君すらすくえないのなら…
小説を書き終え、花火の家に持って行ったあの帰りから僕の時間は止まっているようだった。
来年には受験シーズンがやってくる。その為、思いっきり遊べる夏休みというのは高二である今年が最後だった。一日も遊ぶことなく、ましてや外に出ることすらもなく僕は長い夏休みの最終日の夜を迎えた。
(失恋というモノはこれ程までに辛いのか)
花火には本命の工藤がいたとは知らずに、なんて恥ずかしい奴なんだと自分を笑った。
そして気がつくと朝を迎えていた。
「春夫ー!朝よ」母さんのこの声が僕にとっては昔から一番の目覚まし時計だった。目覚まし時計なんかよりも脳裏に響き渡る声量に助けられてはいるが僕は嫌いだ。
眠たい目を擦り、リビングに行くと焼き魚のいい匂いがした。今日の朝食は僕の好物である鮭の塩焼きらしい。
「おう、春夫。元気してたか?」
「えっ」リビングの椅子に座り、先に朝食をとっていたのは父さんだった。
仕事の都合で帰ってこれる日時が伸ばされたと聞いていたからまだ帰っては来ないものだと思っていた。
「春夫、お前失恋したんだって?」
「何いきなり。久しぶりの息子にあって他に言うことないの?」そう言って、僕は、机においてある焼き魚を箸で切り分ける。
父さんは、数秒僕の顔を見て考えたあとに「ない」と言いきりわははと笑いだした。
僕は父さんとの会話は疲れると判断し、すぐ朝食を済ませリビングを出ようとする。だが、その時父さんが真剣な顔で僕に話しかけてきた。いや語りだしたと言う方が正しいかもしれない。
「好きな人がいるのは素敵な事だったろ?失恋で失ったものよりもその人からもらった物の方が多いんじゃないのか?」
語りかけているというよりは問いかけられているような。けど、今思えば父さんの言う通りだと思う。
「うん。花火からは色々なモノをもらったよ。それだけで充分だよね」
花火がいなければ今の僕はできていなかった。ましてや、人を好きになることさえ無かったかもしれない。今思うと僕は、中学の時からたくさんのモノをもらっていたのかもしれない。
「それで、名前は花火ちゃんでいいのか?」
「え?あー、うん」すると父さんがニヤつきだした。僕は、すごく嫌な予感がしている。
「来年、春夫の卒アルから見つけてやるかな」
「はぁ?絶対無理、やめて」
「あら、いいじゃない。父さんナイスアイデアよ。どっちが先に見つけられるのか勝負しましょうよ。」
普段は父さんの提案に(くだらない)と言う割に今回はなぜか母さんも乗り気だ。それが僕にとっては一番の恐怖だ。
「おっ、それは名案だな」そういい、笑う両親が子どもに見えて仕方無い。けど、悪い気はしない。それに、少しだけ元気をもらっているような。
(この、両親ときたらアホだな。でもありがとう)
鞄を持ち靴を履いていると父さんが近寄ってくる。そして、一言「がんばれよ」とだけ言い残してリビングへ戻っていった。
(がんばれよ、か)
「いってきます!」
一緒にいる時間は昔から少ない両親だったけど、やっぱり僕はこの二人の子どもで良かったと思う。たかが失恋だが、そのたかがを気にかけてくれている。それとも、僕がただの恋をしたのではないと気づかれているのか。
いや、恋した人が少し普通とは違うなんて分かる手段すらないのだから僕の思いすぎに過ぎないのだろうな。
どっちにしても両親のおかげで今日はいつもより少しだけ胸を張って歩けそうな気がする。
でも、現実と言うのはそう甘いものではなかった。僕が校門をくぐるとすぐ目の前には工藤が立っていた。まるで誰かを待ち伏せしているような。万が一自分だった時の事を考え、人影に隠れながら昇降口まで行くことにした。けど、それも無駄な努力だったみたいだ。
「おい。春夫」
(今校門をくぐったのは僕含めて五人か。これは、バレる運命だな)
覚悟を決め今度は僕から話しかける。
「一ヶ月前のことまだ疑ってんの?」
