまじとセーラを見た。
「それを言っちゃあ、おしまいニャ…」