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短剣長剣が二本ずつ白亜の壁に飾られ、設置されている本棚には数々の剣術書や魔術書が詰め込まれた広く優雅な部屋に一人。メルシュヴァリエは制服の上着を無造作に脱ぎ捨てると、その部屋に設置されている大きなベッドにうつ伏せで死人のようにだらりと倒れた。
まだ何もしていない。体も特に動かしていないはずなのに、メルシュヴァリエの体はまるで一日中剣の修練をしたかの如く疲労していた。敬愛していた父の死。そして領主としての重圧。その二つはメルシュヴァリエの華奢な背中にはあまりにも重く、しかし取り除くことも出来ずに欝々しく伸し掛かる。
精神あってその他ありという父上が言っていた言葉が脳裏をよぎる。
本当にその通りだ。精神が疲れているだけでももう体を動かすこともままならない。
「父上……」
瞳から生温かい雫が流れる。
父上の亡骸は見てはいない。だから、まだどこかで父上は生きているという希望がないわけでもない。でもリザリーさんが嘘を言うはずもない。だからこれは現実だ。
——何故父上は殺されたのだろう。シェルフィールドとの関係は近年ずっと良好だった。僕も実際に会って話したこともあるけど、シェルフィールドの領主も両国の関係改善には意欲的でそんな風には見えなかったし
首を左に向ける。
——今までの対応は全部嘘だったのか。僕が甘いだけでそれが大人の世界なのか。でもそれなら、父上が気付かないはずがない。父上なら人の嘘くらい容易く見破れるはず
メルシュヴァリエはベッドの上で手足を縮め、体を丸くする。
——それに、そもそもシェルフィールドの領主が父上を殺す理由がわからない。そんなことをすれば戦争になるのは明白で、困るのは自分たちなのに。シェルフィールドの領主じゃなくてウェルザリアの誰かがやったとしてもそれは変わらない。でも人の気持ちはそんな単純じゃないのかな。憎しみの気持ちがいっぱいに溢れてしまったのなら、周りの事情なんか考えず行動に移すかもしれない。僕だって……
金色の前髪を右手で握るとゆっくり下へ降ろす。
父上を殺した者に対してすぐに行動することもできず、また父上の遺体や形見である劔の回収も出来ない今の状況に焦りと苛立ちをメルシュヴァリエは感じていた。
マギア帝国は複数の国が皇帝という雇用者の下に、契約関係で集まりできた国に過ぎない。だからいくらカシュバル卿が皇帝陛下の命を受けたとしても絶対的な効力は持っておらず、逆らったところで罪に問われるということも無い。だがそれをすれば、ただでさえ異端とみなされているリーズが他の地方からどういう扱いを受けるのか、それを口実に他の領主が民に何をしてくるのか、それらを考えると従わざるを得ない。しかし理屈ではわかっていても人の気持ちというものは抑えることが出来ない時もある。
それがいつかと聞かれれば今なのだろう。
「メル様。お時間でございます」
扉を二回叩く音と共にリザリーの低く優しい声が扉越しに聞こえる。
「今行きます」
返事をすると、メルシュヴァリエは小さな勇気を胸に秘め、扉を開けた。