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リベリアーク  作者: イノリ・ガハラ
三人の関係
19/24

17

マギア帝国帝都マンチェスターの西隣に位置する都市、マギア帝国領ウォリントン。十メル、十五メルの二重に設置された壁に囲まれた強固な城塞都市。その中央に建てられた城内にある鏡の間へと続く廊下を、この城の主であるカシュバル卿は思考を巡らせながら歩いていた。


——先陣を切らせたボルジャー卿が死んだ。この事実をどう見るべきか

赤を基調とし黒に近い茶色のラインが入ったマギア帝国提供の軍服に身を包んだカシュバル卿は顎を指で軽くなぞる。


別にボルジャー卿が死んだことに対して悲しみや喪失感を抱いているわけではない。現在は戦争をスムーズに進めるため他の領主と協力関係を結んでいるマギア帝国貴族たちだが、本来は領土拡大や資源を奪い合うライバルたち。


皇帝の命という大義名分の下、私が協力関係を各領主たちに求めなければ、今頃ウェルザリアへ我先にと雪崩のようにマギアの魔導士たちは侵攻し、制圧したウェルザリアの地の権利を主張しあいウェルザリア軍を他所にマギア帝国の魔導士どうしでの殺し合いが始まっていただろう。その点を考えればむしろ、競うべきライバルが減るのは好都合だ。しかし……


——単騎での戦いだったにせよ相手は鉄の鈍で戦うウェルザリア軍。マギア屈指の雷魔法の使い手と称されるボルジャー卿が劣る要素など見当たる余地がない。いくらアシュガルと交戦していたとしても、アシュガルがウェルザリアに与する可能性があるという情報は、ウェルザリアに侵攻する全魔導士らに通達済みであり、そのためのあのペンダントでもある。


なら残る可能性はやはりリーズ卿のペンダント……いや、先兵があれを回収出来なかったとはいえ、そもそもあのペンダントを起動させる詠唱語句を知っていなければただのペンダント、飾りと変わらない。いずれにせよ、この事実は我ら魔導士の内だけに留めなくては


左右に設置された窓の内、左側から差し込む光に眩しげな仕草を見せたカシュバル卿は、廊下の突き当りにある、幾つもの線を組み合わせて模った模様と中央に半透明の宝珠を持つ赤銅色の荘厳な大扉を開ける。


鏡の間と呼ばれているこの部屋は、人が百人は入ることの出来るほどの広い空間の割には何か物が置いているわけでもなく、部屋の中央に窪みとそこから側面にかけて線の入った腰に高さほどの台と、その前方の壁に人が二人は入りきるほどの巨大なガラス板が設置されているだけだ。その上窓も無く廊下の明るさとは対象に部屋の中は夜のように暗い。


カシュバル卿は台の前に立つと、首から下げていたペンダントを外して窪みにはめ、詠唱語句を唱える。


「reject」

ペンダントは光を放つ。それと同時に溢れ出た緑の光が窪みから続く線に沿って広がっていく。それは一瞬にして部屋中を駆け巡り、大扉の方へ伝っていった光は、そこに模られている模様に色を付けるようにして巡り、最後に中央の宝珠を緑に染め、ガチャンと音を立てた。


左右の壁を伝っていった光は十メルほどの高さに位置する場所で消え、そこにある六個の丸い窪みから光を放ち、左右から部屋を照らす灯りとなる。


そして暗く黙り込むままだったガラス板には光が灯り、そこに上三人、下二人の計五名の人の顔が映し出された。


「偉大なる我らがマギア魔導士諸君。我が声に賛同の意を示してくれたこと感謝する。手短に済まそう。先日、先陣を切った……」

「ボルジャー卿が死んだのでしょう?知っていますよ」

ねっとりとした口調でカシュバル卿を大きく遮った声の持ち主は上段左端に表示されている男、ブラッドフォード卿だ。頭の形が見てわかるほどの黒髪の短さに、ぱっちりとした黒い瞳を持つ彼はリーズの西隣に位置する都市ブラッドフォードの領主である。


「それは真か?」

ブラッドフォード卿の言葉に言葉を返したのは下段右端に表示されている、この中で唯一の女性魔導士、ハダースフィールド卿だ。ややカールした臙脂色の髪は肩にかかる程度の長さで、髪と同じ色の瞳にやや吊り上がった目尻を持つ彼女はブラッドフォードの南に位置する都市、ハダースフィールドの領主だ。


「ふん」

ブラッドフォード卿は自信を宿した目線をカシュバル卿に送る。


「事実だ。ボルジャー卿は死んだ」

「⁉」

ブラッドフォード卿を除いた四人の魔導士は一斉に驚きの表情を見せる。


「情報というのは、人より早く集めるからこそ意味がある。カシュバル卿。既に準備は整っております。出撃の許可を」

「待ってください!」

「ん?」

優越に満ちた笑みを浮かべながら言ったブラッドフォード卿を遮ったのは、上段中央に表示されているリーズ領主メルシュヴァリエ・リーズだった。続けてメルシュヴァリエは言う。


