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リベリアーク  作者: イノリ・ガハラ
憎しみを取り戻した日
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3

シェルフィールドはウェルザリアで三本の指に入る規模の大きな貿易都市だ。都市の中心部には城壁に囲まれた特区があり、ここを中心に北区、南区、東区、西区と分かれている。


その中でもマギアの町と直に隣接し修剣学院がある北区は、他三区に比べ最も商業活動が盛んでマギアのみならず東隣の国、ラズロード王国からの品物も多く流通しており、特にラズロード王国との貿易量はほぼこのシェルフィールドの町が占めている。


またこの北区には魔法の使用を制限しているウェルザリアにとっては非常にありがたい魔法に取って代わる武力、火薬の製造も行われているが、物理的にも精神的にも実用段階には遠く、現段階では魔力を消費せずに爆発が起こせるということだけが利点の道具としか認識されていない。


特区からは馬車が通るための大きな石畳の道が東西南北に伸びており、黒、白、茶色、黄土色、橙色、など様々な色の石が敷き詰められて整備され、その道の周りには三角形の赤や茶色の屋根をした白の石造りの建物や、赤の煉瓦造りの建物がたくさん並び、この都市の豊かさの象徴の一つとも言えるだろう。


そしてこの都市は小さな運河が都市中に巡り、それらは全てシェルフィールドの北西から北東へと伸びる一本の大きな運河に繋がっている。この運河と広く整備された道が商業活動の中心となって、朝早くから大勢の人で賑わっているのだ。


その上この運河は国境の役割も果たしており、運河に掛かる橋を渡ればマギア帝国領リーズだ。しかし、この地域のマギアの人々の大多数は剣への嫌悪感やウェルザリア人への差別軽蔑思想は薄く、マギア人ウェルザリア人関係なく商業活動を行なっている。


このような状態を生み出せたのは国境を挟んだ向かい側、マギア帝国領リーズの領主の寛容な政策のおかげである。このリーズではマギア領内で数少ない剣の所持、使用が認められており、そして領主自らも剣を持つらしく普通のマギア人のイメージとはかけ離れている。


これらの政策によってリーズ、シェルフィールドの人々は安心して交流をしているのだが、このような都市にも未だ互いの国への不信感を持っている者が多数存在し、双方の商人の往来を規制しろという声がしばしば上がる。しかしそんな声は、金を稼ぐ商人への妬みからくるものもあり、双方の商人も相手にはしていない。商人らからすれば金が儲かるか儲からないかの方が重要だろう。この点から言えばこの都市は、成るべくして成った都市とも言える。


そんな都市のある通りをジランたちは歩いていた。


「あらフィーナ様。今日もお綺麗ですこと」

「ありがとう。あなたもよ」

フィーナは喋りかけてきた通行人に軽く挨拶をする。今日通りすがった人に話しかけられたのはこれで十二回目。


「いつもながらフィーナは人気だね」

「貴族様も大変だな」

「そうね。平民のお二人にはわからないわよね」

皮肉を皮肉で返される。


フィーナの手にある既にいっぱいになった紙袋。これは食材を買いに行くという三人の目的の下、代金を払って買ったものではない。全て通り過ぎた人に貰った物なのだ。フィルリーナ・フィーネフェルトという人物はこの都市シェルフィールドを含む東側の都市や町の人々には当たり前のように知られている。その理由はやはり東側の軍の総司令官の娘という要因が大きいだろうが、別に有名な貴族は俺も含めて他にも多数存在しているし、フィーナが特別何かをやっているなんてことも聞いたことがないため、いつ考えてもこの状況は謎が深い。


「大通りもかなり賑わってるね」

アラーシュが周りを見ながら言う。

道の両側には野菜、肉、魚などの食材だけではなく、女性用の香水、アクセサリーなども売っている様々な店があり、大勢の人がおしゃべりをしながら買い物を楽しむ姿が目に映る。


