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リベリアーク  作者: イノリ・ガハラ
三人の関係
21/24

19

——確かにあの場所には俺たち以外誰もいなかった。しかしフィーナも言っていたように、人に目がなかったとは言い切れないのも事実。それに、仮に目撃者がいなかったとしても、雷の魔導士の死体はあの場所にそのままだ


石畳の道を歩きながら破壊された建物の修理や、瓦礫の及び死体の撤去に追われている兵士と町の住人の姿を横目に、目的地へと足を進める。


——今頃軍が見つけて誰が雷の魔導士を殺したのか、躍起になって探しているだろう。この国は魔法に関することだけは仕事が早い。容疑が確定すれば身分を問わず尋問に回され、その者の権利と資産は没収、そのまま絞首台に登ることになる。それだけは避けなければならない。そのためにもまずは目撃者の有無の確認。そして目撃者がいた場合の対処を考えなければ……


フィーナとアラーシュと共に寮に置いてある荷物を取りに行ったジランは、昼の便に乗る二人と途中で別れた後、特区内にあるホーランデルス卿所有の別の屋敷に来ていた。


途中で横を通ってきた、昨日の夕方に爆発が発生し全焼した屋敷の炎は完全に鎮火されていたが、焼け落ちた屋根や屋敷そのものを支えていた支柱、その他屋敷を構成していた全てのものが焼け焦げ、黒炭と化した無残な残骸は残されたままだった。


しかし火災がこの屋敷のみで抑えられたのは不幸中の幸いだろう。ただでさえ都市は建物と建物の間隔が狭いのに、特区の中ともなると建物どうしがくっついていると言っても過言ではない。


屋敷周辺は大きな道や庭があり、建物どうしの距離は比較的広いものの、もし周りの建物に火が燃え移ればその勢いを止めることは出来なかっただろう。そうなってしまえば最悪の場合特区内にある建物全てを壊すことになっていた。


宣戦布告されたこの状態でこの都市の内政機関がマヒしてしまえば、もはや戦う戦わない以前の問題だ。実質ホーランデルス卿が私有化していた屋敷とはいえ、いつも仕事をしないやつらが今回は働いたといってもいい。


そんな屋敷と比較して、今訪ねているこの屋敷も来賓用という点では同じ類に分類されるが、同じようなものかと問われればそう答えることはないだろう。


まず大きさが違う。ホーランデルス卿所有の屋敷は燃えた屋敷の二つ分の大きさを優に超えている。この都市で屈指の大きさを誇る修剣学院の本棟にも引けず劣らずの大きさで、この都市内での個人所有の施設では恐らく一番の大きさを誇るだろう。もちろん大きさが違えば構造も違う。例えば燃えた屋敷は個室が多めに配置され、単一の部屋で大きいものといってもせいぜい会議室程度のものしかない。


対してホーランデルス卿所有の屋敷は個室、会議室はもちろんのこと、噴水が設置された庭園の奥にある正面入り口から二つ扉をくぐった先には、高々と吊り下げられたシャンデリアが光り輝き、側面には太陽の光をより多く取り込むための巨大なガラス窓が設置された大広間を有しているのだ。この大広間の用途は主に貴族たちの宴会であり、食事会や祝賀会、仮面舞踏会など多岐にわたる。


同じ来賓用の屋敷といえど全くの異なる仕様の屋敷だが、そもそも作られた意図が両方異なっており、燃えた屋敷の方は業務的な意図を、ホーランデルス卿所有の屋敷は道楽的な意図を持って作られた。


まあ国が作るのと貴族個人が作るのとでは用途が変わるのは当たり前だが、機能を詰め込み巨大な屋敷を作った行為の裏には、自分の財力を他の貴族たちに示すという意図もあったのは言うまでもない。しかし機能を詰め込むというのがこの屋敷のコンセプトだったというのなら、自分の財力を外に示すということもまた機能の一つだったのかもしれない。