「次の戦い。私に行かせていただけませんか?」

その言葉を聞いた途端、ブラッドフォード卿の顔色が少し歪んだ。


「おいおいおい。何故か子供の声がするなと思えば、リーズ卿のご子息じゃあないか」

嘲笑の笑みを浮かべたブラッドフォード卿はメルシュヴァリエを軽く挑発する。


「子供ではありません!」

「なら大人だと?」

売り言葉に買い言葉で否定をしたメルシュヴァリエはその問いに言葉を詰まらせる。


確かに彼は死んだ父に代わって、リーズの領主としての務めを果たすことを決意した。しかし領主なったとはいえ、つい昨日まではただの貴族の子供。貴族の集まりや催し事で公の場に出て人前に晒されることはあれど、目の前にはいつも父の背中があった。


そんな未熟者の自分が領主の地位についた途端に、大人と呼べる存在になるのか。そもそも大人とはいつからなるものなのだろうか。そんな答えのでない問いが頭を巡る中、メルシュヴァリエは口を開く。


「少なくとも今はリーズの領主です」

それは大人という抽象的な概念を肯定できなかったメルシュヴァリエの、領主という記号に頼った精一杯の答えだった。


「ほう、なら知っておくといい。人の上に立つ者は皆、自分のわがままを正義に包んで発言するものだ。つまり君の言ったことは、父の敵討ちを大義名分に東側交易の要となるシェルフィールドを我が物にしたいということになるが?」

「なッ、そんなつもりは……」

「言葉とは、受け手がどう受け取るかによって意味が決まるものだ。周りを見てみるといい。君の申し出に賛同する者がこの場にいると思うか?」

その声でブラッドフォード卿の顔しか視界に入っていなかったことに初めて気が付いたメルシュヴァリエは、ガラス板に表示された他の領主たちの顔を見る。


その目はまるで物乞いを見るかの如く、鋭く冷ややかな眼差しだった。それを見て初めてメルシュヴァリエは、ブラッドフォード卿の言った意味、そして自分の発言がどれだけ場違いでおこがましいものだったかを認識する。


「ブラッドフォード卿、もういいだろう」

二人のやり取りを見かねた様子のカシュバル卿は、なだめる口調でブラッドフォード卿を制止する。


「ふむ」

ブラッドフォード卿の口は閉じられたものの、表情はしてやったりと言わんばかりのものを浮かべている。その後カシュバル卿はメルシュヴァリエに向けて、穏やかな口調で語りかけた。


「メルシュヴァリエ改め新リーズ卿。領主就任に祝いの意を送ると共に、お父上の件心中察するよ。先の貴公の言葉、それに偽りはないのだろう。しかしウェルザリア進行の順番は、各家が今日(こんにち)まで築き上げてきた功績を反映した結果だ。ブラッドフォード卿の発言もそうだが、リーズ卿の発言もまた各家に無礼となることを覚えておきなさい」

毅然とした態度で放たれたその言葉は何の淀みも無く、メルシュヴァリエはその姿にどこか父を思い出した。


「……申し訳ございません」

メルシュヴァリエは頭を下げる。


「そうですよ。まあ私もリーズ卿の訃報には心を痛めましたけどねえ。異端の魔導士だけに……ンナッハッハッハ!」

ブラッドフォード卿の笑い声のみが各領主の鏡の間に響き渡る。


「ッ‼」

顔を上げたメルシュヴァリエは強くブラッドフォード卿を睨みつける。


「ブラッドフォード卿」

「おっと失礼」

すぐさまカシュバル卿がブラッドフォード卿を制止する。


「ではカシュバル卿。明日シェルフィールドへの侵攻を開始しますがよろしいでしょうか?」

「うむ、問題ない。貴公の武運を祈ろう」

「感謝します」

そう言った後、ガラス板越しであるため目線は常に前を向いているが、ブラッドフォード卿は確かにメルシュヴァリエと目を合わせた。


「心配しなくてもいい。君の父の仇はこの私が代わりに打ち滅ぼしておくよ。メルシュヴァリエ君」

貴族に対して名前の後に地位や爵位、役職位などを含めた敬称を付けずに呼ぶことは極めて無礼であり、それを敢えてするということはつまり敵対の意を示したという事。


メルシュヴァリエにとってこの会議は、自分の甘さや不甲斐なさを実感すると同時に、今までどれだけの重圧が自分の前に立っていた父によって未然に防がれていたかという事を知るものとなった。



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