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リベリアーク  作者: イノリ・ガハラ
三人の関係
22/24

20

子供とはイレギュラーの塊である。奇声、奇行、奇観。五月蠅く、煩わしく。そして時折思わぬ見方で物事を見るものだ。


何事においても経験者は一定のセオリーに従って行動する。剣術で例えるなら、間合いを詰められている状況では予備動作の大きい動きはせず、料理で例えるのなら、フライパンは油慣らしをしてから使うだろう。


一定以上の経験をしている者。知識のある者ならこんなことは当たり前で知っている。固定概念で縛られている。だからこそ経験者を相手にする際は、ある程度行動や思考の予測というものが出来る。


しかし経験のない者にはそれがない。もしくは知っていても当然のことだと思っていない。当たり前じゃない。固定概念で縛られていない。だからこそ経験者を相手にするのと違いまったくもって行動や思考が読めず、時に経験者を相手にする場合よりも苦労する。


そして固定概念がないということはものの見方にも直結する。固定概念で縛られた経験者と違い縛られていない子供というものは、当たり前がない故に周知の事実であることでさえ疑問を持ち、加えて興味を持つ。


それは誰も考えのつかないような普通からは逸脱したものの見方が出来るということであり、逆に言えば今その目が一体何を見ているかは経験者にはわからないということである。


もちろん経験者の大多数は大人であり、それと比べて子供の目線は低く物理的に見えるもの見えないものが違うということも、経験者には出来ない特異稀なものの見方が出来る理由の一つとも言えるが、しかしそれ以上に経験がないことこそが一番の理由なのは、考えるまでもなく当たり前のことだろう。


色に染まらず真っ白な状態の目から放たれる視線は時に助けになり、時に恐ろしくもなる。そんな何事も頭で考えて処理するジランとは正反対で、かつ天敵とも言える存在が今、目と鼻の先にいた。


背の低いテーブルを挟んでジランの正面のソファに座っている、まだ修練用の木剣も握ったことのないほどの幼い子供がサミー。その隣に座っている、親としてはまだ若い男性がこの子供の父親のサミュエルというらしい。


腰に差していた剣を外し自分が座る傍らに立て掛けると、ジランは子供に優しく質問を投げかけた。


「サミーくん。君が昨日どんなことを見たか教えてくれないかな?」

「イヤ!」

「こらサミー!」

ジランの質問に迷いのない拒否を即示した子供は、そのやり取りを見て若干冷や汗をかいていた父親に即遮られる。


「君の見たことはとても重要で……」

「イヤ!」

子供はジランが言い終わる前に断固としての拒否を提示してくる。


「お願いできないかな」

「イヤ!」

「どうして教えてくれないのかな?」

「それもおしえない!」

「サっサミー!」

ジランと子供。お願いとお断り。どちらも譲らない、いや優しく話し掛けていた顔が徐々に引きつってきていることを要因とすれば、若干お願い側が押されているその攻防は、父親によって一時休戦となった。