「人混みはあまり好きじゃないな」

「同じく」

ジランとフィーナが調子を合わせて嘆いた。


「わー、フィーナ様だ!これあげる!」

前方から走ってきた桃色の服に身を包んだ小さい幼女が、フィーナの前で立ち止まりニッコリ笑顔で手を差し出す。フィーナが受け取ったそれはラベンダーを模した可愛らしい髪飾りだった。


「ごめんなさいフィーナ様。うちの子が」

手に籠を提げ後から歩いてきたその子の母親であろう人が軽く頭を下げる。

「いいえ。構わないわ」

そう言うとフィーナが膝を折り、子供がと同じ目線で語りかける。


「素敵なプレゼントをありがとう。お礼にこれを持っていきなさい」

小さく笑みを浮かべるフィーナは袋からネックレスを取り出し幼女の手のひらに乗せる。


「やった!ありがとうフィーナ様!ままこれつけてー」

お礼を受け取った幼女は母親の元へ戻り手を繋ぐと、母親はこちらへ会釈をして通りを歩いて行った。


フィーナは再び歩き出したジランとアラーシュの横で、今貰った髪飾りを頭に着けるとこちらを見て尋ねた。


「どう?似合っているかしら」

「うん。とても似合ってるよ」

「それなりにな」

「あら、これに苦言を呈すということはあの子の好意を無下にしているのと同じことよ?」

「そうか。ならあの子供に免じて、あの子には優らないがまあかわいいとしておこうか」



それにしても今日は人が多い。いくら大都市だからといっても、ここまで多くなることは何かの催し物がある時以外はない。今日は何かあったかと頭をひねり思い出そうとするが何にも出てこず、諦めたジランは素直にアラーシュに尋ねた。


「それにしても今日はいつもより人が多いな。祭りでもあるのか?」

「あれ、ジラン知らないの?」

「今ごろ、あなたのお父様は忙しいはずよ」

フィーナはいつも通りの澄ました顔でアラーシュに続けた。


自分の父親、その言葉をヒントにジランは再び頭をひねる。


——俺の親?

「……ああそういうことか。西側にマギアの親善大使が来ているんだったな」

ジランは見事に思い出す。


「そう、西の港湾都市リバプールにね」

アラーシュがジランの回答に得意げに付け足した。


人が多くなるのが分かっていたのなら、わざわざこんな日に買い物に行く必要はあるのかという疑問はさて置き、ジランはため息交じりで文句を言う。


「別にこっちも盛り上がらなくていいのにな。どうせ一か月後にはイデア祭が始まるんだし」

「まあみんな期待してるんだよ。マギアとウェルザリアの関係が少しでも良くなるかもってね」


マギアから親善大使が来るのは初めてではない。ウェルザリア帝国がウェルザリアとマギアに分かれた後、すぐマギアが食料不足に陥った。その際ウェルザリアがラズロード王国と共同で食料とその他物資を援助したことをきっかけに国交だけは回復し、以後何度かは来ていたがここまで大々的になるのは初めてだ。


——でもまあいつものように何も変わらないんだろうな


マギアとウェルザリアは六十年間、この不安定な状態で平穏を保ち続けた。武力以外の国力が劣るマギアはウェルザリアの戦争を仕掛けることができずウェルザリア及び周辺国の供給を受け、武力以外の国力が優るウェルザリアは豊富な資源を餌にした対話で戦争を回避してきた。この不安定な、偽りともいうべき噓の平和。しかし六十年も保てたのならそれは本当の平和となるのかもしれない。現に今のウェルザリア人のほとんどはこの状態を本当の平和だと思っているだろう。しかしジランはそうは思えなかった。この状態は本当の平和ではなく、ただの先延ばし、噓の平和だと。