衛兵に連れられたジランは、その屋敷の二階の一室に続く扉の前で立ち止まった。衛兵は右手の甲を向け、中指の第二関節で三回軽くノックをする。


「入れ」

中からのホーランデルス卿の声を確認した衛兵は、ドアノブに手を掛け部屋に入りそれにジランも続く。


この部屋はホーランデルス卿の仕事部屋らしい。入って右の壁際に置かれてある棚には書物がたくさん並べられており、その他にも高価そうな皿や壺、勇ましい騎士の描かれた絵画などが綺麗に並べられ飾られている。部屋の奥には艶やかに磨かれた木製の机と椅子があり、ホーランデルス卿はその椅子に腰かけ引き出しから何かを取り出そうとしていた。


「こんにちは」

「ジラン!なぜまだこの町にいる?」

ジランの声にホーランデルス卿はすぐさま顔を上げて反応した。その顔は昼にこの町を出る馬車があることを知らなかったのかとでも言いたげだ。


「軍務があるからですよ」

そう言いながらジランはホーランデルス卿の前まで近づく。


「——入隊の件は保留にした。こんなことになるとは君のお父上も思っていなかっただろうし」

「いえ、これは私の意思です」

「君の?ずっと嫌がっていただろう」

「気が変わったんですよ。人は気分の生き物ですので」

「そうは言っても、今の状況じゃあ君のお父上と連絡を取ることも出来ない。君の身にもしものことがあれば」

「父には私が説明しておきます。それともルクスギルフ家の意向に従えませんか?」


貴族社会には多種多様な派閥が複雑に存在しており、端的に言えばホーランデルス卿はルクスギルフ家の派閥の人間だ。それに今現在ホーランデルス卿がウェルザリア有数の大都市シェルフィールドの領主の任に就けているのは、ジランの父が受け取った報酬のおこぼれのようなものであり、ジランの父には頭が上がらないというのが現状。


その言葉にホーランデルス卿は眉をひそめ首を引くと、渋々机の引き出しを開けて一枚の書類を取り出した。それは屋敷で爆発があった日に、ホーランデルス卿の代理の使用人の前でサインをしようとしたものと同様の内容が記載された紙だった。


「ここにサインを」

ホーランデルス卿は机の上に置いた紙を、右手の指の腹でくるりとジランの方へ回転させると、その横に羽ペンを添えながら言う。


「ありがとうございます」

ジランは羽ペンを持つと自分のフルネームを署名欄にスラスラと書きながら尋ねた。


「配属先は前線ですか?」

「冗談はよしてくれ。君のお父上の要望で司令部に席を空けてある」

「そうですか」


コンコンコン

紙に署名を書き終え、羽ペンを机に置いたと同時にノックの音が耳に入る。


「入れ」

「失礼します」

ホーランデルス卿の返事の後、最初の衛兵とは違う若い衛兵が扉を開け部屋に入ってくる。


「ホーランデルス卿。先程、雷の魔導士の最期を見たと思われる者を発見したのですが……」


——!

その言葉にジランの内心は突如として険しくなる。


「そうか。それじゃあ空いている部屋に連れて聞き取りを……」

「私がやりますよ」

無理矢理穏やかな表情を作ると、二人のやり取りに半ば強引に割り込む。


「雑務だ。司令部の人間がやる事では」

「しかし、皆町の修繕などに駆り出されているでしょう。それに私は新入りです。雑務くらいさせてくださいよ」

「うむ……」

言葉を詰まらせるホーランデルス卿を余所に、ジランは後ろにいる衛兵へと詰め寄った。


「初めまして先輩」

「初めまし……」

「本日より司令部に配属されました、ジラン・ルクスギルフと申します」

衛兵の返事が言い終わる前に食い気味に続ける。


「ルクスギルフ……あのルクスギルフ家ですか?」

ジランの家名を聞いた衛兵は少し目線を左上に向けると、そのままジランに質問を投げかけた。


「はい」

「そうでしたか。一等貴族様に先輩と呼ばれるとは、光栄の極みです」

「身分だけですよ」

衛兵の世辞を軽く流すとそのまま続けた。


「それで、目撃者のもとへ案内してほしいのですが」

「ホーランデルス卿……」

衛兵はやや困った様子で、自分の上司であるホーランデルス卿へと許可の確認を求める。

目を閉じ二人には聞こえないほど小さくため息をついたホーランデルス卿は、若干の間の後渋々返答した。

「……案内しなさい」




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