第106話 こいつが犯人
すこし長くなりました。
オレは、帝城に来ていた。
帝城とはいっても、城の外だ。軍事演習場とよばれる場所。いわば、広大なグランドである。
騎士団長からの『二つ目の依頼』を果たすためだった。
「なんだか、毎日すまないね」
騎士団長が、申し訳なさそうに、声をかけてきた。
「いえ、お気になさらず…」
この人に気を遣われては、こう答えるしかなくなる。
昨日の、帝都の巡回にしても、彼は、一兵卒のように、働いていた。トップでありながら、まっさきに働くような人に、文句など言えたものではない。
「あいかわらず、ローランは、人を使うのがうまいわね」
黒いローブを来た赤髪の美人が、あきれたように言った。
騎士団長さんは、『ローランさん』というらしい。侯爵家の次期当主だそうだ。よくわからないが、とても、偉いのだろう。
この燃えるような真っ赤な髪をなびかせている人は、『テレーズさん』といって、『宮廷の魔導士長』を務める美人さんだ。
ローランさんも、テレーズさんも、なかなか若い。ケンイチさんくらいじゃないだろうか。シャルパパは、賢帝などと呼ばれているが、この若いリーダーを見ていると、なんとなく納得できる気がする。
ベテランを上に立たせるのが、一番楽なはずだ。
それをせずに、若いリーダーに責任を持たせるやり方は、賢帝にふさわしいのかもしれない。
「この少年が、陛下のおっしゃっていた魔道士なの?」
テレーズさんは、オレに、値踏みするような目を向けてきた。
しかし、オレは、不愉快ではなかった。
美少女と美人には、とことん寛容であるのが、オレの一貫した哲学なのだ。
「たしかに、魔力は、わたしと変わらないくらいあるようだけど…」
そういって、テレーズさんが、美しく首をかしげていると、
「なにを言ってる…」
「そいつ、魔力隠蔽かけてる」
そんな声が聞こえてきた。
見ると、少女としか見えないような小柄な女性だった。
銀髪クール系の美少女だ。
「それも、多重…」
なにやら、きっぱりと言われてしまった。
「そういう魔法があるのは、わかるけど…」
「そもそも、魔力を隠蔽する意味なんて、あるのかしら…」
今度は、すらりと背の高い女性だった。碧の髪をショートカットにした、これまた、とんでもない美人だった。
もしかして、宮廷魔導士って、ぜんいん美人なのだろうか。オレは、もしかして桃源郷に来てしまったのかもれしれない。
「あの、すさまじい魔力の波動を忘れたの?」
「こいつが、アレの犯人」
この波長は、まちがいない。
そういって、クール美少女に、にらまれてしまった。
それに、
「炎の柱も、土の柱も、こいつの仕業」
なかなか鋭いクール娘だった。
「あの時、怖くて、ちょっと漏らした…」
「あの恨みは、ぜったいに忘れない」
さっきから、怒ってるのは、漏らした恨みだったのか…
それって、オレのせいなんだろうか…?
まあ、オレのせいか…
替わりのパ〇ツでも、さりげなく渡せばいいのだろうか。
「ううううっ!」
「……いま、こいつから邪悪な気が!」
ホントに鋭いな…
「やれやれ、相変わらず、礼儀を知らない子だね…」
騎士団長のローランさんの、緊張感のない声が聞こえてきた。
きょう、ジュンくんに来てもらったのは、
「彼女たちと模擬戦をしてもらうためだったんだよ」
君の話をしても、なかなか信じてくれないものだからね。
「どうだろう、少し相手をしてやってくれないかい?」
イケメンスマイルで、そんなことを言う。
いっぽうでは、魔導士長のテレーズさんが、銀髪クールに念を押していた。
この少年が、あの大魔力の犯人だって言ったけど…
「ララ…、ほんとうに、間違いないのね」
「間違いないっ!」
「あんな目に遭ったのに、わからないほうがおかしい!」
なんか、もう敵意むきだしなんだけど…
そんなに大事なパ〇ツだったのだろうか。
「ううううっ!」
「また、邪悪な気がっ!ララの操がピンチっ!」
「ちょっと、信じられないけど…」
「ララがそこまで言うなら、間違いないわね…」
今度は、碧のショートカット美女にも、にらまれてしまった。
何が、間違いないっていうんだろう…
「そうね、じゃあ、やりましょう」
わたしからでいいかしら…
テレーズさんが、そう言って、杖を構えた。
「ぜったいだめ!」
銀髪ララが、とつぜん叫んだ。
「ひとりなんてダメ。テレーズの操の危機!」
「十人ぜんいんで戦うべき!」
ララが、そう言い張ると、
「わたしもそう思う」
ショートカット美人も、賛同した。
「あの魔力なのよ。十人でもヤバいわ」
「うーん、そうはいってもね」
テレーズさんも困っているようだ。
『宮廷魔導士』が、少年相手に『10対1』というのも外聞が悪いのだろう。
………
オレは、もう一度、魔導士たちを見回した。
やはり、粒ぞろいの美女だった。
…ふむ、しかたがない、
「いいですよ…」
「十人いっぺんでやりましょう」
正直、ひとりひとりは、面倒だ。
「いいのね」
テレーズさんがオレに確認をとった。
が、その時間も待ちきれないように、
「結界っ!」
銀髪クールっこが、無詠唱で結界を張った。
見ると、例のウェディング風ウロボロスを持っている。シャルと同じ杖だ。
「効果範囲設定、可視化、青」
オレの周りを囲んでいる魔導士と、オレの間の空間が、ドーナツ状に青く染まった。
「空間魔法」
「結界、強制解除」
ぱりーんっ!
