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リベリアーク  作者: イノリ・ガハラ
憎しみを取り戻した日
13/24

11

巨大な音と衝撃と共に轟雷が一閃した。いや、していた。その轟雷はあまりにも速すぎてジランを含めこの場にいる誰の目にも捉えきれなかったのだ。


気付いた時には壁を形成していた盾を壊し、鎧を貫通し、肉を切り裂き、轟雷の軌道上の右斜め後ろの建物にまで大きな損害を与えていた。


轟雷が通った場所は大きく抉られ、破壊された石畳から露出した地面は高熱を帯び、砕け散った石と共に赤々と光を放っている。そして最初に直撃した建物の一階部分は完全に削り取られ、重力に耐え切れなくなった二階部分が路地を塞ぐ形で崩れ落ち、その後その場所からも出火していた。


また大通りには轟雷によって抉られた体から噴き出した血の雨が降り注ぎ、地面に転がる兵士たちの服を赤く染める。


「うっ……おっ、おぇ……」

ジランはこのあまりにも悲惨な状況を、肉塊と化した人々を目にした途端、急激に吐き気を催しすぐさま口に手を当てた。不快感と共に身体がうねる。幸いジランはほとんど物を口にしていなかったため、物を吐くことはなかったが、不快感が体中に残った。


「アーーーーーーーーサイッコウに気持ちいいねェ、ゴミどもを一斉に片付けるのはよォ!」

雷の魔導士は相変わらずの狂気に満ちた笑みを浮かべながら高らかに言い放つ。


あいつが今までどれだけの人を殺してきたのかは知らない。マギアでも盗賊の類はいるはずだから、人を殺す機会がないわけではないだろう。しかし、あいつの振る舞いは慣れているを通り越して完全に楽しんでいる。まるで毎日のように人を殺してきたかのように。


ウェルザリアへの憎しみ、幼い頃からの教育、自らの地位を上げるための手柄。あいつの行動原理はいくつも推測できるが、いずれにせよあの雷の魔導士はウェルザリアの人間に対して情けなどないということだけははっきりしている。もはや人間としても見ていないのかもしれない。もしあいつを殺せる状況にあって、しかし殺すのを数秒でも躊躇ったとしたらその隙に一瞬で殺されるだろう。とはいえこの戦力差、いや能力差とでもいうべき力の差を前にそんな機会が来るとは到底思えない。


ジランはもう一度建物の陰から顔を出し、雷の魔導士を視認する。雷の魔導士は自らを守護していた五本の雷撃を消し、道に転がる死体を足で弄びながら少しずつこちらへと進んできていた。


——撤退しないだと。いくらマギアの魔導士とはいえ、高位の魔法の複数使用。人間の魔力量をから考えれば、とっくに底をついているはず。いやこれは実践だ。常にイレギュラーを想定しなければ。

右手で緊張の汗が滲む顔の半分を覆う。


——撤退しないならあいつはこのまま特区を目指すだろう。まだ魔力が残っていてあの轟雷を使用できると仮定するなら、門が破られるのも時間の問題。ならせめてその間にフィーナとアラーシュ探し出し、ここを出……

その時、ジランの肩を何かが掴んだ。考えを巡らせていたジランは反応が遅れたが、振り返りざまに後方へ避け距離を取り、右手を左腰に差していた剣の柄へと掛けた。いきなりの事態に心臓の鼓動は大きく跳ね上がり警戒の意識を強めたが、それは一瞬にして安堵へと変わる。なぜならそこにいたのはジランの親友、アラーシュだったからだ。


「そんなにびっくりしないでよ」

「アラーシュ!」

やっと相棒を見つけることができたジランは安堵と感動から声を漏らした。しかしそれも束の間、ジランは自分の立っている場所に戦慄する。そこは既に大通りだった。体は建物の陰から完全に出ており、身を隠す物は何も無い。


