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せっかく異世界に来たのでチートなしでボッチライフを目指したい  作者: 猫のあしあと
王都ルーデンブルク
15/21

王都にて 2

都市部を少し離れて、ポツリポツリと街路樹が立ち並ぶ郊外の奥の方にその家はある。


魔道具や魔法薬の素材となる植物が植えられたよく手入れされた庭を通り過ぎ、日没が近づく空に背を押されてミユキはドアノックを数回叩いた。


「はあ――い。今出まーす!!……けどお、もしかして貴方…アポなしの製作依頼とか、新作の魔道具製作用道具の押し売りとか、花壇の手入れを名目にした盗人野郎、じゃないよね―――?」


「……。……安心してください。ここにいるのはいつか星降る夜に魂の密約を交わした、貴方の愛の僕です…」


テンションの差が海底とエベレストの山頂並みに離れたみょうちきりんな言葉のキャッチボールを交わした後、何事もなかったかの如く扉は開き、女は出てきた。


「やっほーミユキ!!いきなりだったからちょっと驚いたけど、会えて嬉しいよ」


「私もです、ラナリーさん。連絡もせず突然お伺いしてしまい申し訳ありません。

……それで…あの、さっきのアレ、まだやってたんですね。恥ずかしいのでそろそろ無しにして頂きたいのですが…」


「ええ――、いいじゃん。楽しいし。最近あの手の輩が前より増えてきてるから、先に牽制しとけば面倒がないし。合言葉は防犯にも役立つし、一石三鳥なんだよー」


「……だったらせめてもう少し普通な会話にしませんか…」


ラナリーはミユキの心からの叫びを軽く無視して、彼女を家に上げた。





ところで突然だが。

魔道具技師とは、魔法使いたち以上に魔法理論に精通し、より高性能な魔道具を開発するべく日夜魔法式の改良に励む知の探究者でもある。

そして“魔道具”という物が、生活に根差したものから戦闘で役立つものまで様々である分その技術体系は幅広く、魔道具技師と一纏めにしていても彼らは基本的に自分の得意や信念に沿って専門を決める。(その分一流になればなるほど一般人からすれば随分と癖が強い人間が多くなるのだが)


ミユキはその中ではかなり異質でオールラウンダータイプだが、ラナリー・ティムポットは例にもれず少々尖った才能を持つ魔道具技師であり、


「ちょっとテーブルが散らかってるから、片付けるの手伝ってくれる?」


「はい。…それにしてもすごい数ですね。同時にこれだけデザインするのは大変でしょうに」


「ま、半分は趣味だしね――。自分が作った服を可愛い女の子が着てくれると思うと、イメージがポンポン出てくるんだよ」


ミユキはテーブルを覆い尽すたくさんのデザイン画を手に取って纏めながら感嘆の息を零す。


ラナリーは主に布を使った魔道具製作を専門としており、また趣味として魔道具とは関係ない服や小物を製作しては自分の店で売ったりしている。機能性とデザイン性を両立させたそちらもとても趣味の範囲とは思えないプロ顔負けの出来なのだが、本人としては「自分がやりたいと思ったものを作りたい」ということで仕事にする気はないらしい。


テーブルの上を片付けた後、お茶の用意を簡単にして一服しながらミユキは一通り事情を説明する。


「なるほどねえ。でも学会までまだひと月近くもあるのに、態々その貴族一行に付き添って来るなんて、ミユキにしては優しいんじゃない?ちょっと意外だなあ」


「あの方々は正真正銘本物のお人好しですし、普段何かとよくしてもらっていますからね。一人で平和に暮らすのも決して楽ではないですから、あのような伝手は大事にしなくては」


「ふうん。ミユキがそんなに気に入ってるってことは、よっぽどなんだね。いいなあ。私もなんか周りが騒がしくなってきたから、そろそろ拠点を移そうかなって思ってるんだよね。全然親しくもないのに名指しで屋敷に呼びつけてくる輩もいたし。

やっぱ研究に集中するならミユキみたく山の中とかの方がいいのかな?」


「…まあ確かに人間関係の煩わしさはありませんが。

それより、泊めてもらう件については如何ですか?もちろんその間は家事は積極的にしますし、何でしたら仕事の手伝いもしますよ」


「それはすごく魅力的だねえ。う―――ん、でも……」


「何か問題がありますか?」


「そうじゃないんだけど…、ちょっと…………」


ラナリーは彼女にしては珍しく言いよどむ。

その様子から緊迫感すら窺えて、ミユキは背筋を伸ばして彼女の言葉を待っていた。

一方ラナリーの方は、下手すると今や親友であるミユキとの関係を崩しかねないことを言うか否か死ぬ気で考えていたが、このような頼みごとを言う機会はもう二度とないかもしれないと考え決心する。


