王都にて 1
数日後。
それから数回の魔物の襲撃を受けながらも、一行はほぼ予定通り王都への主要街道へと合流することが出来た。
ここまで来ると冬を超えたばかりとはいえ、王太子の成人の儀を盛大に祝う祭りのために、各地から集まったさまざまな種の人々が街道を行き交う姿が捉えられる。その中には、今回の同時多発的な魔物の襲撃を対処するために編成された、冒険者や騎士団による討伐隊と思われる武装した集団も多くいた。
一行は彼らや行商人たちと度々情報を交換しながらそのまま王都を目指した。彼らと目的を同じくする者たちは、祝いの祭りに際する高揚感と共に、事件の首謀者がいまだに明らかとされていない不安感を、全員が等しく持っていた。
馬車の窓から見える石造りの堅牢な壁。その正面の巨大な門から続く長い行列は、首都の通勤ラッシュ時の交差点にも勝るとも劣らない人口密度である。
需要の匂いを嗅ぎつけた商人達や観光客は国内は勿論、服装や肌の色から見て明らかに国外からとわかる人々もいる。
「事件のこともあってどうかと思っておりましたが、想像していた以上の光景です」
「そうねえ。でもここラースウェルでは、王太子の成人の儀は新国王の即位の次に大きなイベントだもの。魔物の件は皆不安が残るみたいだけど、周辺の治安は王太子殿下自ら率いる討伐隊が守ってくれているらしいし。
…ミユキは王都の混雑は初めてなのかしら?」
「いえ。ルーデンブルクへは今まで二回ほど訪れたことがありましたから、驚かないつもりでいたのですが、ここまでとは思いませんでした。…あちらの方々はまだ王都ではないのに、もう店を開いていらっしゃいますね」
「流石にこれだけの行列となると、並んでから入るまでに丸一日以上かかってしまうからな。そういったところにも商売の糸口を見つけて、態々出店を開いて食べ物や飲み物を売るんだから、彼らの逞しさには頭が下がるよ。
…あ、私たちは一応貴族って立場で専用の門からは入れるから、すぐに済むはずだよ」
「もうお父様ったら。いくら田舎貴族でも、私たちは由緒あるケルヴィン伯爵家なのですから、もっと堂々と威厳のある態度で振舞って下さらないと。そんなだからいつも他の貴族の方々から嘗められるんですのよ?」
「まあまあ、エル。父さんに威厳を求めるのは、犬に猫の物真似をさせるより酷だから、仕方ないだろう?社交界では僕たちがしっかりフォローすればいいだけじゃないか」
「……はあ、しょうがないわね」
「セレス……。我が子たちがこんなにも立派に育ってくれて、私は嬉しいよ…」
「そうね、あなた」
(なんだか最後の方で美談っぽくなってますけど、自分の子供たちにさらっと侮辱されているのはいいのでしょうか…。)
ミユキは内心困惑顔を浮かべて、(いつも通り)目の前で繰り広げられる親子漫才を眺めていた。
「そういう訳だからミユキ、僕たちの方は貴族の屋敷に行ったりしてそこそこ忙しいから、予定を合わせるのが難しいかもしれないんだけど、暇が出来たら王都の散策でもしないか?こういう時だから、きっと珍しいものを売る店もたくさんあると思うし」
「確かにそうですね。見たところ海の向こうの獣人たちの国から来た人々もいるようですし、私が見たことが無い魔道具の素材を手に入れるチャンスかもしれません。俄然興味が湧いてきました」
静かに目を輝かせているミユキに対し、フィオは一瞬苦笑を浮かべさらに笑みを深める。
「そうだろう?だから今度一緒に市場まで出かけようよ。勿論二人きりで…」
「まあ!それは素敵ねお兄様。私もちょうどサロンに行かない日はミユキと一緒にお買い物に行きたいと思っていたところよ。ぜひご一緒させてほしいわ」
「……おや?エルはご令嬢方とのお茶会の席に招待されているんだろう?無理せずそちらを優先するのが、伯爵家の子女としてふさわしい嗜みなんじゃないか?」
「そんなの空いた日を一日つくるくらいわけないわよ。兄さんこそご学友の方々とのパーティが連日開かれるとか。次期伯爵家当主ともなれば、この機に出来るだけ多く伝手をおつくりになるべきではなくて?」