何枚ものガラスが割れるような音が響いた。
「うそっ!もう破られたっ!」
「…お、襲われる!」
いいかげん、その発想やめてほしい…
でも、一度くらい破られても、あきらめないようだ。
「結界っ!」
再び、張りなおした。
今度は、すぐには、解除しなかった。
このクールっ子には、結界を張らせておいたほうが、うるさくなくていい。
それに、この程度の結界では、オレの魔法は、防げないのだ。
すると、今度は、三人の魔導士から、炎系の魔法が発動された。炎の渦が、オレに襲い掛かってくる。それも、三方からだ。
オレを、ムラなくこんがり焼くつもりらしい。
ひとりは、テレーズさんだった。
やはり、赤い髪の人は、炎系のようだ。
ふふふ…、ベッドでも燃えるタイプなのかな…
ちょっと、口先だけで言ってみた。もちろん、声には出さない。
「あああっ!今度は、テレーズに魔の手がっ!」
なんだろう、こいつ、ほんとに鋭い…
オレの目は、すでに蒼く光っていた。
「対抗魔法」
炎は、いっしゅんで消えた。
「「「消された!?」」」
宮廷魔導士が、唖然としている。
ドラゴンの炎ブレスのような、物理効果付与の心配はないようだ。
しかし、炎が消えたときには、オレの頭上に、氷の槍が、九本ほど、結晶し始めていた。
やはり、三人同時に、三方から、オレをクシ刺しにしたいらしい。
また、「対抗魔法」で消去してもいいのだが……それよりは、
「効果範囲、設定」
時間がないので、可視化せずに、オレの頭上の空間を指定した。
「火魔法、火球」
「魔力調整、フェザータッチ」
頭上の効果範囲に、炎があふれる。
氷の槍は、いっしゅんで溶けた。
しかし、炎は、それでは収まらない。
効果範囲を超えて、飛び散っていく。
効果範囲は、魔法の発動範囲であって、結界ではない。
炎などは、どうしても、あふれてしまうのだ。
もちろん、オレは、自分の結界で守られている。
ぱりーんっ!
クール美少女の結界が、再び破壊された。
あの程度の結界では、オレの炎は、防げない。
ただし、魔力を調整した炎は、そこで、消滅した。
うまくいったようだ。
美少女&美女に、マジで、火傷を負わせるわけにはいかないからな。
すかさず、残った三人が、魔法を発動していた。
それなりに大きな竜巻が発生し、オレを囲んだ。
同時に発動すれば、干渉しあうようなものだろうに、
うまく、重ね合わせて攻撃力を増しているようだ。
竜巻が、どんどん狭まって、オレに迫ってくる。
オレを、スライスハムにしたいようだ。
「土魔法、障壁」
ドーナツ状の青い効果範囲が、そのまま、土で埋まっていく。
「押し込まれるっ!」
「魔力を込めてっ!」
美女たちが、叫んだ。
ぎんぎんぎんっ!
竜巻は、一瞬膨れ上がり、この土の壁を蹴散らすかに見えた。
…が、たちまち、土壁の中に押し込められてしまった。
「「「「「「「!」」」」」」」」
「どうなってるのっ!」
「かたっぱしから、破られていくわ!」
「まだっ!まだよ!」
「次、いくわよ!」
まだ、頑張るらしい。
ちょっと、面倒くさい。
いちいち、邪悪だの襲われるだのと、言われるし…
「効果範囲、拡張」
青いドーナツ空間が、にゅっと広がった。
瞬く間に、魔導士たちは、その空間に包まれた。
「水魔法、水球」
「魔力調整、フェザータッチ」
効果範囲に、ドドっと、大量の水が渦巻く。
すぐに、流れてしまうから、窒息はしないだろう。
ただ、水というのは、重いのだ。
立ってはいられないだろう。
ドドドドドドドドっ……
まもなく、水が、引いたころには、魔導士十人が、びしょびしょになって、地面に這いつくばっていた。
ざんねんなことに、全員、黒の厚いローブをきている。
恒例の透過イベントは、発生しなかった。