第111話 軍事演習(3)
すこし長いです。
司会は、ローラン騎士団長だった。
先のマイク用魔道具を握っていた。
いよいよ演習開始だ。
あとで、オレの出番もあるのだ。少し緊張した。
すると、ローランさんが、オレをじっと見ていることに気がついた。オレの出番は、まだのはずだ。
怪訝におもっていると、彼は、オレに両手を合わせて、頭を下げはじめた。ごめんなさいの意味だろうか。
このあたりの動作の表すコードは、日本と同じなのだろうか。ふむ、なかなか興味深いことだ、などと文化人類学者を気取っていると、
「今年は、まず、陛下じきじきに『模擬戦』をなさる!」
ローランさんが、堂々と宣言した。
おおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーー!
観客は、ハチの巣をつついたような大騒ぎになった。
「今年は、すげえーーーーーーっ!」
「陛下の戦いが、見られるのかっ!」
「来たかいがあったぜ!」
「陛下ぁーー、頑張ってぇーー」
賢帝は、なかなかの人気者だった。
それにしても、自ら模擬戦とは…、『なかなかサービス精神旺盛な皇帝さまだな』…オレは感心した。
ローランさんが司会を続けた。
「対戦相手だが…」
ふと気が付くと、オレの目の前に、ドレス姿のシャルが立っていた。うやうやしく、オレの手をとっている。
『お姫様ごっこ』だろうか。ホンモノだけにうまいものだ。
「シャルロット殿下の、ご学友。ジュン殿である!」
ローランさんは、ふたたび、手を合わせている。
『なんだとーーーーーーーーーーーっ』
まったく、聞いていなかった。いつ決まったのだろう。
賢帝は、すでに、演習場の中央で、屈伸運動をしている。
こころなしか、嬉しそうに見える。
『あのやろう……』
しかし、シャルが、ちょっと頬を赤く染めながらも、迎えに来ているのだ。行かないという選択肢はない。
すでに、退路は断たれていた。
『ハメやがったな…』
オレは、つとめて、平静を装って、シャルについて行った。
大きな箱の前まで来ると、そばにいた近衛兵が、気の毒そうに尋ねてきた。
「大丈夫か?」
ローランさんのように、いい人なのだろう。
「ええ、やれと言われれば、やれますから…」
オレは、微笑んだ……つもりだったが、顔が引きつってしまったようだ。けっこう、キレかかっていたのだ。
「そ、そうか。じゃあ、そこから武器をえらんでくれ」
オレは、剣を選んだ。
いわゆる『刃引き』は、してあるようだ。
それから、
「ありがとうな…」
シャルの頭をなでた。相変わらずの手触りで、あと一時間ほど、なでていたかったが、我慢した。
「父上は、とても強いのじゃ」
シャルが、うつむいたまま、つぶやいた。
「でも…」
「わらわのジュンは、もっと強いのじゃ!」
そういって、ぎゅっとオレに抱き着いた。
おおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーー!
観客が、ふたたび、どよめいた。
まあ、ちびっ子でも、アイドルだから、しかたがない。
「ありがとう…」
オレは…シャルを抱きしめながら、…勝ち誇ったように、賢帝の方をみて、にやりと笑った。
くっ、ぎりぎりぎり…
ふっ、賢帝が、歯ぎしりしているようだ。
…勝ったな。
前哨戦の勝利にほくそえんいると、さっきの近衛兵がこっそり、教えてくれた。
「陛下は、『魔法剣士』でな。一発目から、かましてくるから、気をつけたほうがいい…」
やはり、いいひとだった。
「ありがとうございます」
どんなときも、お礼は大事だ。
賢帝には、ハメられたが、シャルと近衛兵さんのお陰で、気分は悪くなかった。
オレは、演習場の中央で、賢帝と向き合った。
けっこうな距離がある。
でも、いまのオレならいっしゅんで、詰められる距離だ。
「ここは、ワシの出番のようじゃな…」
どこからともなく、じじいの声が聞こえてきた。
観客席から飛び降りて、ゆったりと歩いてくる。
見るからに、剣士といった風情のじじいだった。
近づいてくるにつれて、体格のデカさに驚いた。
うちのオークさんくらいあるんじゃないだろうか。
「これはこれは、ランス将軍…かたじけない」
賢帝が、将軍と呼んでいた。
「なあに、シャルは、ワシにとっても孫のようなもの…」
ワシとて、この少年のことは気になっておってな。
そう言って、オレを見て、にやりと笑った。
大御所の審判員も、登場したところで、模擬戦の開始となった。
賢帝は、剣を片手に、低く身構えている。
オレは、肩をたたくように、トンと、剣を肩に担いだ。
「めずらしい構えだな…、いいのかそれで」
賢帝が問いただす。ふざけた構えに見えたのかもしれない。
「ああ…、とんでもない変人から教わったから…」
こんな構えしかできないんだ。
オレは、正直に答えた。
「ゆくぞっ!」
近衛兵の教えてくれた通りだった。
魔法だろう、いきなり剣撃を飛ばしてきた。
あの勇者は『魔剣』で撃ってきたが、こんどは、刃引きした剣だ。
オレは、一撃目は、受けてみることにした。
かきーん!
