互いのいきる理由
土手に来てから何時間経ったのだろう。そう思いながら川を眺め座っている僕の方に足音が近寄ってきている事に気がつく。
「ハァ、ハァ」
物凄く息を切らしているのが感じとれる。
「春夫っ!」
僕は、その声に過剰に反応した。高すぎず、低すぎずアルト位の声。しばらく聞けていなかったけど忘れることの無い大切な人の声。
「花火…」
僕が振り返ろうとするとそれを阻止されてしまう。
「前を見たままでいて」
「なんで?」
「いいから!」
「わかった」
「私は今からお父さんとお母さんが私に残した手紙、遺書みたいな物をここで読む。春夫にも聞いてもらいたい」
「え?花火はもう読んだの?」
「先に、お父さんのから。私が泣いちゃっても気にしないでよ」
花火は僕の質問には答えない。というか、もう読むことになっている。この自分勝手な感じも懐かしくそして、その懐かしさが一年後には花火のいない虚【むな】しさに変わっているかもしれない。
「花火へ。まず、ごめんな。こんな形で大切な娘を傷つけてしまうなんてな。父親失格だ。いや、母さんまで巻き込んじゃって男として失格だよな。
花火のこれからの人生が父さんの一番の楽しみなんだ。中学のうちは辛いと思う。もしかしたら、高校でも辛い思いをしているかもしれない。本当に申し訳ない。
父さんの事も嫌いになったろ?
借金して自殺なんてな。だから、少しずつ父さ、ん…」この時花火は泣いていた。鼻を啜【すす】る音がきこえてくる。何を思って僕に聞かせているのかはわからない。けど、意味があるのだと思う。
大好きな両親からの最後のメッセージなんて泣かずにいられるわけない。それなのに…
「がんばれ。花火」
僕のエールに答えるかのよう、花火はまた読み始めた。
「少しずつ、父さんの事を忘れてくれ。いつかは花火も好きな人ができて結婚していくのだろうけど、父さんから一つアドバイスだ。そんな資格ないと思うのなら無視してくれていい。
好きな人ができたら必ず逃がすな。
いるだろ?大切な人がすぐ近くに。
父さんにあと、もう一つだけ言わせてくれ。生まれてきてくれてありがとう。花火の笑顔が父さんの一番の宝物だよ。幸せになった花火と天国で会える日を楽しみにしてるよ。父さんより」
「謝りすぎよ。お父さんのバカ」
花火の事をお父さんは守りたかったんだ。そしてできることなら何年先も一緒にいたかった。おばあちゃんは人生から逃げたというが、ちがう。
花火を守るための最善の策を命と引き換えにつかったんだと今は確信している。そして、この遺書を読んでも花火の決意は揺るがないと言うこともわかっている。
「次。花火へ、母さんは人生から逃げたのよ。あなたを置き去りにして。一生許さなくていい。
でも、母さんも父さんもあなたを世界で一番愛しているのよ。それだけは忘れないでもらいたい。
母さんと、父さんの保険金であなたが生きられるのなら今はそれで充分。
結果的に、あなたから人として一番大切な情を奪う形になってしまうかもれない。けど、生きていれば必ず人生の全てをかけてあなたを思ってくれる人に出会えるはずよ。父さんみたいにね。
あとは、花火を大切に思ってくれる人におねがいしちゃおうかな?
花火をよろしくお願いします。」
花火の感情がどんどん溢れてくるのが背中越しにつたわってくる。
「花火は少し、物事を重く捉えすぎるけどめんどくさくならないでください」
「ならないですよ」
僕がそう呟くと、花火は僕の横に移動して立っている。
「私の方は見ないでね」
「わかってるよ」そう言って花火はまた読み始めた。
「どうか、私と父さんの分まで愛してあげてください。
最後に花火。あなたはどの夏の、どの場所のどんな花火よりも高く、美しく、舞い上がり綺麗な花火を咲かせなさい。
打ち上げ花火と人の人生は似ていると思わない?