——くッ、まさか尋問の相手が子供とは。こいつは何を見た?何を知っている?俺を見て何のアクションも起こさなかった以上、顔までは見ていないようだが、しかし……


「サミー。ちゃんと兵士様に見たことを言って」

「イヤ!」

「どうして?」

「おもしろくない!」

そんな埒の明かないやり取りが繰り返し目の前で続いている。


——そもそもこいつから何か聞き出せたとして、それからどうする?賄賂が通用する相手じゃない。脅しは逆効果。なら残る選択肢は……


引きつった表情を平静を保った表情に戻したジランは、「言いなさい」「イヤ!」の押し問答を続ける親子二人の内、親に対象を変更しそのやり取りに強引に割って入る。


「サミュエルさんは」

「えっ、あっはい……」

子供に気を取られていた父親はその声にこちらを振り向いた。


「サミュエルさんは何かサミーくんから聞いていますか?」

「いえ、私にも教えてくれなくて……」

男は手で頭を掻きながら困り顔でそう答えた。


「そうですか」

落胆の色を隠しながら、再び聞き取り対象を子供に変更する。


「サミーくん。何か欲しいものはあるかな?」

「べつに」

そっぽを向きしかめっ面で可愛げのない表情を浮かべながら、無愛想に応答する子供に対しジランは続けた。


「大通りにあるドエラって店を知っているかい?」

「しらない」

「そこのクッキーが貴族も絶賛の美味なんだけど……」

「いらない。そんなにクッキーすきじゃない」

得意げに話すジランが言い終わる前に、子供は会話に終止符を打つ。


——くッ、このガキ……

イラつきで顔が歪みそうになるも辛うじて平静を保ったジランは、そのやり取りを見て気が気でない様子の父親を余所に三度子供に尋ねた。


「なら何をしたら教えてくれるかな?」

「……」

「私の可能な範囲でだけど、君の要望に応えるよ」

「……」

「そうだな、剣とかは好きじゃないかい?」

横に立て掛けていた剣を左手で撫でる。


「ん……」

子供の視線が一瞬剣へと向いた。それを見逃さなかったジランは立て続けに語り掛ける。


「ほら、もっと近くで見てもいい」

剣を持ち上げジランと親子二人の間にある机の上に置く。


「修練用の木剣ではない本物の真剣だよ」

そう言いながら柄と鞘を握り強く力を入れ、少し鞘から抜いて剣身晒すと子供に向かって小さく微笑んだ。


すると今の今までそっぽを向いていた子供は、こちらにゆっくりと向き直り肩から下げていた小さいバッグを開けて手を突っ込むと、そのままもぞもぞと中を漁りだした。何を出すのかと思ったのも束の間、数秒もしない内に子供は中からそれを取り出す。


「これ……」

子供が握っているもの、それは一本の木製のおもちゃの短剣だった。年頃の子供が剣や魔法に興味を持つのは至極当然のことであり、おもちゃの木剣を持っていても何の不思議はない。そしてこの子供がこの国の象徴でもある剣に興味を持っている。そこに活路を見出したジランは剣身の根元部分を晒していた剣を鞘にしまいつつ質問を投げかけた。


「剣、好きなのかい?」

「うん」

子供はこくりと頷く。


「なら新しい剣を買ってあげようか?」

「兵士様……」

「お気になさらず」

申し訳なさそうに口を開いた父親を制止する。


「違う」

そんな自分の父親を余所に子供は口を開いた。


「ん?」

「遊んで」

「え?」

「これで一緒に遊んで!」

子供は強く握りしめた短剣を前に突き出し言い放つ。


「これでかい?」

驚きと共にジランは子供が持つ短剣に指を差す。


「うん」

そう首を縦に振った子供の表情はとても期待に満ち溢れていた。


「サっサミー!」

「大丈夫ですよ」

華やかで高貴な貴族の身分である上、尚且つその子供の父親の前で相手をするのは、些か気恥ずかしさを感じるためやや迷いはあったが、自分が見られたかもしれない昨日の雷の魔導士の件についての情報を天秤に掛けた時、もはや羞恥心など釣り合うに足らずと決心したジランは、慌てる父親を再び制止しつつ子供の申し出を承諾する。


「やった!はい!」

先程までとは打って変わって純真無垢な眩しい表情の子供は握りしめていたおもちゃの木剣を渡してくる。


「君は……ああもう一本あるのか」

そんな子供に君は剣を使わないのかという疑問を投げかけようとしたが、子供が膝の上に置いていたバッグからもう一本の木剣を取り出したところを見て納得する。

その後子供は勢い良くソファから立ち上がり、その横の空きスペースに移動した。


「サミュエルさんはお好きにくつろいでいてください」

「は、はあ。本当にすいません」

「いえ」

一等貴族という身分は知らないまでも、国の人間である兵士に対して自らの要求をたじろぐことなく伝える図太い精神の子供に比べ、父親は似つかないほどに弱腰だが、それも子供のためなのだろうか。


謝ってばかりのこの父親に対してふと疑問が頭をよぎったが、それを吹き飛ばすかのように左からの声が聞こえてくる。


「じゃあ僕は勇者をやるから、兵士さんは魔王ね」

「了解したよ」

返事を返し、子供の対面へと立つ。


絶対善と絶対悪。その象徴としてはとても分かりやすい記号。こういうところは子供らしい。


右手に持った木剣の剣先をジランに掲げ構えた子供は高らかに言う。

「ぼくはゆうしゃ!なぜひとびとにわるいことをする」


そのセリフに応じ、ジランも口を開く。

「なぜなら私は、この世の全ての魔法を手に入れた魔王。もはや我が歩みを乱せる者など存在しない」

「くそまおう、ぶっころしてやる!」

「サミィー⁉」

驚きの声を上げた父親だったが、残念ながらその声は子供には届かず、そのまま木剣を振り下ろした。


スコンッ‼

二つの木剣が交じり、室内に乾いた音が響く。


「やるなまおう!」

「君こそいい上段斬りだ」

シェルフィールド特区内、ホーランデルス卿所有の屋敷。その一室で、それから十数分小さな勇者と魔王の戦いが続いたのであった。



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