僕がそう言うと工藤は笑いだし話を続けた。
「いーや。もう分かってるよ。お前が変な作文用紙をポストにいれてた事も全部」
「え?」
あまりにも予想だにしない発言に僕は、驚きを隠すことができなかった。
「とぼけても無駄だぞ。花火がビリビリに破いてるところをちゃんと見てたからな」
「破って…」僕は、何が起きて何を言われているのか現状を呑み込めずにただ、立ちすくむことしかできなかった。
すると、後ろから罵声が聞こえてくる。ただ、今の僕にはその声の持ち主が誰なのか、なんて叫んでいるのか知ろうとする意思がなかった。ただ、視界に映るものだけを見ている。そんな感じだった。
「工藤」そう怒鳴りちらして工藤の顔面をおもいっきり殴ったのは司だった。
(え?司。なんで)
「いてーな」
「おい、お前らなにしてんだ」
騒ぎを嗅ぎ付け近寄ってくる先生。先生は倒れている工藤の事をかなり気にかけている様子だった。
「大丈夫か?工藤」
「はい。平気です」そう言って優等生ぶった工藤の顔は作られただけの表の顔。こいつは偽善者なのだから。
「いきなり、理由もなく殴られたもんで僕も良く分からないのですが、おそらく彼の勘違いかと思います。僕は、大丈夫なので穏便にすませてください」
(人と言う生き物はこれほどまでに嘘が上手いのか)
あまりの言いように腹が立ち僕が割ってはいろうとしたが、その時僕より早く口にしたのが司だった。
「穏便?ふざけるな。俺は知ってるんだぞ。あの噂を流して無理矢理付き合わせていることも」司の言う噂とは中学の時の花火のやつを差すものなのか。司の言うことが本当だとしたらあの夜も無理矢理…。
けど、笑っていた。二人は仲が良いように見えた。結局は自分の目が一番信用できる。だから、花火とは無関係の話だと僕は判断することにした。
けど、いつも温厚な司がこれ程までに取り乱しているのは珍しい。
「司。行こう。時間の無駄だじゃない?」僕が穏やかな声でそう囁くと司は少しだけ我に返ったみたいだ。
「けど、このことだけは…」
(ここまでして引かないなんて。司の言ったことは花火の事なのかもしれない)
だとすると、司は僕のためにいつになく怒ってくれていたんだと思い、物凄く嬉しいかった。
「杉山まて」そう発せられた先生の声に僕と司は後ろを振り替える。
「杉山、人を殴るってのはどういう事かわかってるのか?人違いだったとしてもやっていいことじゃない。工藤にしっかり詫びをいれるのが普通だ」
「待ってくださいよ。もともとは…」
「いいんだ。普通に僕が悪いから」と言われ僕は司に止められてしまう。先程までの闘争心は消え去った。
「ごめんね。工藤くんに酷いことしちゃったね」
謝罪。にしては妙に威圧感のある声色だった。
「いいんだ。気にしないで」
いつ見ても気にくわない工藤の表の面。
こうして、事は丸くおさまったと思っていたが朝の出来事以降、司の姿が見えない。
今朝のことで司が工藤に目をつけられたのだと思い僕は司を探しまくる。なのに何処にもいない。
その時。「春夫」と誰かに呼び止められた。振り替えるとそこにたっていたのは高嶺だった。
今朝のことでまた何か言われるのだと思い僕が無視すると高嶺は僕を追って走ってきていた。
「また、はぁ、はぁ、逃げんの?」そう言い放つ言葉に強さはなくただ、息が切れいているだけだった。
「逃げたんじゃなくて、余計な時間を裂いただけだよ」僕が立ち去ろうとするのを腕をつかみ阻止される。
「なに?」
「司は別室で反省文と話だと思う。それより春夫にちゃんと謝りたいんだ」
「君が僕に謝る?なぜ?」僕は高嶺の言っていることは何一つ信じるつもりがない。でも、高嶺の顔つきがいつになく本気だった。
「中三の頃の花火の噂を信じて、精神的に花火を追い詰めてた。花火は最悪な人だとずっと思ってた。なのに、工藤は、いや進は私を振って花火と付き合いだした。それが私の中で一番気にくわなかった」