くっ!
思った以上に、鋭く重い一撃だった。
とっさに、剣をひねって、威力を逃がした。
「ほおっ…」
じじい将軍が、感心している。目のいいじじいだ。
二撃、三撃は、横に飛んで、躱した。
飛びのきざまに、
「無属性魔法、強化」
剣を強化した。
折られて無様をさらすわけにもいかない。
皇帝さま相手なのだ、それなりにはやらないと…
「便利な魔法だな。うらやましいことだ」
そう言いながら、いきなり距離を詰めて、突きを入れてきた。
どこまで、剣が伸びてくるか、わからない。
オレは、体を開きながら、前に出た。
剣が、オレの目の前を通過していく。
ふっ、この際だ…
「お義父さんのも、強化しましょうか…」
ちょっと……煽った。
「き、きさまぁーーー!」
賢帝の体がこわばる。無理に向きでも変えようとしたのだろう。
ひょいっ…
あっさり、オレに、足をひっかけられた。
突きのスピードも載っている。
ひゅーん
賢帝が飛んで行った。
「シャルルが、手玉に取られとるぞ…」
「あいかわらず、学習しねえ野郎だな…」
「シャルのこととなると、すぐカッとなるからのう…」
面白がって、観客席から、降りてきたのだろう。
いつのまにか、まわりが老人会になっていた。
どれも、将軍さまなのだろうか。
ずざざざーーーーーっ
さすが、賢帝、ちゃんと着地した。
ここを攻めないのも、失礼だろう。
さっと距離を詰めて、剣を振り下ろした。
避ける間はないはず。
がしっ!
賢帝は、着地した低い姿勢のまま、頭の上で、剣を受けた。折れると、賢帝の眉間を割ってしまう。
オレは、そのまま、すこしだけ、剣を押し込んだ。
賢帝の足が、わずかに、沈んだ。
とうぜん、斬りあげてくるだろう。
オレは、そのまま後ろに飛んで、距離をとった。
「なんじゃい、シャルルのやつ…」
「少年に、手加減されとるとは…」
「体がなまってんじゃねえのか…」
横の評論家から、次々に、辛辣な解説がとんできた。
こんな感じで、昔から、じじいたちに、いびられてきたのだろうか。
オレは、ちょっとだけ、賢帝に同情した。
「なかなかやるな…」
賢帝が、すっくと立ちあがった。
しかし、「シャルは、やらんぞぉぉぉぉぉぉ…!」
無詠唱にしても、速かった。
賢帝が横に一閃した剣から、巨大な炎が飛んできた。
よくみると、龍のような形をしている。
勇者のあの技って、『魔剣』特有の技じゃなかったのか!
ゲームとかで、よくある「りゅうじんけーん」ってヤツだろうか。
…って、そんなことを考えている場合ではない。
だが、だらだらしてる間にも、オレの目が蒼く光を放っていた。
「水魔法、氷龍もどき?」
「剣撃、発動」
ここは、ビジュアル的にも、剣撃で飛ばすところだ。
オレの一閃から、氷の龍っぽいのが射出された。
眼は働いている、押し切ることはないだろう。
炎と氷、龍と龍もどきが、中央で激突した。
どかーーーん
水蒸気だろうか、あたりが真っ白になった。
「そこまでっ!」
魔道具もないのに、演習場に、ランスじいの声が、とどろいた。霧が晴れると、オレと、賢帝の間に、ランスじいが、両手を広げて、すっくと立ちふさがっていた。
このじじい、さりげなく、一番かっこいいところを取りやがったな…