第108話 ひとであふれる帝都
説明なのですが、いちおう、対話で進めてみました。
あしたは、軍事演習になります。
ぼくには、ぜひ書いてみたいお話があるのですが、小説など書いたこともなかったので、必ず大失敗すると思って、保留にしています。
いまのお話で、はやく、書くことに慣れて、そっちも書けるようになりたいものです。
もちろん、今のお話も、ずっと想像だけめぐらしていたので、書いていて楽しいです。想像していたのとは、まったく別のお話になっていますけど…
帝都には、ぞくぞくと、傭兵や冒険者がやってきた。
たったひとりを、大勢でなぶり殺しにすればいい。それで、それなりの金が得られる。これに食いつかない奴は、バカに見えるのだろう。
「ほんとに、街に、人がふえてますね」
ケルベロスさんの初出勤に同行して、街中を歩いたのは、つい一昨日のことだった。
あの日も、街の大通りなどは、人であふれていた。
いまは、さらに、人が密集している。さすがに、日本の通勤ラッシュとは、比べるほどではない。それでも、やや、人をかきわけて歩くような感じにはなっていた。
オレは、昨夜、我が家に宿泊していた騎士団長といっしょに、街に出ていた。
自分をネタにした、一大イベントなのだ。ちょっとくらいは、見物してみたかった。
「ほら、あそこですよ」
騎士団長さんが、城門の近くに設置された、大きなテントを指さした。
「あそこで、スターチ侯爵家と、『助っ人契約』ができるのです」
なるほど、出張所ができているらしい。
いまも、長い列ができていた。
「おおかた、自分の屋敷に、傭兵たちがやってくるのを、嫌がったのでしょう」
たしかに、傭兵や冒険者たちは、少々薄汚い恰好をしていた。
ここで、なにがしかの前金を得た彼らは、街へと繰り出し、酒を飲み、宿をとる。侯爵もそのていどの金は惜しまなかったらしい。
「前に、お話しした『ジュンくん決闘好景気』ですね」
話している騎士団長も、街が潤うのがうれしそうだ。
きっと、街で商売をしている人たちとも、仲が良いのだろう。
「まあ、ふつうなら、治安が荒れてしまうところですが…」
そう言って、人ごみの向こうに目をやった。
そこには、ワンボックスカーくらいの大きさの動物がいた。ケルベロスさんである。
それにしても、
「彼らの嗅覚には、驚きましたね」
ローラン騎士団長が、だんだんとこちらに、近づいてくる、大きな魔物を見ながら、語った。
「まさか、悪党の臭いを、嗅ぎ分けられるなんて…」
そうなのだ。
何をどうやって、嗅ぎ分けるのかは不明だが、一昨日の巡回で、見事にその力を発揮していた。
曰く、「独特の『悪臭』があるのですな、コレが!」…とのことだった。
『悪党』だけに、『悪臭』とは、またひねりのない表現だった。
「おおっ!、我がマスター、ジュンさまではありませんか!」
ケルベロスさんが、うれしそうに近づいてきた。
そうだった。
『ダンジョンマスター』に就任したのだ。
彼らから見れば、『マスター』なのだ。人前でも、とうぜん、そう呼ぶだろう。
周りのひとたちが、怪訝な顔をしている。
無理もない。
こんなぱっとしない少年に、大きな魔物が傅いているのだ。不思議にも思うだろう。
それでも、周りのひとたちは、道を開けて、ケルベロスさんを通してくれた。街のひとたちは、好意的なようすだった。ありがたいことだ。
傭兵や冒険者ふうの男たちは、青くなって、逃げ出していたが…
「あっ!お母さん、ケロちゃんがいるよっ!」
「おーい!ケロちゃーん!」
そういって、ちびっ子が、手を振っていた。子供にも人気のようだ。
ケルベロスさんは、子供ほうをちらりとみて、うなずいている。そもそもデカいので、軽い動作でも、コンタクトはとれているらしい。
「あーっ、ケロちゃんが返事してくれたっ!」
きゃっきゃと喜んでいる。
子供がよろこぶのをみて、周りの大人たちも、微笑んでいた。
なるほど…、ケロちゃん、グッジョブ。
ケルベロスさんは、オレの目の前に到着すると、足をたたんで、伏せのポーズをとった。挨拶なのだろう。
「お、おい!いま、あのケルベロス、『マスター、ジュン』って言わなかったか!」
「それがどうしたってんだよ」
冒険者ふうの男たちが、俺たちを取り囲んでいる街の人にまぎれて、ひそひそ話をしていた。
「馬鹿か、お前!『ジュン』っていうのが、『決闘』のあいてだぞ!」
「…うそだろう」
いま、帝都には、何十頭もケルベロスがいるって話だぞ。
「それが全部、『ジュン』って奴の従魔なのか…」
ふたりの冒険者たちは、しばし呆然としていた。
「オ、オレ、参加を取り消してくる」
「ま、待てよ。オレも行くよ…」
そう言って、慌てて駆け出して行った。
「賢明な方たちもいたようですね」
駆け出す冒険者たちの後ろ姿を見ながら、ローランさんが言った。
「ケルベロスさんも、吠えなかったようです。悪い人ではないのでしょう…」
まあ、わざわざ、オレを殺しに帝都にきたのだ。いい人でもないには違いない。
ケルベロスさんは、オレへの挨拶を終えると、勤務に復帰していった。あいかわらず、勤勉な魔物さんだった。
「…けっこう、いますね」
オレは、いま、おおきな特設の掲示板を見上げていた。
たくさんの名前が、大きな文字で書かれている。
「ええ、昨日の名簿よりは、50名以上増えているようですね」
名簿を取り出して、見比べている。
この国では、『決闘』は、いい意味で一大イベントらしい。『決闘』といっても、必ずしも、命の奪い合いにはならないらしい。模擬戦を、ぐっとシリアスにしたようなのもあるという。
ただし、オレの場合は、お后様がわざわざ、
「『名誉』を守るための『決闘』」と明言して、
「学生だって、『命をかける』のは当然」とまで、言ってしまったのだ。
こうなると、この国のもう一つのコードが機能する。
『なによりも『名誉』を重んじる』というコードだ。
隣国が、ねちねちと軍事演習を見せつけるとは言っても、しばらく、帝国は、平和が続いていた。
日々、殺し合いに明け暮れている時代は、自分が生き残るだけで精一杯になる。
しかし、平和な時代になって、殺しあいがなくなると、戦士たちは、『名誉』を重んじようになるものだ。
いぜん、そんな話を、アイツから聞いた記憶がある。あれでいて、オレには、徹底して英才教育を施していたのだ。まあ、古いサブカルの話題も、けっこう多かったが…
「さきほどの、冒険者のようですね」
そこに、ふたりの冒険者が、役人ぽいひと数名を連れてやってきた。
なにやら、話し込んでいたが、役人が、掲示板に梯子をかけて上りだした。それから、二言三言、確認をすると、近くの二人の名前を、黒く塗りつぶしていた。
「初めての、辞退者ってところですね」
ローラン騎士団長は、その黒塗りを見ながら、
「あすの軍事演習のあとには、どうなるか、見ものです」
そういって、オレに、にやりと笑いかけた。
金髪イケメンは、ドヤ顔をしても、イケメンだった。
うらやましいことだ。