「で、ジランは今日なんで特区に呼び出されたんだい?」

「あー、昨日手紙が届いてさ……家から」

その言葉にフィーナは視線を一瞬右隣のジランに向ける。


「そうなんだ。めんどくさい内容だったのかい?」

「ふっ、家からの手紙が面倒でない事なんてないさ」

「そういえばそうだったね」

「まあいつも通りだよ。貴族の集まりがあるから出ろとか、誰かに挨拶に行くからついて来いとかそういうさ」

ジランは具体的な事は言わずに言葉を濁す。


「貴族の集まりって聞いたらなんか怖そうだね」

「それは貴族も同じ気持ちだよ」

「ジランも?」

「ああ、だからお互い気を張ってそういう雰囲気になる。こちらにおりますお嬢様の様に」

そう言いながらジランは手のひらを上にフィーナへと差し出す。


「……私は素よ」

「そうか。でも子供の頃はもっと表情豊かだっただろ。なあアラーシュくん」

「そうだね。あの頃は僕もフィーナもジランもみんなうるさいくらいだったね」

アラーシュは軽く笑みを浮かべた。


「子供の頃なんて皆そんなものでしょう」

「そういえばジランがこっちに帰って来てからもう一年経ったよね」

アラーシュは何気なくジランに投げかける。

「そうだったか?」

そうだったか?なんてとぼけてはいるが、シェルフィールドに帰って来てから一年、正確には今日で三百八十二日目だということをジランは完全に覚えている。


元々はシェルフィールド出身のジランであったが、九年前、当時八歳の時に起こったある出来事と親の異動をきっかけに去年、十五歳までの七年間この都市を離れていた。


当時、剣の修練に明け暮れていたジランはフィーナやアラーシュと共に、父親の部下だった人に剣の稽古をつけてもらい、その家で二人と一緒に寝泊まりをする生活を送っていた。その時にジランに初めてできた気の合う友達、それがフィーナとアラーシュであり今もそれは変わらない。そのためジランにとってその時の生活は何よりも楽しく、だからこそ二人と離れ離れになるということはジランにとって身を引き裂かれる思いだった。しかし親に反抗する事が出来なかったジランはそれを受け入れるしかなく、二人とは別れることになってしまった。


だが今はこうして二人と一緒にいられる。もう会えないと思っていた二人と一緒に過ごせる。しかし性格上それを伝えることは出来ない。だから言うなれば今のはただの照れ隠しだ。


「うん。あの時はびっくりしたよ」

「そうか?」

「だっていきなり学院に来たんだからさ。手紙ぐらい送ってくれればよかったのに」

アラーシュは少し呆れた様に笑う。


実際戻ってきたのは突然。なぜならジランは嬉しさのあまり、シェルフィールドの修剣学院に入ることが決まったその日に使いの者に無理を言って準備を手伝わせたからだ。しかしジランにも言い訳はあった。


「仕方ないだろ、お前がまだこの町にいるなんて知らなかったんだからさ」

「まあそれもそうだね」

アラーシュはシェルフィールドの生まれではない。アラーシュの故郷はルートンという町のはずれにある小さな村だ。幼少期のアラーシュはたまたま親の仕事の都合で一時期シェルフィールドに住んでいただけだったため、この町に帰ってきた時にはてっきり故郷の村に帰っていたと思っていた。だからジランがこの町に帰ってきて学院に来た時、アラーシュが驚いたと同時にジランもまた驚いていたのである。


「でも私がいることは知っていたでしょ。貴族さん?」

すると隣のフィーナはなぜかやや不機嫌そうに尋ねてきた。


「別にお前はいいだろ。貴族の集まりとかで偶に会ってたし」

「だからよ。あなたが事前に言っておけば、こっちもいろいろと準備ができたでしょう」

「準備って何する気だったんだよ」

「そうね。ジランおかえりなさいの会でも開いてたかしら」

「へぇ、嬉しいもんだな」

「シェフはもちろんあなたでね」

「へぇ~……え?」

上げて落とすを盛大にかまされたジランを余所眼に、アラーシュはとある通りへの入り口で立ち止まる。


「じゃあジラン。僕たちはこっちだから、お勤め頑張るように!」

アラーシュは指を揃えた左手を頭に当て、敬礼のポーズを取った。


「ああ、手早く済ませて来るよ」

笑顔を作って見せた横でフィーナはじっとこちらを見てくる。


「そんな顔しなくてもちゃんと夕食は作るぞ」

「そういう事じゃないわよ」

「——そうか、じゃあまた後で」

軽く手を振った後ジランは特区へ歩みを進めた。



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