15
「殺された?父上が……」
「はい……」
重苦しい空気が室内に立つ二人を包む。
ウェルザリア領シェルフィールドの向かい側に位置する都市、マギア帝国領リーズ。その都市の中央に建つリーズ城城内の一室で、白を基調としたリーズの軍服に身を包んだメルシュヴァリエ・リーズは、父でありリーズ領主でもあるヴァレンティン・リーズの訃報を知らされていた。まだあどけなさを残す蒼い瞳は悲哀の雫で潤んでいる。
「昨日少しシェルフィールドに出掛けてくると言っていただけなのに……」
金色の前髪を右手で握るとゆっくり下へ降ろす。
「そんな……」
ふらつかせたメルシュヴァリエの体を前にいるもう一人の男が両手で支える。
メルシュヴァリエの目の前に立つ凛々しい男性の名はリザリー・アッシャー。黒く美しい長髪と藍紫色の瞳を持つ彼はリーズ家に仕える側近であり、メルシュヴァリエが小さい時からの世話役でもある。
「メル様。お座りください」
メルシュヴァリエはリザリーの手を借りながら、自分の後ろにある木製の椅子に腰を下ろす。
「リザリーさん、僕はどうすれば……」
突然の知らせ。突然の事態。いつも全てを頼っていた父がいなくなった今、メルシュヴァリエが信頼し頼れるのはもうリザリー以外この世にいない。メルシュヴァリエは悲しみで掠れる声を精一杯形にしてリザリーに問いかけた。
「現在既にマギア帝国はウェルザリアへの宣戦布告を完了し侵攻しています。皇帝陛下のお体の調子が優れない今、代理としてカシュバル卿がこの戦争の指揮を執ることになっており、カシュバル卿の方針と致しましては、領主間の領地の奪い合いが起きないように各地方の代表が一人一都市を基準として、順番に侵攻するという形をとるようです」
内心ではメルシュヴァリエと同様に気持ちと事態の整理がついていないリザリーだが、現在の国とリーズの状況を冷静に伝える。
「そうですか。中央ではもう事が進んでいるのですね」
「はい」
国の素早い対応を耳にしたメルシュヴァリエは、ただたじろぎすぐ人に頼ってしまう自分が情けなく思わざるを得なかった。
「リーズの順番は三番目となりました。加えて今から一時間後にこの東側の侵攻を任された六人の領主ら及びカシュバル卿による会議が行われます。ヴァレンティン様が亡くなられた今、リーズの領主はメル様となりますが……」
「僕が領主……」
「はい。しかし急な事態のため、ご希望であれば領主補佐既定の下、私が代理で出席することも可能です」
「そうですか」
他の領主たちとの話し合い。もちろん貴族の集まりや宴会の際は跡継ぎとして何度か顔を合わせたことはある。しかし今回は跡継ぎではなく領主としての顔合わせ。リーズという都市の代表としての対応を求められる。自分はそれが出来るのだろうか。
大人たちの話についていけるのか。ただでさえ領内で剣の所持を認めているが為に、マギア内で異端とされているというのに。いや、ついていかなければならない。
民よりも裕福な暮らしをしている分、我々貴族はより大きな仕事をこなさなければならず、また剣を持つことは恥ではない。誇りを持てと。この場に父上がいればきっとそう言うだろう。だから……
「でも会議には僕が出席します。父上に情けない姿は見せられないので」
「メル様……わかりました。では私は会議の準備をして参りますので、しばし休憩をお取りください」
「ありがとう」
心の奥底でひっそりと芽生えた黒い何かにまだ気付かないメルシュヴァリエは、少し口角を上げてリザリーに言った。