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サイド―???



初めてその姿を見た時、天から人ならざる使いが降りて来たのかと思った。

まるで彼女がいる空間だけが周りから切り離され、清廉な空気と光で満ちているかのような。

春の暖かさと共に未だ冬の面影を感じられる静謐なホールに、穏やかで透き通った声だけが響き渡る。

その場にいたすべての人の意識が、すっきりとした立ち姿で壇上にいるたった一人へと向けられていた。

いつまでも続くかのように思われた夢幻のようなひと時も、彼女が言葉を切って淑やかに頭を下げたことで終ってしまったことを理解する。それを全員が共有するまでのわずかな間の沈黙の後、どこからともなく拍手の嵐が巻き起こった。

気が付けば胸に広がる小さなぬくもりと痛みを感じる中で、精一杯手を叩く自分が居た。

彼女が現れるまでは確かにあった苛立ち交じりの好奇心は、跡形もなく消え失せていた。



それから少しして彼女とは顔見知りになり、すぐに友人と言える程の親しい関係になった。周りから反対する意見もあったが、彼女の下につく決心もした。今まで両親以外の人間からは傅かれるのが当たり前という環境で育った割には、自分でも驚くほど戸惑わなかった。

彼女の下で仕事をするのは最初多くの驚きを齎したけれど、それ以上の充実感と満足感があった。彼女は想像していた以上に聡明な女性で、どんなに小さなことでも見逃さず貢献した者には感謝の言葉を伝え、不義を働いた者ははっきりとした言葉で窘めた。彼女には確固とした信念があり、周りの皆はそれを深く知るたびにその人柄に魅かれていった。

最終的にそこには彼女を中心として、彼女の志を共有しそれを守るという強い意志で結ばれた、小さくも世界を揺るがしかねないほどの力を持った集団(コミュニティ)が形成されていた。



そうなってしまった後で自分にはもはや、家を継いでそれを大きくするなどという、小さくてつまらないことに拘る気持ちがなくなってしまったことに気が付く。そんなことをするよりも、彼女の周りに集った皆で今まで誰も考えたことが無いような、全く新しい何かを生み出してみたいと思った。


そして何より、誰よりも彼女の傍にいてその大空のような存在を理解し、大切にしたい。見ているこちらの心に柔らかな光が差し込むような気分にさせるその微笑みを、出来ることならば自分だけのものにしたい。

産まれてから今まで感じたことが無いほど強い欲求は、それを抱える自分自身の価値観を大きく変え、そのことに当初は恐怖すら覚えたが、完全に育ち切ってしまった今となっては捨てる気はない。

こういうことには不慣れな自分は、未だに自分の気持ちを素直に口にすることが出来ていないけれど、もう他の誰かにこの場所を譲る気はさらさらないのだから。



――――――――い、いや…でも、まだその時ではない…よな。こんな中途半端な時にそんなことを言われても相手も迷惑だろう。というかそもそも、彼女は自分の存在ををそういうふうには捉えていない気がする。どちらかというとあれは仕事上のパートナー対する反応で、同い年の特別な異性としてはあまり意識されてな―――――いや、やめにしよう。これ以上考えたら自分の心に立ち直れないほどの傷を作るハメになりそうだ。

…こ、これは決して逃げなどではなく、極めて合理的な戦略的撤退だな。誰がどう見ても口をそろえてそう言うはずだ。だから今はもっと他の建設的な事を考えるとしよう。










あれからもう一年経つ。個人的には短かったとも言えるし、長かったとも、思う。


昨日もいつもと同じ夢を見た。

銃声と悲鳴。彼女の微笑み。そして―――0という数字と、鳴り響く不快な機械音。


涙は未だに一筋も流れていない。ただひたすらに、凍り付いたような冷たさと貫かれるような痛みが、四つの季節を一巡りしようと、変わらず胸の奥に重くのしかかる。


そうして思い出すのは最後に見た彼女の微笑み。

それはそれまでの微笑みが何だったのか思うくらい、透明で、無機質で、無表情の一歩手前というくらいわかりにくいものだったけれど、込められたぬくもりは比較にならないのではないかと思わせた。


その理由をさっき知って今は少しほっとしている。この一年間環境の変化と自分の決心がつかなかったせいで機会を作れないでいたが、今日行ってみてほんの少しだけ仮面の裏の彼女を知ることが出来た。


完全に自己満足でしかないとはいえ、これでようやく今から向かう先で醜態をさらさず向き合えるはずである。



抱えていた花束を横のシートにおいて窓の外の景色を見る。

街路樹の葉が落ち始め、どこかどんよりとした空模様が増えてきた都心の風景は、相も変わらず灰色で殺風景だ。もう少ししたら本格的に紅葉の季節になり多少は色彩が豊かになるのかもしれないが、彼女たちと温泉旅行先で見た景色と比べれば、ただの枯葉の集まりでしかなかった。


そのような取り留めのないことをつらつらと考えていると、運転席から普段なら耳にも入ってこなさそうなほど小さく息をのむ音が。


そしてギィイイイイ――――!!とつんざくようなブレーキ音が聞こえて体がシートベルトにきつく食い込む感覚を意識した後、横からの凄まじい衝撃によって車体ごと身体が宙に浮きあがったところまで脳が認識して―――――、


そこから何も分からなくなった。





















「これでようやくあの時の真相が明らかになりましたね。とりあえず一安心です」


「確かにそうですね。とはいえ、計画の方はどうしますか?」


「――――に、罪はありません。このまま続行します。…彼の方の手続きを頼んでもいいですか?」


「畏まりました。――――様」



ブウィ――――ン………。 カチリ。


前編部分はこれでおしまいです。

ここからの中編部分でどうにかこうにか恋愛を進展させていく予定です。

拙い文章ですが、どうぞ最後までお付き合い頂けたらと思います。

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