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騒動の前兆

「……う~ん。魔道具技師学会って全然聞いたことないけど…」


「確かに、学校でもそんなのやってるって習ってないと思うよ」


「それは仕方ないと思います。協会に勤めている魔道具技師でもランクⅭ以上でなければ参加できませんし、秘密主義者の集まりみたいなところなので公にもされていないのです。一様発表された内容自体は論文として世間に知らされてはいますが」


「ふーん。なんかとっても不思議なところなのね。ちょっと興味湧いて来たかも」


「っていっても、参加できないんじゃ僕たちにはどうにもできないけどな」


数週間後。ミユキたちは王都ルーデンブルクまでの街道を馬車で進んでいた。決して華美ではないが実用性重視で作られた4頭立て馬車は、視界の悪い森林に挟まれた街道であっても乗車している者達にかかる負担を最小限にとどめるほど匠の技が詰め込まれている。

その周りには馬にまたがった騎士たちと、しっかりと武装した町の人々の姿がある。一行は王都で行われる王太子の成人を祝う祝典に出席するため、遠く離れたリフレットから時間をかけて移動していた。そこにミユキがいるのは同時期に王都に用があるのは勿論だが、ケルヴィン伯爵から護衛として正式な依頼を受けたからである。ケルヴィン家の4人は最初そのことを秘密にしていてミユキは気づかないふりしていたが、結果学会に出ることになりミユキの方から提案したのだった。


「成人というと王太子殿下は20歳なのですよね?お二人は年が近いですが、お会いになったりしますか?」


「社交界とかでは一様挨拶したことはあるかな。あと高等学校で生徒会長をしていらしたから、それで何度かお見かけしたくらいだよ。エルは?」


「私もあまり変わらないわね。でも女子たちの間であの方の噂話はよくされるわ。なにせ次期国王となられる方であのルックス。学生時代は成績は常にトップで魔法の才能もあるってなったら、妃の座を狙わない方が不思議なくらいよ。…ああ、私も同い年に生まれていたらもう少しチャンスがあったのかしら」


「……さあ、どうだろうな?けどなんだかんだその手の騒動はあってたけど、付き合ってる女性がいるって話は聞いたこと無いな。祝典の後のパーティで婚約者の発表があるって言ってたから、流石に今はもう決まってるんだろうけど」


「そうね。あの時はあまりにもなびかな過ぎて、そっち系の性癖をお持ちなんじゃないかって噂してる子もいたくらいよ」


「…エル、それ不敬罪で捕まるどころじゃないから、絶対他人に言わないでよ…」


そんな風に馬車内で和やかな会話がされている中、ミユキはふと何とも言えない妙な違和感があることに気付く。それは彼女自身気のせいと断じてしまえばそれまでなくらいあやふやなもので、念のために周囲に意識を向けて索敵をしてみても、特におかしな気配を捉えることは出来なかった。


(気のせい、ではないと思うのですけど……。まあ、今のところおかしなところは見当たりませんから、少し警戒するくらいにしておきましょうか)


ミユキは自分の中の疑念を自覚しながら、周りに悟らせないよううまく隠して振舞った。周りの者達はそんな彼女の様子に不自然さを感じることも無く、ハマっている編み物の話や剣術指南での出来事など、取り留めもないことを和気藹々と話している。(エルが伯爵夫人に贈ったマフラーが大きすぎてひざ掛けになったり、フィオが初めて剣術の先生から一本取ることが出来たりしたらしい)


こういう時彼女は、自分が持つスキルの優秀さを理解してしまう。事実あの学校の生徒会長として務めてきた中で、到底見方とはいい難い存在達と腹の読み合い探り合いを幾度となく経験したが、彼女の真意を完全に読むことが出来た人間は終ぞあらわれなかった。そしてそれは当時のミユキの仲間達、ミユキが超優秀と認めた副会長も含まれる。彼女はそのことに対して一抹の寂しさと、僅かに自己嫌悪を無意識に抱いてもいたのだが。




それからおよそ一時間後。再びミユキは今度ははっきりとした危機感を察知する。しかし相も変わらず自分たちの周りには異常が見られないため警戒を強めてじっとしていると、目の前に茶と白の小さな塊が現れた。