「今回会うのは顔見知りばかりだし、毎回出席する必要は無いしね。僕は偶々空いている日を有意義な一日に変えたいだけなんだけど?」
「あら奇遇ね。私もよ」
(…今度は完全に巻き込まれてしまいました。フィオリア様はいいとして、ミュリエル様は逢瀬を邪魔したいというより、単に自分が忙しくしている間に兄がいい思いをするのが気に入らないだけっぽいです。これでは違う日にお相手することを提案しても解決しなそうですね。ああ、面倒くさい……)
「あまり王都に詳しくないのでお二人の誘いは大変ありがたいのですが、私の方も学会の準備等がありますので、恐れ入りますがお二人の都合の良い日を一日頂いてもよろしいでしょうか?」
ミユキは内心の溜め息を笑顔で包み隠して、相反した反応を示す二人を眺めた。
王都にはアルヴァ―トが言った通り大した時間もかからず入ることが出来た。
しかし問題は街灯が立ち並び石畳が美しく敷き詰められた大通りを少し進んだ先で起きる。
「な、なんだって!!」
「おそらくこちらの不手際かと。誠に申し訳ありません」
高級宿の主人と思われる壮年の男は青ざめた顔で深々と頭を下げる。その理由にその場にいた者たちは(一人を除いて)顔をしかめた。
但し当の本人はあまり気にした様子もなく、
「つまり私の分の部屋は用意されていないということですね。他の皆さんの分は大丈夫なのですか?」
「ああ。私たち以外の者は、ここよりランクは大分落ちるがきちんと宿を確保してある。だが君の分が……」
「それは仕方がありません。元々私が王都に行くのは急に決まったことですから、こういう事態になる可能性は想定していました」
「…だけどどうしようか。宿の空きは埋まっているらしいし、他もあまり期待できない。ランクを落としたところにするのは、女性が一人で泊まるのに危険すぎるし」
「まだ日は高いですから知っている宿へ行ってみます。それが無理ならば、知り合いの魔道具技師仲間の家に泊めてもらうつもりですから、ご安心ください」
「こういっては失礼かもしれんが、それは大丈夫なのか?」
「同性ですし、お互いよく知っている仲なので、むしろ気楽かもしれません。相手の方からも『こっちにきたら積極的に泊まりに来てオッケー』との言質を貰っていますので、まず断られないと思います」
「……そうか」
ケルヴィン家の一同はその言葉に複雑な表情ながらも安堵の息を零した。たかだか一護衛の一魔道具技師の泊るところ程度でここまで真剣に気を遣う貴族も珍しい。
ミユキは迷惑料も込みの(一応断りはしたのだが)護衛の代金を受け取って宿を後にした。
(式典まではあと一カ月以上も期間があるというのに、人の数も露店の数も明らかに多い…。日本でもそうでしたけど、人間というのは特別な行事が本当に好きですよね)
ミユキは人々の喧騒と、客引き達の威勢のいい掛け声と、大道芸人の気迫の籠った大技を次々視界の端で捉えながら、ひとり物思いにふけりつつ通りを潜り抜ける。彼女の思考の片隅には修学旅行先で行ったとあるテーマパークと、そこで普段とは別人かと思うくらい満喫しまくる友人の姿が浮かんだ。
(普段は冷静で眉間にしわばかり寄せている彼でも、あの時は大分浮ついた様子で綿密に計画しつくされたコースをまわったんですよね。お蔭さまで随分と楽しめましたけど、妙に緊張した態度に笑いをこらえるのに苦労させられたんですよねー)
因みにミユキは他人の感情には聡いがその理由まで測るのはあまり得意ではないため、二人きりというシチュエーションと当日の彼女の格好が彼をそうさせた、ということまでは気が付いていない。(残りの生徒会メンバーによる粋な計らい自体は気付いているのだが)
そのようなことを考えつつ宿を何件かまわってみたが、案の定どこも満杯だった。流石の祭り効果に若干辟易としてくるが、想定内ということもあり気を取り直して友人宅へと向かった。