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リベリアーク  作者: イノリ・ガハラ
憎しみを取り戻した日
11/24

9

昼と夜の境目。太陽は大地の陰に隠れながらも、未だ弱々しく西から空を照らしている。しかし大通りを除き、背の高い建物に囲まれた小道は既に夜になりつつうす暗い。一人寂しく歩くジランは小道を抜けると、大通りへと斜め向きに合流する道をまっすぐ歩く。


——俺は結局あいつを殺せなかった

あの後ホーランデルス卿と共に屋敷を脱出して軽い手当を受けた後、裏門から逃げるようにして特区を出た。憎しみの対象に肩を貸し、助けて、愛想笑いを浮かべて。


——気持ち悪い

頭の中とは正反対の行動。


——だがそれで良かったのかもしれない。あの時は突発的な状況で冷静さを欠いていた。後から救助のための兵士が来てあの現場を目撃されていた可能性もあった上、誰にも見られずあいつを殺して屋敷を出られたとしても、死体が完全に燃え尽きなければ刺し傷から他殺という疑惑が浮上して犯人探しが始まっただろう。

大通りに出る前に右に曲がり。開けた場所を進む。


——そうなれば俺が真っ先に疑われる。あいつ一人を始末したくらいで終わるわけにはいかない。そう考えればあの判断は合理的……いや違うな

顔を覆うようにして額に手を当てる。


——出来ない理由を探して、結局……ん?

そこでジランは足を止める。なにやら大通りの方が騒がしい。叫び声というか怒鳴り声というか、ここからは何を言っているが聞き取れないが穏やかではないということだけはわかる。それと同時にジランは自分が今いる場所を今更ながら理解した。


民家と民家の間にあるぽかりと空いた広い空間。両側の民家の壁沿いには花を植えた鉢が並べられており、その他にも屋根だけの簡易な小屋に木箱や樽などが置かれている。小道が数本と南側、特区の方にはジランが先程まで通ってきた、大通りからの分かれ道が一本繋がっているため、広場というよりかは大通りよりもやや小さい道といったほうが見た目としては適切だが、ここは馬車の通行を禁止にしているので広場と呼ばれている。このような場所がこの都市には複数あり、子供たちの遊び場や短期の出店を出す場所として使われている。


そして何よりこの場所を通る時は修剣学院寮に向かう時であり、今日ジランが向かうべきはそこではなくフィーナとアラーシュが待っているいつもの場所。つまり完全に道を間違えていた。


今日は散々な事に巻き込まれたとはいえ我ながら情けない。

いつもの場所でフィーナとアラーシュが待ちくたびれている様子が脳内で浮かび上がる。

と、

ドゴオォォォォォォン‼

突如体の内に直接届くような轟音の雷鳴が響き、大通りの方向が瞬間的に明るくなった。反射的に体がビクっと反応する。


——雷、いや……

疑問を抱きながら空を見上げたが、雷雲というべきものはなくそもそも雨が降っていない。


——自然現象でないなら残る可能性は……

それは好奇心だった。いつもの場所に早く行ってフィーナとアラーシュに美味しい夕飯を作るべきなのは理解していたが、すぐそこで何かが起こっている。その何かを自分の目で確かめたい。そんな単純な好奇心だった。


広場の突き当りにある左右に伸びる小道を左に曲がる。そこからはやや遠くに見える大通りは、もうそろそろ月が顔を覗かせる時間だというにもかかわらず、やけに明るい。もちろん祭りなどが開かれる日は夜でも昼のように明るくなるが、今日はそんな催し物がある予定はない。それに加え多数の人の影もちらちらと見える。大通りといえど催し物がない日にそこまでの人通りはない。居るのは大抵飲んだくれのおっさんと店の後片付けをしている人くらいだ。そしてその影は皆右から左、マギアとウェルザリアの国境となる運河の方から特区の方へと流れて行っている。まるで何かから逃げるように。


