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ケルヴィン家の人々

ドアノックを数回叩くとほどなくして柔和な雰囲気漂う中年男性が姿を現した。


「ようこそいらっしゃいました。アンナ様。さあ、昼とはいえ外は冷えるでしょうから、中へどうぞ。雪が降り積もった坂道を歩くのは大変だったのではありませんか?」


「ありがとうございます。ヨハンさん。ご存知でしょうが雪道用の魔道具を先日開発しましたので、全く問題はありませんでした。少し遅くなってしまったのは、所用でいろいろなところに立ち寄っていたからですね」


「町の皆はアンナ様を本当に頼りにしていますからね。余計な世話かと存じますが、たまには断られても宜しいのですよ?私のような年寄りはアンナ様が無理をしておられないかつい心配になってしまいます」


ヨハンはミユキを屋敷の中へと通して客間まで案内しながら話をする。その声音と表情の端々からこちらを気遣う気持ちが窺えて嬉しくなりながら、ミユキは安心させるように笑顔を作ってこたえる。


「他の方にも言われましたが、自分の好きで行っていますから無理なんてしていませんよ。むしろよそ者の私をこんなにも優しく受け入れて下さって感謝しかありません。伯爵様方にもとてもよくして頂いておりますし。

……ああそれと、この間伺った際にお渡ししたミルフィーユも好評だったと聞いたので、今日はレモンパイを焼いてみたのですが宜しければ」


「これはこれは。皆様アンナ様がお作りになる菓子をいつも楽しみにされているのですよ。早速食後のデザートとして出させていただきます。アンナ様ももし昼食がまだでしたらご一緒にいかがでしょう?旦那様方もきっとお喜びになります」


ヨハンがこのように言うということは、恐らく既に伯爵の指示で用意されているのだろう。ミユキは伯爵家の皆の心遣いを有り難く受け取ることにした。



ミユキが客間で服や髪の乱れを整えていると、メイドが体の温まるハーブティーを淹れてくれる。それを飲むなどして寛いでから少ししてヨハンと共にダイニングルームに向かった。


「ミユキ。今日は態々呼び出してしまってすまなかったね。なんだったらもう少し天気のいい日に来てくれても良かったんだが」


「そうね。でもわたくしたちとしては貴方の顔を見れてとても嬉しいわ。美味しいお菓子も持って来てくれたようだし」


「私の方こそ皆様とお会いできて大変嬉しく存じます。アルヴァ―ト様におかれましては、協会の件で毎回お手を煩わせてしまい申し訳ございません」


「いやいや。君にこの町に住んでもらうためには必要なことだし、全く面倒じゃないさ。それよりいつも言ってるんだがそんなに畏まらないでくれないか?せっかくこんなに親しくなれたんだし」


「そうよミユキ。貴方にそんな言葉づかいされるとなんだか寂しいわ」


ミユキが丁寧に頭を下げると中肉中背の男性、アルヴァ―ト・ケルヴィン伯爵は困った顔をし、その妻のセレスティアは不満そうに頬に手を当てる。二人の貴族らしからぬ言動に、ミユキは思わず気づかれない程度に苦笑を浮かべてしまう。

因みに彼らがミユキの本名を知っているのは、ミユキがこの地域に定住することを決めた際に彼らへの信頼の証として名乗ったからだ。これは魔道具技師が忠誠を誓う際に行うしきたりであり、ミユキ自身が彼らへの信頼を示したい意志による行動でもあった。


(私としては町の人全員に教えても一向に構わないのですけれど、止められたんですよね。ヨハンさん達は恐れ多いと全然呼んで下さらないですし。この辺りはやはり文化の違いによる価値観の相違なのでしょうね…)


以前いた世界では身分制度は少なからず残っておれど、国家公務員という訳でもないただの技術職がここまで人々に敬われることはなかった。その為ミユキは違和感を感じてしまうが、協会所属の魔道具技師というのはそれだけ少々特別な存在なのだ。またミユキ自身は意識していないが町に住む人々は、伯爵たちも含めて彼女の作り出すものや伝える知識で彼女が“ただの”魔道具技師ではないことに薄々勘づきつつある。その為ミユキが協会に所属していることを知らされていない町の人々でさえ、ミユキを無意識的にも大切に扱おうとする意識が芽生えているのだった。


「まあまあ。父さんも母さんもそれくらいにして、そろそろ食事にしない?ミユキだってここまで来るのに疲れているだろうし」


「そうしましょ。いつまでもドアの前に立たせたままなんて申し訳ないもの。ほらミユキ、私の隣の席が空いてるから座って頂戴」


「畏まりました。ミュリエル様。フィオリア様、恐れ入りますが前の席に座らせて頂いても宜しいですか?」


「あ、うん。ミユキの好きにしてくれていいよ。エル、ミユキにあんまり我が儘言うんじゃないよ」


「兄さん私を幾つだと思ってるの?そんなことしないわよ。兄さんこそミユキの前だからって緊張して食べこぼしたりしないでよね」


「な!そんなことするわけないだろうっ」


「そうだなあ。フィオもそこまではしないとは思うが、この間ソファから落ちてたしな」


「そうよねえ。心配だわ」


「父さん達まで…」


そう言って顔を赤らめるフィオの言葉の後にヨハンから食事が運ばれてきたことを伝えられ、それを合図に和やかな食事会が始まった。




「ミユキ。これだよ」


「確かに受け取りました。…では、こちらを協会宛にお願い致します」


「うん。わかった」


デザートとして出されたレモンパイも食べ終わりゆっくりと皆で会話を楽しんだ後、アルヴァ―トはやや緊張した面持ちでヨハンに手紙を持ってくるよう指示を出す。ミユキは戻って来たヨハンから協会から来た手紙を受け取って、同封されていた受取確認票にサインをしてアルヴァ―トに返す。中身の方を読んでミユキは心の中で溜め息を吐いた。


「中身は相変わらずですね。要約すると『王都に来て自分たちの下で働け』ということです。文面から察すると一様は善意からのようですけど、魔道具技師の権利保障を謳う割になんとも中途半端な方々ですね」


「でもそれってそれだけミユキの実力を買われてるってことじゃない?だって王都支部の上の方直々の指名なんでしょ?やっぱりミユキってすごいのね」


「すごいかどうかはともかくある程度能力を買って頂けているのかもしれませんが、あちらに行けば何かと面倒に巻き込まれやすくなるのは確実なので、あまり関わりたくはないのですが…」


(2年ほど前から妙に勧誘がしつこくなり始めたのが気にはなりますが、時期的に“あれ”の件もありますしあまり気にしてもしょうがないですかね……?)


「しかしこう言っては何だが、君自身のためにずっと断り続けるのは良くないのではないか?もちろん私たちとしては、君がずっとこの町にいてくれるのなら願ってもないことだが」


「そうね。でもそれは他でもないミユキが決めることよ。ミユキが彼らの下に行って働きたいというならわたくしたちは応援しますし、ミユキがどうしても無理というなら全力でサポートして彼らから守って見せます。貴方はわたくしたちの命の恩人ですもの」


「そうだな」


ケルヴィン夫妻はそう言ってミユキを勇気づけるようにしっかりと頷く。命の恩人というのは彼らとミユキを結び付けるきっかけとなった出来事なのだが、それは今は措いておくとして。


「確かに仰る通り、拒否し続けるのは無用な確執を生む可能性があります。しかし私は現状この町を出るつもりは毛頭ありません。従ってこちらに書かれているもう一つの提案を受け入れることにします」


「それって……」


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