第105話 ふたりともいい度胸をしている
説明が多いです。
会話で、やろうかとも思ったのですが、それはそれで、長くなるので、今回は、直に説明してみました。
「はい、次の方どうぞ…」
ここからは、騎士団長さんや、ケルベロスさんと共に、帝都を巡回した翌日の、お話になる。
『帝都巡回ケルベロス部隊』は、正式に決まった。
あとは、巡回する騎士や兵士を増やすときに合わせて、ケルベロスさんも増員していくことになる。
帝都入りする人々の数によるのだ。やみくもに増員するわけにはいかない。
オレは、きょうも学院に通ってきていた。
シャルが、毎日、学院に行きたがるようになったからだ。クラスメートと打ち解けることができたお陰だと思う。
もともと、学院に来たかったセシリアたちも、とうぜん、毎日通うことに不満はなかった。
学院に行きたいなら行けばいいし、行きたくないなら行かなければいい。オレは、そう思っている。
ひとは、やる気さえあれば、どこでも学ぶことができるのだ。
オレは、休み時間になると、こうして作業にいそしんでいた。そのための部屋も、学院長が貸してくれた。
オレの前には、ダンジョンの魔物さんたちが並んでいた。
ボス部屋の魔物さんたちではない。
さすがに、彼らを学院に連れてくるのは、無理があった。
作業が終わると、
「ありがとうございました」
そう言って、魔物さんたちが、窓のそばにゆく。
まあ、ほんとうに、短い時間だが、いちおう、この部屋からでも、窓外の風景を眺めることはできる。
帝都を見せてあげることはできないが、こうして、ちらりと、学院の雰囲気に触れるだけでも、楽しいらしい。
オレはいま、魔物さんたちが、ニンゲンと会話できるように、会話機能の『封印を解除』している。
一昨日の夜、千匹の魔物さんの土下座に敗れて、『ダンジョンマスター』になった。
あのあと、なにか得体のしれないものを飲まされてから、システムに『マスター』として登録されたのだ。ダンジョンに関する細かいことは、あとで、レクチャーを受けることになっている。
「言語操作用UI起動」
オレが、魔物さんの頭の上あたりに、手をかざすと、ホログラムぽい画面が現れてくる。
あとは、その画面にある『ヒト科言語の封印』のスイッチを「OFF」にすればいいだけだ。
ただ、一匹ずつ、この作業が必要だ。
時間がかかるので、こうして、学院でも部屋を借りて、作業を続けていた。
もちろん、オレがそのたびに、ミルフィーユに転移してもいいのだ。だが、魔物さんたちの学院見物もかねて、ここで、やっている。
「はい、次の方、どうぞ…」
ああ…、また、この子か…
縦ローズちゃんだった。
子犬を、後ろから抱きかかえている。
「も、もう一度だけ…、お、お願いしますわ…」
何やら、必死に頼んでくる。
子犬は、困ったような顔で、だらりとぶら下がっていた。
まあ、気持ちはわかるのだが…
前にも言ったけど、
「ふつうのペットに、この作業をしても、意味がないんだ」
「ここにいる魔物さんは、最初から、そういう機能が埋め込まれていたんだよ」
じゅんじゅんと説得した。これで、三回目だろうか…
「でも……」
縦ローズちゃんは、あきらめきれない顔をしている。
成績もよく、頭脳明晰な子らしい。
それでも、頭脳と感情は、別なのだろう。
しかたがない。
「あのね…、もしかすると、別の方法なら、お話ができるようになるかもしれないよ」
アプローチを変えることにした。
「ほほほ、ほんとうですのっ!」
身を乗り出してきた。
オレの鼻先に突き付けられたせいだろう。
子犬がさらに、こまった顔で、オレの鼻をぺろぺろし始めた。気を使ってるつもりだろうか…
オレは、ベロで濡れた鼻をぬぐいながら言った。
「うん…」
この子の頭を、ナイフで切り裂いてね。
そこに、機械を埋め込むんだよ。
「まあ、多少の危険は、あるけどね…」
そう言いながら、ナイフを取り出した。
言葉はわからなくとも、何か伝わるものがあったのだろう。
子犬は、必死になって、オレへの鼻ぺろを加速した。
「ひっ…!」
縦ローズちゃんは、真っ青になって、あとずさりすると、そのまま、部屋から飛び出していった。
子犬は、ローズちゃんの腕の中で、ほっと顔をしていた。命拾いしたと思ったのだろうか…
………
…ふうっ
「もうすこし、やさしく説得してもよかったのではないか」
縦ロール姉の、リリアーヌ会長だ。
強力な魔物がたくさんお客さんとしてやってくると聞いて、さっそく、ようすを見に来ていた。
責任感の塊のような美少女だ。
『大好きな姉の説得すら効果がないんだ。ああでもいうしかないだろう』
…と、オレは心のなかでつぶやいた。口には出さない。
美少女には、徹底して寛容になるのが、オレのポリシーだ。ここは、寡黙な男を演じ切る場面だ。
ちなみに、この美少女も、度量の広さは、なかなかのものだった。
きょうは、クマの魔物さんが来ているのに、びびっていたのは、最初だけで、あとは、仲良く世間話をしていた。
いうまでもないが、例の『ぬいぐるみシリーズ』と、かぶっているのは『種類』だけだ。けっして、ぬいぐるみのクマが巨大化したようなかわいい存在ではない。グリズリーも、はだしで逃げるような貫禄のクマさんである。姉妹そろって、いい度胸をしている。
それにしても、年齢的に言えば、日本でいう、美少女女子高生だ。なにをどうすれば、クマさんと会話が噛み合うのか、不思議でならなかった。
むしろ、見るからに貴族令嬢然とした、リリアーヌ会長の方が、内面的にクマさんと近いのかもしれない。たいしたものだ。
「…ジュン殿」
会長が、きゅうに、顔を近づけてきた。
『ぼん+きゅっ+ぼん』の、最初の『ぼん部位』が、その柔らかな谷間をのぞかせている。
「なにか、いま、失礼なことを考えていなかったか?」
そういって、じっとオレを目を見据えていた。
なるほど、失礼なことを考えると、いいものが見られるのか…オレは、しっかり学習した。