第113話 軍事演習(5)
軍事演習が一段落します。
オレは、迫りくる炎の塊をぼんやり見ながら、
地面に膝をつくと、
ばんっ!
地面に、手のひらをたたきつけた。
どおーーーーーーーーーーーーーーーーーん
しゅんかん、氷の巨大な塔が、地面から出現した。
そして、
どっかーーーーーーーーーーーーーーーーーん
氷の塔は、迫りくる、炎の塊に激突した。
さらに、巨大な炎を、突き破りながら、空へと伸びていった。
『バビルの塔(氷版)』だ。
まあ、ホントは、『水魔法』の『氷柱』なので、地面をたたく必要は、まったくない。
そもそも、地面と関係ないし…
しかし、ちびっ子もたくさんいるのだ。このアクションは必須だろう……と納得することにした。
おおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーー
観客席に、驚愕の声がとどろいた。
何故か、字面はいつも『お』の連続だが、けっして手抜きではない。
「見ろ!炎が、どんどん消えていくぞ!」
「あの大魔法が、破られた!」
「で、でも…」
「と、飛び散った炎が落ちてくるわ!」
「うわーっ」
「もう間に合わねえ!」
こまかく実況してくれている観客もいるようだ。
たしかに、思い切り『バビルの塔(氷版)』をぶっつけたせいか、炎の塊が割れて、大きな火の粉が降り注いてきた。
まあ、大きいのに、『火の粉』というのも、おかしいが…
「効果範囲、設定」
「水魔法、氷槍」
オレの、周りに、『氷の槍』が、続々と現れる。
「補助魔法、追尾!」
「標的、大きいけど『火の粉』!」
びゅんびゅんびゅんびゅん………………
『氷の槍』が結晶するなり、次々に射出された。
いっけん、無軌道に散っていくように見える。
だが、落下する『火の粉』を追いかけ、片っ端から、貫き、消失させていった。
「す、すげえ…」
「『氷の槍』が…」
「自分で『火の粉』を追いかけてる…」
「火の粉が、どんどん消えていくわ!」
観客の、実況は続いているようだ。
しばらくすると、演習場には、雲を貫いて屹立する、馬鹿でかい『バビルの塔(氷版)』だけが残った。
こんどは、オレのターンだった。
「効果範囲、設定」
「可視化、青」
およそ百名の宮廷魔導士の、頭上に、青い空間が広がっていく。
見る見るうちに、その空間は、魔導士たちの頭上を覆い隠し、さらに、観客席の手前まで広がり、止まった。
観客席の上にまで、伸ばすわけにはいかない。
「水魔法、氷槍」
オレは、ふたたび、『氷の槍』を現出させた。
こんどは、あの砂漠での戦闘を再現するためだ。
『決闘』の話が出たとき、お后様は、オレが、二万のデザート軍を、ひとりで片づけたと話した。
スターチ侯爵たちは、それを頭から「嘘」と決めつけた。
そして、お后様を貶めるために、やたらと吹聴していたのだ。
『王妃ともあろう者が、見え透いた嘘をついた』と。
シャルのママを、嘘つき呼ばわりするなど、許せるものではない。
青い空間が広がるのを、追いかけるように、『氷の槍』が姿を現した。それは、次々と、数を増やしていった。
やがて、広大な青い空間すべてが、無数の『氷の槍』で、埋め尽くされた。
「「「「「「「「「………」」」」」」」」」」」」
観客たちからは、声すら上がらなかった。
演習場は、静まり返った。
「こ、降参する…」
宮廷魔導士長のテレーズさんの声が聞こえてきた。
頭上を埋め尽くす槍の矛先をみて、腰を抜かしている魔導士もいるようだ。
宮廷魔導士たちは、みな、膝をついて両手をあげ、戦意がないことを示していた。ある意味、模擬戦終了の合図のようなものだろうか。
「げ、幻覚だ。み、見せかけに決まっとる!」
「そ、そうだ…」
「あんな数、ありえない…」
「げ、幻惑にすぎない」
スターチ侯爵一派が、ぶつぶつ、わめき始めた。
すると、外野席の、傭兵や冒険者たちまで、虚勢を張った。
「そ、そうだ、そうだ!」
「あ、あんなの、ニセものにきまってらあ!」
「だ、だまされねえぞ!」
さきほどの、大魔法の激突も、幻惑とでも言うのだろうか。それは、宮廷魔導士全員を、詐欺師呼ばわりしているのとおなじだろう。
もはや、観客たちでさえ、あきれていた。
「あいつら、何を…」
「あたまが、おかしいんじゃねえのか…」
「あきれたわね…」
しかたがない…
オレは…
右手を、スターチ侯爵たち貴族へ、
左手を、助っ人の傭兵や冒険者たちへ、向けた。
すると、オレの手の動きに合わせるように、『氷の槍』が、向きを変えた。
半数は、スターチ侯爵たちへと、矛先を向け、
残り半数は、傭兵と冒険者たちへと、矛先を向けた。
「じゃあ、試してみるか?」
「すぐに、わかることだ」
スターチ侯爵に、問いただした。
「「「「「「「「「ひいい………っ」」」」」」」」
侯爵デブたちと、傭兵たちは、いっせいに悲鳴を上げた。 そして、四つん這いになって、出口へとあわてた。
なんだ、幻影だなんて、ちっとも思ってないじゃないか…
ホントに、口先ばっかりの連中だな。
「そのくらいにしておけ…」
賢帝が、静かに言った。
「明後日の楽しみがなくなってしまう…」
明後日は、『決闘』の日だ。
賢帝も、ねちねち楽しんでいるようだ。
「冗談じゃねえっ!」
「なんで、あんな化け物と戦わなくちゃいけねえんだ」
「あんなやつが相手じゃ…」
「命がいくつあっても、足りやしねえ!」
傭兵も、冒険者も、真っ青になって逃げだした。
このまま、帝都からも逃げ出すのだろうか…
まあ、予定通りなのだけれど…
スターチデブ侯爵も、セザールも、次々と観客席から逃げ出そうとしていた。
『決闘』の元凶、クロードなどは、唇まで紫色になって、カタカタと震えていた。
今のこいつらには、『貴族の名誉』など、欠片もみあたらなかった。そんなものは、もともと持っていなかったのだろう。
せいぜい、もっているのは、根深い劣等感と、その反動としての虚勢と傲慢だけなのかもしれない。