いつかは散っていくもの。でも、散る時というのは人生で一番美しくないといけない時よ。その時に物凄くかわいい笑顔で笑っていられるように生きて。母さんはいつでもあなたの幸せを願っています。
生まれてきてくれてありがとう。母さんより」手紙を読み終えると花火は泣き崩れ僕の横にしゃがむ。
僕は、花火の方を向き様子を見ようとしていた、それだけなのに。気がつくと泣き崩れている花火を僕は、抱いていた。
フラれたような分際でしちゃいけない事は充分承知の上。今、花火を一人にしてはいけないような気がした。
(花火は一人じゃない。僕がずっといるよ)
この思いが届いてほしいと思いながら、花火を強く強く抱き締めた。
「一人で読むのが怖かった。こう見えて私は臆病で泣き虫だから。今日だって春夫の小説といい、泣いてばっかり」
「好きなだけ泣けばいい。人の目なんか気にしなくていい。今は涙が枯れるまで泣くといい」
僕の言葉でなにかが吹っ切れたのか、花火は泣いた。泣いて、泣いて、自分の感情をちゃんと表に出してくれるようになった。今は、僕に嘘の感情を何一つ見せず。桜井花火であり、桜田花火の全てを僕に見せてくれているような気がした。
花火の両親は身を呈して死んだ。というよりも、それしか方法が無かったのかもしれない。人として立派とは言えないのかもしれないが男としては立派だったと僕は思う。
僕らはしばらく抱き合ったまま時間を過ごした。思っていたよりもドキドキしないのは、花火を守りたいと言う気持ちが強いからなんだろう。
「私。ずっとこうしてもらいたかった」
「僕もこうしたかった。もう、花火を手放したくない」
花火ももう、落ち着きを取り戻していた。
「でも、私なんかが…」
「小説よんだ?」僕の質問に花火は頷いた。
「小説の最後のセリフ。覚えてる?」
「うん」
「まだ、花火が死にたいと思っているのなら、僕が君すら救えないのなら、僕も君と同じように…」
すると花火の顔が急に近くなった。
(あれ?これってキス)
思いもよらぬ花火の行動に僕は、動揺を隠せない。僕らのの唇が離れると同時に花火が話し出した。
「春夫は死んだらだめ」
「でも」
「一つだけ、聞いてもいい?」
「うん」
「春夫と一緒に生きてもいい?この先もずっとずっと」
今日の花火は僕の言ってもらいたかった言葉をどんどんいってくる。正直嬉しくおかしくなってしまいそうだ。
「ずっとなんてやっぱり嫌だ?」
そう言う、花火の表情は暗くはないが照れているような、少し怯えているような。こんな人を見過ごせるわけはない。それに、花火は僕の世界では何をとっても一番の人だから。
「僕の小説を読んだんだから答えなんてわかってるんでしょ?」
「読んだけど、私はリストカットもしてたし本気で死のうとしたこともある。春夫には…」
この先を花火は声に出さなかった。おそらく、僕の一番傷つく言葉だとわかっているんだろう。
「荷が重いとでも?」
そう言い、僕は、花火の手をとり手首をみて手を当てる。
「自殺をしようとした花火を僕は好きになった。リストカットをしていた花火をそれでも愛せた。確かに一度はビビったよ。僕も臆病者だから。けど、意図的に傷をつけようが、偶然傷がつこうが同じこと。誰だって傷くらいできたことがあるもんさ。でも、僕は花火の心の傷を癒したいと思った。えっと、何て言うのかな~?」
「いつまで、待てばその長話終わる?」
そういって花火を僕の顔をじっとみつめる。
「花火、君が僕の生きる理由の一つになってほしい。」
(これで、伝わるよな?)
照れて下を向いていたが、花火の表情が気になり花火をみると泣いていた。ただ、泣いているのに笑っていた。その意味は僕には分かり得ないモノなのかもしれない。
「以前は生きる理由を探していた。でも見つからないから人生を終わらせようと思った。けど、春夫の小説を読んで理由は要らないのかもしれないって、生きた先に理由が出てくるのかもって思えるようになったの。
ただ、皮肉なもんよね。生きる理由がいらないって思ったら生きる理由が見てかっちゃったの。それが春夫だよ。だから私からも言わせて。
春夫…あなたが私の生きる理由になって」
感動、いやそんな在り来たりな言葉ではきっと表現するこはできない。ただ一つだけ言えることがあるとするのなら幸せ、と言うことだけだ。
「うん。花火が綺麗に咲いて、笑顔で散っていくまで僕がずっとそばにいるよ」
らしくもない事を言った僕が面白いのかもしれないが、花火はまた、泣きながら笑っていた。
そして、見つめ合い、もう一度唇を重ねた。ここには、花火がちゃんといる。もう、どこへも行かせたくない。花火がいるだけで僕のまわりは春のように温かくなれる。
気がつくと、辺りは暗くもうすっかり夜になっていた。
「帰ろうか。花火」
「うん…」
愛する人と手を繋ぎ帰る道は夜でも街灯がなくても明るい道のように思える。
朝にはいなかった、僕の隣には今は花火がいてくれる。いや、これからは花火がいてくれる。
(これからずっと、そばにいてくれるんでしょ?ねぇ、花火)
僕の心の声が届いたのか、花火は僕をみてニコリと微笑んだ。
その笑顔に深い意味はなくただ、心地いい感じがした。




