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「煙……」
そう呟くフィーナの視線の先には、灰色の煙がモクモクと天に昇っている。
大通りを南へ進んだ場所にある東西通りとの交差点にも爆発音は届いていた。道行く人、買い物を楽しんでいる人は皆その音に手や足を止め、煙が上がっている特区の方向に目を奪われている。食材の調達を終え、ネックレスやイヤリングなどの装飾品を見て回るフィーナと、それに付き合わされていたアラーシュもまた同じだ。数秒間の静寂後、不安の声と共に辺りはいつもの賑やかさを取り戻す。その声に煽られるかの様に、だんだんと二人にも不安の種が芽生えていた。
「今の、特区の方だよね」
「そうね」
アラーシュの問い掛けに答えるフィーナは依然、煙が上がっている特区の方向を向いている。
「怖いねえ~。火事なんてもんは全部持ってくから」
先程までフィーナが目を奪われていた、ジュエリーを売っている店の店主のおばさんが不意に話しかけてきた。
「そうですね。音も結構大きかったし、魔法でも使ったんですかね」
リンゴが見え隠れしている中がぎっしり詰まった紙袋を、両手で二つ持っているアラーシュは、リンゴ、アラーシュ、リンゴの順で顔を覗かせてジュエリーのおばさんに返す。
「かもしれないねぇ~。あんたやフィルリーナ様はまだ小さかっただろうから覚えてないと思うけど、七年前に魔法使いの集団と小競り合いがあってね」
その言葉にアラーシュはピクリと反応する。後ろのフィーナもまた同じ様に。
「その時の残党がまだ生きてるって噂だから、こういう事が起きるとやっぱり怖いわねぇ~」
「そうなんですか」
アラーシュは愛想笑いを浮かべながら軽く返事をした。
魔法使いとの小競り合い。怖いという気持ちよりも悲しいという気持ちが勝ったその出来事を僕は鮮明に覚えている。覚えていないはずが無い。それは僕だけじゃなく、フィーナとジランも同じだろう。特にジランは
そこでアラーシュは考えるのをやめる。
「大丈夫かなジラン」
不意に後ろのフィーナが小さく呟いた。
いつものフィーナを見ている身からすれば、珍しいとても率直な言葉。表情を確認することは出来ないが、そのか細い背中はどこか気遣わしげな雰囲気を漂わせている。
「ジランが心配かい?」
アラーシュはいつもの癖でそう尋ねる。
「いっ、いえ別に……」
振り返ったフィーナは少し恥じらいの様子を見せたが、すぐに真剣な表情へと移り変わった。
「でも私、少し特区の様子を見てくるわ」
「そうかい」
アラーシュは優しく微笑む。
「じゃあ僕もついていくよ、と言いたいけどっ」
両手で持った食材をグイっと上にあげ持ち直すとアラーシュは続ける。
「これがあるからさ」
「そうね」
真剣な表情を貫き通すフィーナだったが、この三人分とは思えない量の食料を見て若干の罪悪感が芽生えていた。しかしお腹が空くのは仕方がないことだと自分を肯定する。
「全部置いてからすぐに後を追うよ」
「わかったわ。じゃあ後で」
そう言うとフィーナは大通りを真っ直ぐ走り、特区へと向かった。
「今日はあたしも閉めようかしらねぇ~」
「また来ます」
「あいよ~」
ジュエリーのおばさんは軽く手を挙げる。
紙袋の中身を落とさない程度に早足で足を踏み出したアラーシュだったが、ここで目の前の道を右に行くか真っ直ぐに行くか、いつもの場所に向かうか修剣学院寮に向かうかの二択で迷った。
いつもの場所はここから少し距離があるけど、修剣士学院寮はそこまで遠くはない。この後予定通り三人で夕食が取れるのなら、いつもの場所に置きに行った方が二度手間は掛けずに済むけど、もし特区で何かまずい事が起きていたのなら……。
陽は既に半分建物の陰に隠れ、人も辺りも全てがオレンジ色の世界。二人の心配を取ったアラーシュは、両側の背の高い建物に光を阻まれた薄暗い路地へ、そのまま真っ直ぐ足を進めた。




