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「陛下、始まりました」
「そうか」
静かな部屋に二人の男の声が響く。
マギア帝国南部、帝都マンチェスターにそびえ立つマンチェスター皇宮の一室。魔法の起源を表現した絵画が描かれた天井を持ち、一般的な庶民の寝室の十倍はあるだろう広々とした円形の部屋の出入り口となる扉と対称に設置された天井付きのベッドに体を寝かせ、背中から上をヘッドボードに添えられたクッションに預けた状態の老男の名は、ハヴェル・マギア・サリンジャー。マギア帝国の建国者にして初代マギア帝国皇帝である。
口周りの髭や長く伸びた髪は既に白く染まり、右眉毛から青い瞳は光を失いかけている。潤いをなくした木肌の様な皮膚は骨に張り付くことだけで精一杯に見て取れ、その姿もう先が長くないことを想像するのは容易だ。
そして、皇帝の虚ろな視線の先に設置されている縦ニメル、横三メルほどの大きなガラス。それはマギアテレジアと呼ばれる魔道具の一種で、通魔鏡と言われている物だ。
鉄製の土台と、水と光の混成魔法を施した液体を二枚のガラスで挟み込み成り立っているそれは、各魔導師領に設置された通魔鏡に映る情景と音を映し出すことが出来る代物で、迅速かつ正確な情報交換を実現している。
その通魔鏡に映るもう一人の男の名はカシュバル・サリンジャー。
やや長い癖のある赤茶色の髪に、茶色の瞳を持つカシュバル卿は、唯一領主としての身分を持ちながら皇帝の補佐役としての身分も合わせ持ち、皇帝への謁見を自由にできるほど皇帝からの信頼も厚い。
「こちらの軍は予定通り東西の都市から侵攻しております。今頃リバプールは海の中でしょう」
カシュバル卿は皺が現れ始めた顔を緩め、自信ありげに言った。
「暗殺は?」
ハヴェル皇帝は嗄れた声を絞り出す様に、ゆっくりと質問を投げる。
「両家の者たちいずれもウェルザリアによるものだと信じきっております。既に進軍の申し立てが来ておりますが、どういたしましょう?」
「うむ、好きにせい。軍の指揮は全てお前に任せる」
「はッ。陛下の切望、必ずや果たして見せましょう」
どこか他人に向けたような言葉を最後に通魔鏡の映像は消える。
「あれから六十年か……」
そう呟いたハヴェル皇帝は昔を思い出しながら再び静かに目を閉じた。