(きっと…大丈夫……。嫌ならちゃんと断ってくれるはずだし、友情が壊れるようなことはないはず……)


「あ、あのね……これを見てくれないかな……」


ラナリーは真剣な表情でデザイン画の紙の束の中から一枚の絵を取り出す。

ミユキはそれを見て思わず素の表情で息をのんだ。それくらい、描かれたドレスは端的に言って美しかったのだ。


「自分でももうこれ以上ないってくらいの出来だよ。全体のバランス、細部の飾り、体のライン、どれをとっても私の理想の一品なんだ」


「……素晴らしい、という言葉以外に出て来ません。間違いなく、誰もが惹きつけられる作品だと思います」


「ありがとう。それでね…お願いなんだけど、ミユキに着てみてほしいんだ。出来れば大勢が集まる場所で」


「まあ、()()()()ならば全然構いませんけれど。いつでしょうか?」


(……はあ。わかってはいたけどミユキって時々すごく意地悪いわ。こっちの思惑とか余裕で見透かしてるくせに…)


ラナリーは冷めた紅茶を一口含んで緊張を紛らわせてから口を開く。


「いやね、そうじゃなくて……()()ミユキの姿で、お願いしたいんだ。

今の姿にはミユキがいろんな思いを抱えて()()()()ってのはわかってるし、これは私の我が儘だから嫌なら断ってくれていいよ。泊る件についても、美味しいご飯作ってもらえればそれでいいし。

だからこれは完全に個人的なお願いで、秘密を盾に脅してるわけでもなくて……」


「でしたら、何も大勢の前でなくてもいいのでは?例えば、今この場であれば簡単ですよ」


「そうかもしれないけど…図々しいかもしれないけど…一番の作品は出来るだけ多くの人に見てもらえたらって思って。そして私の生涯の最高傑作だから、私の知る限りもっとも綺麗な人に着てもらいたくて」


服やアクセサリーは人を生かしも殺しもする、とラナリーは思う。


だからこそ採算度外視で完全に趣味としてそれらをつくるのだ。妥協を一切許さず、人を生かすことを追求した作品を生み出したい一心で。

しかしいざ天啓のように舞い降りた自分の理想は、大多数の人々を殺してしまうほどの力を孕んでいた。それこそ、神に愛されているとしか思えない域の美貌でなければ、太刀打ちできないだろうと思われるほどに。


とはいえ、それを持つ本人はまるで自分の魅力に気付いていないばかりか、拒絶するかのように世間から隠してしまっていた。アホみたいに技術が詰め込まれた魔法薬を使ってまで、それを封じる彼女の姿に未だに苛立ちややるせなさを感じないでもなかったが、他人が口出していいことでもないしそんな彼女を受け止めたいとも思っていたけれど。

それでも今回を機に自分の持つもののすばらしさを知って、少しでも自己評価の低さを改めるきっかけになれば、との思いもあった。


(半分以上は我欲でしかないけどねえ。その為に嫌われる覚悟までするって、私って思ってた以上にギャンブラー気質?)


そんなことを考えていると、一時沈黙を貫いていたミユキから「わかりました」という返事が。


「…え、それ何がわかったなの?もうこれ以上貴方とは友達ではいられませんってこと?性格の不一致からの距離を置きましょうからの自然消滅?…やだ!!ミユキ…私、別れたくない……」


「……いえあのう、勝手に盛り上がった挙句途中から男女の痴情の縺れっぽくなって別れ話にするのやめてください。そうではなくて、条件付きで良ければ提案を受け入れても良いということです」


「え、いいの?というか、怒ってない?」


「怒っていませんし、脅されたとも思っていません。大体以前も言いましたが、私個人に後ろめたいことや秘密にしていることはありません。容姿を変えているのはあくまでもそうした方が面倒に巻き込まれないというのと、精神的なものの為であると言ったと思いますが」


「でも、やっぱり嫌なんでしょ?」


「それはそうですけれど、こちら側の条件を受け入れてくれさえすれば、あとは特に何も思いませんよ」


「……そっか。わかった。じゃあ、その条件っていうのは?」


「それはですね……」



結局ミユキの提案によって話はまとまり、ラナリーはそのあと数日を万全の準備に費やすことになる。

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