13
ジランは目を開けていた。恐怖に屈することなく瞬きもせず。それは、せめて死ぬ時は憧れの人と同じように勇ましく死にたいと思ったからの行動であった。だから見えていた。いや、映っていた。
耳が避けるような轟音、そして夜の闇を吹き飛ばすほどの光と共に一瞬にして目の前まで迫った轟雷の進行は、人の目ではもはや速すぎて捉えることは出来ない。
しかし、その軌跡が、突如現れた赤黒い半透明の何かに阻まれ左後ろに弾き飛ばされていった残像が、光が、ジランの網膜には鮮明に残っていた。呆気にとられている間に赤黒い半透明の何かは消え、やがて辺りには小さな火が照らすだけの暗さと静けさが戻った。
「——うん?……外しちまったか?まあいい、次で殺してやるからよォォ!」
雷の魔導士は伸ばしている右手から再び轟雷を放つ。
当たり前のように詠唱なしで放ったそれは、先ほどの軌道と全く同じ軌道で瞬く間にジランへと迫った。しかしジランに直撃する手前、人一人ほどの空間を跨いで現れた先ほどの赤黒い半透明の何かによって、再び轟雷はそれに阻まれ左後ろへと消えていく。
赤い半透明の何か、障壁とでもいうべきそれは手のひらほどの大きさをしており、縦長のひし形をしたものが集合したもののようで、今は十数個のひし形が集まり歪な集合体を形成していたがやがて消滅した。
あの轟雷を二度防いだ。その事実を、現実を理解したジランは高揚感と共に口角を自然と上げる。
「おいおいおいおいィ……さっきはよォ、俺の見間違いかと思ったけどよォ……なんでてめえがそれを使ってんだよォォ!」
「なあ雷の魔導士、二つ、私の質問に答えていただきたい」
「あ“ぁ⁉」
「剣は悪か正義か、そして魔法は悪か正義かを」
動揺を隠しきれない雷の魔導士に対してジランは冷静に質問を投げかけた。
「剣は悪、魔法こそ正義だァ。だからお前がそれを使うことはァ許されないんだよォォ!死ねええェェェッッッ!」
雷の魔導士は三度轟雷を放った。しかしそれはまたもや障壁に阻まれる。
「そうか」
ジランは左腰に差していた剣を抜きながら続けた。
「ならお前はこの世界にいらない……死ね」
高らかと抜いた剣を右下に振り下ろし構えたジランは、雷の魔導士に向かって走り出す。それに対し雷の魔導士は「死ねェェ!」というセリフと共に何度も繰り返し轟雷を放った。
しかしジランには届かない。雷の魔導士が轟雷を放つ度にジランの前には障壁が現れ、轟雷を完全に防ぎ切っている。
ジランは右下に構えた剣を持つ右手を捻り、左上に構える。柄頭に左手を添えてそして、雷の魔導士の胴体中央を貫いた。刃が肉を切り裂いていく感触が直に伝わる。
体が密着した状態になるほど深々と差し込んだその後、剣を少し持ち上げ雷の魔導士の自重でさらに深く差し込む。服からは血が滲み段々と広がっていった。
「ごはッ……」
雷の魔導士は口から血を吐き出す。しかしそれもジランに届く前に障壁が出現し、宙で流れ地面に落ちる。雷の魔導士の首に掛けてある、橙色の輝きを放っていたペンダントは徐々に光をなくしていった。
「ねずみ……風情が……」
耳元で囁かれた軽蔑の言葉をジランは聞き流した後、雷の魔導士の体から剣を抜き後退る。雷の魔導士は両膝を地につき、そのまま力なく倒れた。
ジランはその場に腰を下ろし雷の魔導士の首からペンダントを外す。それを懐に入れると立ち上がり、もう一度雷の魔導士を見下ろした。
そこに転がっているのは、一国の軍隊を一瞬で殲滅する力を持っていたバケモノだ。そんなやつを俺は殺した。俺が殺した。親や他の大人の力を借りずに、一人で。この光景を誰かが見ても、ただの修剣士である俺がやったとは思わないだろう。だがやったのは俺だ。ただの修剣士であるジラン・ルクスギルフだ。
「ふっ、ふふっ、フハハハハハハハ!」
徐々にその実感が湧くにつれ、無意識に笑いがこぼれた。
——俺は、あの時からずっと自分に言い訳をし続けてきた。まだ子供だから、まだ修剣士だから、そうやっていつもいつも、何もできない事を正当化して。師匠が死んだ時だって、俺は……だがそれももう終わりだ。俺は手に入れた、力を。なら……
あの時誓ったこと、やるなら今しかない。もし今行動しなければ、俺はまた何もしない日常に戻ってしまう。しかし、あの二人まで巻き込む必要はない。なぜならこれは、俺の復讐なのだから