第10話 さっそく日本人が…
これまでのお話に、番号をふりました。
「に、二度も…ですか?」
ずいぶん身に覚えのある話だったので、『回数』の方に話題をふってごまかそうと思った。
そもそも、二度目の方は明らかに無関係なのだし。
「ああ…。一度目に失敗したもんだから、あわてて二度目の召還を行ったのさ。よほど、勇者召喚に依存してるみたいだろう。何とも、みっともない話さね」
それで…と、ばあちゃんは話を切り出した。
「一回目の、召喚失敗のことなんだがね…」
くっ…、ごまかせなかったようだ。
「召還を行ったのが八番目の皇女で、うちの教会の聖女でもあるんだが…」
まさか、高齢シスターの関係者だったとは。
「こんかいの失敗の責任を問われて、皇位を剥奪されたうえに、王都追放にされちまったのさ」
「ニャンですか!その馬鹿げたお話は…」
ライムが思わず声をあげた。
「そんなことって、あるんですか?」
「ありえないさね」
じゃあ…、なんで…
「権力争い…、ですニャ?」
ばあちゃんは、しずかにうなずいた。
「あの子は優秀な魔道士だったからね。第二皇女とその祖父の宰相に目の敵にされていたんだが、その第二皇女が二度目の召還を成功させちまったもんだから、無茶なことを平気で言い出したのさ…」
それは、何とも胸くその悪い話だ…
でも、だからといって、オレが責任を感じるのもおかしな話だろう。
そんなふうに、自分に言い聞かせていると、さきほど、いきなりオレに魔法を打ち込んできたお姉さんシスターが、客人を連れてきた。
「大司教さま。ケンイチさまが、お見えです」
その客人たちは、シスターのあとからすたすたと大聖堂に入ってきた。
「おいおい…」
男の客人が、オレを見るなり声を上げた。
オレも、ひと目でわかってしまった。
「日本人の方ですか?」
「ああ…、おまえも日本人だろう」
オレは、異世界転移直後に、日本人に巡り遭ってしまったわけだ。
「ケンイチ殿は、先代の勇者さまなのさ」
「ニャるほど、たしかに、なかなかの魔力の持ち主ですニャ」
ばあちゃんシスターが紹介してくれたのは、二十代前半くらいだろうか。
学生時代に柔道でもやっていたような、がっしりとした体格のお兄さんだった。
「先代って言っても、数日前までは現役だったんだがな…」
つい先日、新たな勇者が召還されたので、引退して日本に帰れることになったらしい。
「ほんとうに、日本に帰れるのですか?」
ぶしつけとは思ったが、遠慮せず尋ねてみた。
ラノベとかでは、日本に帰れなくて、みんな困っていたはずだ。
「ああ、それは間違いねえよ。なにしろ、オレは、二度目だからな」
一度目の召還の際には、召還されたのと全く同じ日時に帰還できたらしい。
「そうですニャ。むしろ、同じ日時にしか帰還できないんですニャ。座標がつかめているのは、その時点だけですからニャ」
「まあ、十年前にでも帰還できれば、ある意味、人生をやり直せるんだがな。そううまくは行かねえのさ」
元勇者はそう言って、苦笑した。
彼のそばには、寄り添うように、同じ年頃の美女がいた。
だが、なぜか、さびしそうにしている。
ケンイチさんも同じだった。
彼女に向けるまなざしに、何かあきらめに似た雰囲気が漂っていた。
いかにも、ワケアリなようすなのが気になったが、初対面なのだ。とてもたずねられるものではなかった。
ところで…と、ケンイチさんが困った顔で言った。
「ダメ元で、尋ねるんだが…」
「はい?」
「おまえ、余ってる携帯って、もってねえか?」
「スマホのことですか?」
「ああ。…じつは、日本に帰還したら、すぐに得意先に連絡をいれなきゃならんのだが、スマホを壊しちまってな」
帰還場所には、とても公衆電話などありそうもない。
すぐに連絡がとれないと、得意先に迷惑をかけてしまうことになるらしい。
たしかに、今の日本で公衆電話を見つけるのは至難の技だろう。
「こっちじゃ勇者さまでも、日本に帰れば、しがない商社マンでな」
そう言って、からからと笑っている。
それいうことなら…。オレは、スマホを差し出した。
「これでよければ、使ってください」
「いいのか?」
「…ええ。オレは、もし帰還しても、すぐにはスマホが必要にはならないので大丈夫なんです」
ふっ…、実際には、これまでもほとんど使ったことすらないので、持っていても無駄なだけなのだが。
「そ、そうか。そいつは助かるが、…個人情報とか、消去しなくてもいいのか?」
とうぜんのように尋ねられた。
くっ…、やはり、きいてきたか…。
「オレ。じつは、友達とかいないので、大丈夫なんです」
隠してもしかたがないので、あっさりぼっち宣言をすることにした。
「そ、そうなのか。こ、こりゃあ、ある意味オレも運がよかったかな。ははははっ…」
さすが、商社マンだけあって、うまく話をかわしてくれた。
「もらってばかりってわけにもいかないからな…」
そういって彼は、どこからともなく小さな包を取り出した。
「オレのお下がりで悪いんだが、こいつをお前さんに譲ろう」
……………
クマの頭部を立体的にかたどったピンクのポシェットだった。
……………
この人は、ほんとうに、コレを持ち歩いていたんだろうか。
「いちおう、時間停止機能付きの『収納』でな。金貨やら武器やら衣類やら…いろいろと入ってる。まあ、十年は遊んで暮らせるぜ」
「いいんですか?」
外見も含めて、すごいアイテムだ。
「ああ…、じつは、この手の収納は他にもいくつかもっているのさ。何しろ、二度も勇者をやってたんでな。いろいろとため込んだわけだ」
だから、ひとつくらい、オレに譲っても困らないらしい。
まあ、デザイン的に処分したかったのかもしれないが。
オレは、ありがたく頂戴した。
まあ、クマは嫌いではないし。色は別としても。
こうして、異世界初日にして、オレは日本人に巡り会えたばかりか。とんでもない大金持ちになった。