第109話 軍事演習(1)
いちおう必要な説明かなとおもって書いているうちに、ながくなってしまいました。
まさしくお祭りだった。
演習場へと続く道には、いくつもの屋台が並んでいる。
空は、曇っていた。しかし、晴れていたら、熱中症にでもなりそうだ。むしろ、お祭り日和なのかもしれない。
演習場へと向かう人々は、家族連れも多く、だれもが、楽しそうだった。
そもそも、娯楽の少ない世界だ。軍事演習とはいえ、娯楽のひとつとカウントされているのだろう。
それに、
平和が続いているとは言っても、いつ他国が攻めてきてもおかしくない世界なのだ。
帝国の強大な軍事力を、目の当たりのすることで、安心して日々の暮らしを送ることもできる。そういう意味も込めての一般公開なのだろう。
「まあ、まあ、まあ、ほんとうに、賑やかですこと」
元聖女のイレーヌさんも、嬉しそうだ。
ミルフィーユ領が、魔物の団体に襲われてから、こうした雰囲気から遠ざかっていたのだ。それだけに、感慨無量なのだろう。
今のミルフィーユは、たしかに、『世界で最も安全な土地』とはなった。しかし、こんなお祭り騒ぎは、もちろんできない。ヤキニクパーティがせいぜいだろうか。
ときおり、馬車が、群衆を追い越して行った。
貴族たちが、乗っているそうだ。しかし、庶民を蹴散らしていくような馬車はない。
そういう不心得な貴族が、まったくいないわけでない。
しかし、いまは、ケルベロスさんたちが、目を光らせている。ろくでなしの貴族が、幅を利かせられるような雰囲気ではなかった。ケルベロスさんたちは、ここでも活躍していた。
オレたちは、見物もかねて、のんびり歩いていた。
オレたちというのは、
①元聖女イレーヌさん
②聖女セシリア
③妹クレアさん
そして、オレの四人だった。
セーラと、ライムは、相変わらず、リュックの中にいた。
きょうは、いい機会なので、チャンスがあったら、外にだしてやろうと思っている。
シャルは、お姫様なので、きょうは別行動だ。
美女&美少女を連れているが、おかしな男が、声をかけてきたりはしない。
聖女二人には、それぞれシルバーウルフが並んで歩いている。クレアさんは、オレと並んでいるし、その後ろには、ケルベロスさんがついてきている。
とても、ナンパ男ごときが近寄れる集団ではなかった。
一昨日ぶりの演習場だった。
しかし、『黒の魔導士』たちと模擬戦をした時とは、まったく別の場所にしか見えない。
数えきれないほどの人々が、観客席を埋めていたからだ。
きょうのオレは『出演者』だ。セシリアたちは、その関係者だった。
だから、観客席ではなく、演習場の中に入った。
広大な演習場だ。俺たち数人が、入ったくらいでは目立たない。ケルベロスさんですら、小さく見えるだろう。
演習場には、学院長が待っていた。
「きょうは、いろいろと頼むことになるかもしれん」
よろしく頼みますぞ…
そう言いながら、オレたちの待機場所へと案内してくれた。
待機場所には、大きなテントが設置されていた。
なにやら、ゴージャスでゴールドな鎧で身を包んだ兵士たちが、ずらりと整列していた。近衛兵らしい。
見るからに、まぶしかった。
「やあ、待っていたよ」
ゴールド集団から、これまたひときわ豪勢な鎧が、俺たちに近づいてきた。聞きなれた穏やかな声だ。ローラン騎士団長さんだった。
近衛の長も、兼ねているのだろう。
よくよく、便利に使われている善人だと気の毒になった。
オレは、近衛兵とは、初対面だった。
なにやら、怪訝なようすで、オレたちを睨んでいる。
ただ、騎士団長や、学院長が親しげにしているのだ。
無礼な言葉をかけてくるような愚か者はいなかった。
この大きなテントは、『ロイヤル・ファミリー用』らしい。
ふつうは、演習場の地べたではなく、観客席の中の、もっと安全で見晴らしのいい場所に、陣取るものだと思う。
しかし、賢帝は、それを嫌ったらしい。兵士たちと同じ地に立つことを選んだという。
それだけに、近衛の兵士たちの責任も重大なのだろう。
多少ピリピリしていても無理はなかった。
こんな風に、テント入りした時だった。
「きさまのような、下賤のものが、なぜ、そこにいる!」
聞き覚えのある、神経質な声だった。
すこし離れた観客席へと目を向けると、『なんちゃって主席』のセザールがいた。ああ、いちおう本物の主席ではあったか…
「まったくじゃ…、われらにつまみ出されぬうちに、さっさと、出ていくがよい…」
何やら、傲慢な声も聞こえてきた。
見ると、デブだった。
念のために、言っておくが、オレは、デブを嫌ってはいない。少なくとも、日本のような飽食の先進国で、デブという理由だけで、人を嫌う輩が居たとしたら、かなり頭のいかれた奴だろう。
太っていようが、痩せていようが、善人は善人であり、悪人は悪人だ。
しかし、今、目の前で、ふんぞりかえっているデブは、悪党だとすぐに分かった。
ケルベロスさんも、
「なにやら、臭いますな…」と、眉をひそめていた。
悪党臭がひどいようだ。
「あれが、セザールの親、スターチ侯爵だよ」
ローラン騎士団長が、小声で教えてくれた。
デブの周りには、とりまきの貴族もいた。
オレに向かって、口々に、
「まったく、虫けら分際で…」
「これだから、ドブネズミというやつは困る…」
下品な比喩を、平然と使っていた。
オレへの罵声は、それだけではなかった。
貴族席とは、別のところから、なにやら、騒がしい声が聞こえてきた。
「おいおい、なんだあの弱っちいガキは…」
「あんな、ゴミみてえなのと戦うのかよ」
「二万の兵を倒したんじゃねえなのかよ」
「二万って、いくらなんでももり過ぎだぜ…」
ぎゃははははははははははははははっ…
大勢で、腹を抱えて笑っている。
あの異臭デブに雇われた連中らしい。
たしかに、野球場の外野席のような芝生には、数百人は集まっていた。
「こりゃあ、いいぜ!」
「あんな、ガキを始末して、稼げるとはな…」
「ぼろもうけじゃねえか!」
たいそう喜んでいるようだ。
まあ、ああやって、帝都に、金をばらまいてくれたのだろう。言わせておくくらいは、タダなのだ。たいして気にもならなかった。