『みゆき、みゆき、大変よ!モンスターが現れたの。それもたくさんっ』


『やはりそうでしたか。モンスターの種類と場所は?』


『フォレストドッグが50くらいだったよ。他の精霊たちも一緒に確認したから間違いないよ。場所は今向かってる村との間。あっちはあんまり移動してる感じじゃなかったから、多分30分もすれば鉢合わせると思う。どうする?』


『戦闘をするかしないかは私では判断できません。こちらの戦力的には恐らく問題ないとは思いますが。

敵はそれだけですか?私たちが通って来た方は安全と考えても良いでしょうか?』


『それは大丈夫よ。みゆきが言った通り数キロ四方はみんなと協力して連絡を取り合ってるから、見落としはないわ』


『わかりました。二人は引き続き索敵をよろしくお願いします』


『『任せて!』』


(こういうところは本当に頼りになるんですよね。コンタクターに対して精霊たちは皆さん好意的なので情報収集が苦なく行えるのはありがたいです。後でお礼しないと)


ミユキたちの会話は特殊な方法で行われているため、周りは気づいた様子はない。ミユキは表情を引き締めて全員に危険を伝えるために口を開く。


「みなさん落ち着いて聞いてください。行先にフォレストドッグの群れがいるようです。数はおよそ50。このままでは30分ほどで鉢合わせになります」


「「えっ」」


「…それは本当?ってこれを聞くのは愚問よね。アル」


「ああ。ミユキ、私たちはその魔物をあまりよく知らない。だからこれからのことについて君の意見を聞かせてほしい」


アルヴァ―トたちはミユキの言葉に一瞬息をのんだがすぐに立ち直り、全員が彼女の発言に耳を傾ける。自分たちの命にかかわるような非常時でも取り乱さず表面上は平静でいられるのは、ミユキへの厚い信頼によるところが大きいだろう。


「畏まりました。フォレストドッグは地属性に属し攻撃力は高めですが個体としての知能は低いので、総合的な強さはランクⅮの中の下相当といったところです。しかし今回は50体もの群れということなので、かなり危険な相手と言えます。幸いにも護衛として町で活動するランクⅮパーティが数組いるので、戦闘を行っても被害は少ないと思われますが、万が一を考えると少し引き返して別の道から王都を目指すという手も考慮に入れるべきかと」


「…なるほど。つまり村に向かうのを諦めるということか。しかし日没まであまり時間もない。そうなると今日は野宿ということになるが」


「はい。ですがこの近辺にはフォレストドッグ以外の脅威は今のところありません。本来であれば視界の悪い森を抜けるまでは野宿を控えるべきですが、態々待ち構える危険に飛び込むよりかはましであるともいえます」


「…ど、どどうするの?結構まずい相手みたいだけど。このまま進んだら間違いなく被害が出るのよね?」


「僕は父さんの判断に任せるよ。町の周囲にはいなかったモンスターだから正直出会いたくはないけど、僕たちが見過ごせば村の人々が被害に遭うかもしれないよね」


「…そうね」


今いる地域は王都からはかなり離れているとはいえ、ケルヴィン伯爵家の領地という訳ではなかった。それはつまり彼らが自らを危険にさらしてまで村の者達を守らねばならない理由はないということでもある。もし見捨てても誰からも咎められはしない。しかし。


「そうだな。確かに不測の事態を思えばここは戦いを避けるべきだ。…だが、今我々以上に危険にさらされている人々がいることがわかっているのに見捨てるのは、やはり違う気がする。どうだろうかセレス」


「貴方ならそう言うと思ってたわ。大丈夫よ。ここにはミユキがいるし、また何かすごい魔道具を出してあっさり追い払ってくれるわ」


アルヴァ―トの隣に座るセレスティアは相変わらずゆるゆるフワフワした雰囲気でそう口にする。

ミユキは思わず苦笑を浮かべてしまうが、彼女の性格は出会った時からこうなので今更驚きはない。とはいえなんだかんだ重要な場面での決断力は人一倍あり、それが辺境の地であるが曲がりなりにも伯爵家であるケルヴィン家の財政を支えているのもまた事実であった。


「ミユキ。魔道具技師である君にこのような真似をさせるのは本当に心苦しいんだが、皆の指揮を頼めるか?」


「勿論です、アルヴァ―ト様。今の私は皆様の正式な護衛でもありますから、遠慮なくご命令ください。非才の身なれど、全身全霊で期待に応えて見せます」


ミユキはそう言いながら薄く笑った。

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