ジランはすかさず左を向いた。まだ雷の魔導士に見つかってないことを祈りながら。しかしそんな間抜けな奴ではなかった。完全に雷の魔導士と目が合う。その時雷の魔導士の首元で炎の光に照らされ薄く光ったペンダントが視界に入った。


「おいおいまだいるじゃ~ん、薄汚いねずみがよォ!」

獲物を見つけた肉食獣のように鋭く光る目は、やがて目尻を下げ気味の悪い笑みへと変わっていく。


「走れ!」

ジランは叫び、アラーシュを先頭に元来た小道へ駆け込んだ。


ズパァァァァァァァァン‼

直後、轟雷がジランたちの逃げ込んだ小道の入り口目掛けて放たれた。建物の壁を貫通し強引に迫ったそれはジランの背中の後ろを通過していく。轟雷そのものは当たらなかったものの、壁を粉砕した際に発生した石屑が飛来し、その一部がジランの左の二の腕を裂いた。


「うッ……」

右手で傷口を抑えながら足を動かす。


「ジラン大丈夫⁉」

異変に気付いたアラーシュが後ろを振り返った。


「大丈夫だ」

傷口は深くはないが鋭い痛みが響く。


——どこへ逃げる?地下道か。いや、今は鍵を持っていない。それに……

もう一人の親友がまだ見つかっていない。


「こっちだよジラン」

通りを一つ越え広場へと出る。先程来た時と同じく人影はない。そこを右に曲がり、特区からジランが通ってきた道をなぞるように戻り走っていく。


「フィーナは?」

「大丈夫。多分もうすぐ……」

と、アラーシュが言い終わる前に二人の耳に声が届く。


「ジラン!アラーシュ!」

馬の蹄が石畳を蹴る音、そして車輪が滑る音と共に聞こえたのは聞き間違えようがないもう一人の親友、フィーナの声だった。月明りと大通りで上がっている火の手しか光源がない状況で顔を認識するのは難しいが、二人が走る正面、広場の南から二頭の馬に引かせた荷馬車がこちらへとやって来るのが見える。


「フィーナ!」

ジランとアラーシュは二人同時に口にした。


荷馬車に近づくにつれそれを操っている人物がフィーナだと確認できた。フィーナはジランとアラーシュが一定の距離まで来たのを確認すると、交差している手綱の右手に持った二本を少し引き荷馬車を右に寄せ、次に左手に持った二本の手綱を思いっきり引き、その後両方の手綱を力一杯に引いた。


馬は左に旋回し、その後停止する。馬の急激な左旋回と停止により、後ろの荷馬車も共に旋回し、遠心力で馬を引っ張りその向きを完全に元来た方向へと変えた。


この超高度な馬術を目の当たりにした者は、本来ならば誰もが感嘆の声を上げ拍手喝采見惚れるところだろうが今はそんな暇はない。ジランとアラーシュは木箱が少々積んである荷馬車に飛び乗ると、ジランは叫んだ。


「乗ったぞフィーナ!」

その合図と共に荷馬車は動き出す。フィーナは両手に握った手綱を打ち、二頭の馬は両脚を高々と上げ荷馬車を思いっきり引いた。


あとは逃げるだけ、そう安堵したジランは背中に痛烈な視線を感じ硬直した。全身を強く縛り上げるような感触。しかし全身に力を入れ、すぐさま後ろを振り返る。広場の奥、ジランとアラーシュが先程までいたその場所に堂々と立っていたのは、雷の魔導士その人だった。


その姿を視界に捉えた瞬間一気に押し寄せてきた恐怖と絶望を押し退け、ジランはフィーナに叫ぶ。


「フィーナ馬を左に引け!」

「えっ」

ジランの言葉の意味をフィーナが理解し行動に移すその速さは、雷の魔導士が魔法を放つ速さと比べればあまりにも遅く、次の瞬間には既に轟雷が荷馬車へと放たれていた。



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