ジランは小道を進んでいく。すると大通りから曲がってきた人がこちらへと走ってきた。ジランは右側に寄り道を開ける。そのままその人はそこに人が居るということに気付いていないかの如く、必死に走り過ぎ去って行った。その様子は明らかに穏便でない事があると示してくれているようなものだったが、それでもジランは大通りへ足を進める。


大通りとの距離が近くなっていくにつれ、人の声が明確な悲鳴と怒号に変わっていった。それと同時に不安と緊張感が高まっていく。前方に見える赤い明かり。それは松明の明かりか、誰かが魔法で照らしているのだろうとそう思っていた。修剣学院の生徒は全員魔法を使えるが、学院の敷地内以外では魔法の使用を固く禁じられている。しかし国の役人と貴族なら、生活をする上や何か魔法を使わなければならない状況になった場合など、極めて緩い規制条件で魔法が使用できる。もちろん魔法の階位は修剣士でも国の役員でも貴族でも第二階位までの魔法には変わりないが、この状況で明かりを生み出せる人間となればそれほど多くはない。だが、大通りの明かりはそのどれでもなかった。


燃えている。小道の端まで来たジランの目に映る大通りは、煌々と広範囲に燃えていた。それはさっきまでいたホーランデルス卿の屋敷を彷彿とさせるが、それよりも格段に被害が大きい。


大通りの両側にある建物の屋根、壁、そしてその建物と大通りの間にまばらにあるいつもなら店として機能している小屋、それら全てが部分的に破壊され、可燃物を素材としている物の至るとこから出火しているその光景はまさに火の海だ。


破損の度合いが、酷いものは中の部屋が剝き出しになっており、いくら石造りの建物とはいえ床やその他生活用品に多くに木製の物を使っているため、そこからも火が燃え盛っている。石が綺麗に敷き詰められた石畳の道も、何か巨大な爪に削り取られたように直線状の亀裂が刻まれており、茶色い地面が露出していた。そして破壊された物の煉瓦や石材、木材と一緒に転がる無数の死体。体の所々が欠損し焼けているそれは兵士だけでなく、民間人も混ざっていることが服装から分かった。


その烈々たる光景に息を呑む。いつもの大勢の人で賑わう大通りとはかけ離れた姿。屋敷での出来事といいこの状況といい、もう頭の中では整理がつかない。


——何だ、何が起こっている⁉何故、人が……

「ガハァッ!」

驚きと恐怖に立ち尽くすジランだったが、その声で我に返り建物の陰へと身を隠した。壁に背を預け、声のする右側、運河の方を恐る恐る見る。


大通りの中央、ジランのいる場所とは少し離れた場所にウェルザリア軍の大盾隊と遊撃隊と修剣学院の教師が混ざった集団約五十人が、一人の男と一定の距離を開け対峙していた。


炎に照らされ鈍い光を放つ厳つい鎧とT字型に視界が開けた兜を身に着けたウェルザリア軍の兵士のうち、約三十人は既に鞘から抜かれた一振りのシンプルなデザインの磨き上げられた長剣を手に持ち、残りの約二十人は縦は足元から首元まで、横は肩幅ほどになる鉄製の長方盾を前方に向けどっしりと構えている。長剣のみが遊撃隊、それに加え盾も持っているのが大盾隊となっており、盾の前面中央にはウェルザリアのシンボルとなる二頭の赤色の龍が背中合わせで左右を向いているマークが大きく描かれ、一目でウェルザリア軍だと分かる。


その奥、多数のウェルザリア軍と単独で相対する男は、黄色と緑を基調とした自己主張の激しい服に身を包み佇んでいる。何より目を引くのはその男の周りに蛇の如くうねる五本の雷撃だ。地面から縦向きに伸びる青白いそれは魔法以外の何物でもなく、また第二階位以下の魔法でそんな魔法があった記憶はない。つまりあの魔法は第三階位以上の魔法であり、それを使用している男、雷の魔導士は恐らくマギアの人間だという事だ。そしてマギアの魔導士がウェルザリア軍と戦闘をしている。それが何を意味するのかは、言わずとも分かり切ったことだった。



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