第114話 帝国の魔女
いぜん、三人称で書いたせいか、一人称で書いているときにも、なんとなく、三人称ぽくなってしまいます(笑)。いろいろ難しいものだと思います。
じつは、模擬戦の後始末が、まだ終わっていない。
今の騒ぎで、宮廷魔導士たちも、動くに動けなかったらしい。いまだに、『氷の槍』の下で、震えていた。
怯えているというよりも、じっさいに、寒いのだろう。風邪をひいていなければいいのだが…
しかたがない
「効果範囲、設定」
「可視化、赤」
赤い空間が、宮廷魔導士百人を包み込んだ。
赤いからと言って、暖かいわけではない。単なる着色だ。
「空間魔法、転移」
赤い空間と共に、魔導士たちが消えた。
そして、『氷の槍』に囲まれた空間のそと、賢帝たちの近くに、ふたたび、姿を現した。
「「「「「「「「「ええええ…っ」」」」」」」」」」
観客席が、きょう、何度目かのどよめきに包まれた。
先日、ぬいぐるみを、目と鼻の先に、転移させただけで、歴史的な偉業だったのだ。無理もなかった。
オレは、『氷の槍』の下に、だれもいないことを、再度確かめた。
それから、右腕を、ゆっくり下した。
どすーーーーーーーーーん
どすーーーーーーーーーん
どすーーーーーーーーーん
『氷の槍』が、次々と落下する。
激しい地響きと共に、地面に突き刺さっていった。
しばらくすると、演習場には、巨大な『バビルの塔(氷版)』が聳え立ち、無数の『氷の槍』が地面に刺さっていた。
幻惑の類と思う余地を与えないために、すぐには消去しないことにしていた。まあ、なにをどうやっても、そう思い込みたいヤツは思うだろうけど…
帝都は、もともと夏のような気候だ。
しかし、この演習場だけは、空気がひんやりとしている。
まるで、ここだけ異世界のようだった。異世界のなかの『異世界』だろうか。
観客たちは、あらためて、目の前の『異世界』を見て、言葉を失っていた。
そのとき、静まり返った演習場に、弱弱しいながらも、凛とした声が聞こえてきた。
「ほ、ほんとうに…、来たかいが…、あったわね」
だれもが、声の主を探した。
聞き覚えがあったからだ。
「あそこだっ!」
「あそこに、いらっしゃるぞ!」
中年の男が、立ち上がって、大声で指さした。
演習場の、出入り口に、三人の女性が見える。
ひとりの女性の両肩を、ふたりの女性が支えていた。
支えられていたのは、いかにも貴婦人といった感じのばあちゃんだった。
「は、母上…、なぜ、このようなところに…」
賢帝が、声を震わせて、立ち上がった。
あっというまに、ばあちゃんのそばに駆け寄ると、
「なぜ、母上を、連れ出したっ!」
ばあちゃんの肩を支えていた、ふたりを叱りつけた。
「…シャルル、おやめなさい…」
「…わ、わたしが、無理を言って…連れてきてもらったの」
ばあちゃんは、毅然として言った。
「…おばあさま」
「…お義母さま」
シャルも、お后さまも、駆け付けてきていた。
「なぜ、このような無茶を…」
泣きそうな声で、賢帝が尋ねる。
すると、ばあちゃんは、やさしく微笑んだ。
「…だって、シャルの…だ、大事なひとが、参加するのでしょう」
「…わ、わたしも、その子に、あ、会ってみたくて」
それから、オレをじっと見て言った。
「…すばらしかったわ」
「…こ、氷の大魔法だけでも、びっくりだったのに」
「…空間転移まで、つ、使いこなしているのね」
うれしそうに、微笑っている。
「…ほんとうに」
「…来たかいが、…あった」
しみじみと、そう言い終わると、
ごほっ、ごほっ…、血を吐いた…
あたりが血で染まった。
さすがに、オレにも、これはヤバいとわかった。
「お、おばあさまーっ」
シャルは、すでに、泣き出していた。
「は、母上、ど、どうして…」
賢帝まで、泣き出した。マザコンだったのか…
お后さまは、オレをすがるように見ている。
この中では、一番冷静なのだ。
「シ、シャルル…しっかりしなさい…」
ばあちゃんは、あれだけ吐血しても、毅然としていた。
「わたくしも、て、『帝国の魔女』と呼ばれた魔導士…」
「ベッドの上で、最期を迎えたいなどと思ってはいないわ…」
かっこいいばあちゃんだった。
こんな体で、オレに会いに来てくれたと言った。
しかたがない、
「ライム、セーラ、出てきてくれ…」
リュックに隠れていた二人を呼んだ。
「ジュンしゃま…ようすは見ていましたニャ」
ライムは、状況を把握していた。
セーラは…、
「ジュンくん、ジュンくん、シャバの空気はうまいねぇ…」
…通常運転だった。
「…あら、せ、精霊さまがみえる…わ」
「いよいよ、お迎えが、き、きたのかしらね」
ばあちゃんが、嬉しそうに言った。
「ライムは、そっちの担当ではないのニャ…」
ばあちゃんに喜ばれて、ライムが、困っていた。