第107話 万単位はムリ
いま、書き終わりました。
もっと、早く書いて、しっかり見直せるようにならないといけないと、いつも思います。
とにかく、いまは、書くことに慣れたいと思っています。
「学院生は、まあ、20名ほどじゃろうかの…」
すでに、名簿は、掲示板に張り出しておる。
学院長が、『ぐい吞み』を片手に説明した。
「こちらは、名前が挙がってきている者で、200名程度でしょうか」
名の知れた冒険者などは、今のところ、いないようです。
名簿のようなものに、目を通しながら、話しているのは、ローラン騎士団長さんだ。
「『決闘』が決まってから、まだ三日よ」
これから、まだまだ増えるわね。
『決闘』の火付け役。リーズ王妃もいた。
「まあ、概ね順調といったところか…」
賢帝が、話を締めくくった。
話の内容は、『決闘の参加者数』だ。
『2万人まで、助っ人OK』のびっくり企画だったが、飛行機や新幹線のある世界ではないのだ。侯爵だからと言って、万単位で集めるのは、物理的に不可能だった。まあ、現実的には、数百人が限度なのだろう。
この四人のほかに、宮廷魔導士長のテレーズさんも来ている。
ただ、模擬戦で濡れネズミになったのを、かるく水浴びだけして駆けつけてきたという。風邪をひかれても気の毒なので、いま、イレーヌさんたちとお風呂に入ってもらっている。
それにしても、
「この『日本酒』というのは、なかなかのものだな」
ガラス製の『ぐい吞み』を傾けながら、賢帝がうなっている。
「そうね、こんな繊細なお酒ってめずらしいわ」
お后様も、気に入ったようだ。
美男美女のふたりで、舌鼓を打つさまは、なかなか絵になっていた。
「…………ふむ」
学院長は、手酌で、ぐいぐい飲んでいる。先ほどから、『ぐい吞み』を手放そうともしないから、よほど、口に合ったのだろう。まあ、そればかりではないとも思うが…
帝国の重鎮四名は、いま、我が家のリビングのソファでくつろいでいた。
これが、騎士団長の『三つ目の依頼』だった。
もちろん、我が家で、『利き酒』をすることではない。
帝都の巡回に、騎士や兵士の多くが、街に出る。しぜん、帝城の警備が手薄になる。
そこで、この『ロイヤル・ファミリー』を、我が家に、預かってほしいという依頼だった。
騎士団長と、宮廷魔導士長は、いちおう、我が家の安全性を確認しに来訪したわけだ。
学院長は、『決闘参加者状況』の話もあって、一緒についてきた。
いろいろ世話になっているのだ。オレとしても、ぜひ、ご招待したい相手だったから、好都合だった。
『名誉をかけて』の『決闘』と、あの時、お后様は宣言した。
しかし、もちろん、狙いは、それだけではない。
シャルママは、なかなかの策略家だった。
オレをうまく使って、シャルが学院生活を楽しく送れるように手を打ったのは、記憶に新しい。
シャルママは、別件でも、オレをうまく利用しようとしていた。
別に悪い気はしない。
前は、シャルのためだった。あの子のために利用されて、腹がたつはずもない。
今回も、同じだった。
「ほんに、申し訳ないことをしたもんじゃ…」
学院長が、しょんぼりしてつぶやいた。酒のせいではないだろう。
「先生のせいではありません」
シャルママが、きっぱりと言った。
「たしかに、先生の仕事ではないね」
賢帝も、先生と呼んでいる。やはり教え子なのだろう。
今回の『決闘』のきっかけは、オレが『貴族ではない』ことだった。
ようするに、平民が活躍するのが気に入らないという『根性の腐った貴族』が、少なからず、学院には居るのだ。
ならば、セザールやクロードに限ったとしても、罵倒されたのが、オレだけのはずがない。むしろ、オレ以上の被害にあった平民の学生が、たくさん居るのでないのか。
リリアーヌ生徒会長に調べてもらったのじゃが…
「すでに、自主退学した平民の学生が、何人もいるそうじゃ…」
「あの連中の仕業で間違いないですね」
騎士団長が、険しい表情で言った。
騎士団長も、とうぜん、学院の卒業生だ。そうとう、腹に据えかねているらしい。学院に誇りをもっていれば、そうなるだろう。
でも、
「ジュンくんのお陰で、ごみ掃除ができるわ」
自主退学した子たちに、安心して戻ってもらうためにも、
「ここは、徹底的に、掃除しておきたいわね」
これが、お后様の『狙い』だった。
だから、オレは、喜んで、利用されようと思った。
「掃除が必要なのは、学院生ばかりではない…」
「『軍事演習』の準備状況は、どうなっている」
賢帝が、騎士団長に尋ねた。
大使館関係への通知は、すでに済んでおります。
「いまのところ、欠席の連絡は来ておりません」
ジュンくんが参加することも、それとなく伝えてあります。見に来ない者など、おりますまい。
街道の魔物を追い払った件も、『転移実験』の件も、とうぜん、知っているはずですからね。
ちらりとオレを見ながら、ローランさんが答えた。
「帝都のひとたちには、お祭りのようなものだから、きっと、大盛況になるわね」
お后様が、楽しそうに言った。
異世界でも、『軍事演習』の類は、お祭りのようなものらしい。日本でも、自衛隊の演習などには、子供連れで、大勢集まるから、似たようなものだ。
「『ランパーク』の連中も、これで少しは、大人しくなるでしょう」
テレーズ宮廷魔導士長の声だった。
お風呂から上がったらしい。イレーヌさんといっしょに、缶ビールを片手に、リビングに入ってきた。
『ランパーク』というのは、隣国の『ランパーク王国』のことだ。
もちろん、ミルフィーユ領の所属する王国とは、まったく別の国だ。いわゆる軍事国家で、さいきん、緩衝地帯で、さかんに『軍事演習』を繰り返しているらしい。
ランパーク王国のことは、おいておくとしても、『軍事演習』で、ジュンくんの実力を知ったら、
「決闘に加わった彼らは、どう動くかしらね」
お后さまが、いたずらっぽく言った。
「どうだろうな…」
賢帝が、話し始めた。
いずれにしても、連中は、どちらかを選ぶしかない。
『決闘で皆殺しになる』か、『逃げ出す』か。
ジュン殿には、面倒をかけてしまうが…
「どちらにしても、大掃除ができることは、まちがいない」
賢帝と呼ばれる為政者なのだ、ただの善人であるはずはなかった。
まじめに生きている人たちを、苦しめるような人間に、手加減をするつもりはないらしい。
…………
ところで、「ジュン殿…」
賢帝は、オレをじっと見た。
威厳に満ちた眼差しだった。
「なんです?」
「あの…、テレーズたちが口にしている飲み物だが…」
「われわれにも、もらえないだろうか…」
………
缶ビールの注文だった。