(この話、僕関係なくない?それに、話事態もうまく伝わってこない)
「春夫と花火は素っ気ないところが良く似てて、なんか春夫にも八つ当たりしちゃってた。ごめん」
高嶺は高いプライドを捨て僕に謝っているのだろう。そんな彼女の女離れした強さには心底呆れてしまう。
「逆恨みにも限度あるでしょ」
そう言って笑う僕を不思議そうに見てから高嶺が問いかけてくる。
「怒らないの?」
「もとから、そんなに気にしてないよ。それに話聞いてると花火のせいってのも少しあるしね。花火だって悪いところあったんだしお互い様だよ」
すると、高嶺は首を大きく横にふり僕の言葉を否定した。
「違う。悪いのは花火じゃなくて全部進」
「工藤が?いくらなんでも全部は押し付けすぎだと思うよ」
「春夫はあますぎるよ、本当に全部進が発端なんだ」
「根拠は?」
僕自身、花火は少しも悪くないと信じている。だからこそ、高嶺の発言に食いついていた。
「ある。まず、花火は進が好きで一緒にいる訳じゃない。そもそも、二人とも付き合ってる感じは出しているものの中身は違う。春夫は恋人同士だと勘違いしたんじゃない?」
「うん」
僕の心の中が喜びにと困惑に溢れてくるのを肌で感じていた。
「そして、進本人から情報を得ることができたの。夏休みに花火との関係を進に問い詰めた事があったの。それでちょっとした言い合いになって、私が花火の噂のことに触れたの。親を自殺に追いやったと言う根も葉もない噂のこと。そしたら、『あの噂は嘘なんだよ。俺が流したデマだよ。花火が俺のことを意識してくれないからさ、ちょっと痛い目に合わせてやろうと思ってさ』っていっていたの」
(やっぱり、中学の頃の花火の噂は工藤が。なら司はやっぱり花火のためにか)
事実を聞いても予想通り過ぎて驚きもしない。でも、表情一つとして変えない僕が変に見えたのか、高嶺は「大丈夫?」と尋ねてきた。
その質問に僕は「うん。続けて」と答える。すると、高嶺は頷き話続ける。
「話を聞いてくと意外なことが分かったの。花火のお父さんは進のお父さんに何百万もの借金があったらしいの。それで、その借金の請求は、娘である花火に向けられた」
「それで?」
「当然、何百万なんて払いきれない。そうなると今度は花火のおばあちゃんに請求がいくことになる。それを避けるために進が何か条件を出したんじゃないかな」
「その条件ってなに?」
僕は高嶺に詰めよりそう問いかけた。だが、高嶺は首を横にふり「わからない」と呟いた。
「なんで、そこだけわかんないんだよ」
僕は一番大事なところがわからないということに少し苛立ちを覚えていた。ただ、それもほんの数分程度のことだった。
「知らないものはしらない」そういい、背を向ける高嶺の肩を僕は掴んだ。
「いったいっ」とかなり痛そうにして高嶺は肩を抑えた。
「えっ?」
あまり強く掴んではいないはず。ましてや僕はかなりの非力だから痛いはずがない。それなのにこの痛がり方。ただの怪我とは少し違うような気がした。けど、あくまでも僕の勘にすぎない。
「肩みせてよ」
「はっ?み、見せられるわけないでしょ。変態!」高嶺は腕を組み、僕を真っ直ぐ睨みつけ完全に警戒モードに入ってしまっている。だから、肩に何があるのか見るのかやめることにした。
それにワイシャツを着ている人の肩を見るとなると下着も見てしまう可能性がある。自分がデリカシーの無い人だとは今まで知らなかった。
「ごめん。僕はデリカシーの無い人だったみたい。今まで気がつかなかった」
(たぶん、工藤にやられたのだろうな)
「なに?それって反省してるの?てか、話し方少しうざっ」
今高嶺が発した『うざっ』に殺意に似たようなものはなく、特に怒っているようにも見えなかった。その証拠に高嶺は少し笑っていた。
(高嶺もこんな風に笑うんだな)
笑いやむと高嶺がすぐに話し出した。
「条件がなんであれ、例えあろうがなかろうが、あの二人が一緒にいることを想像するだけで逃げたくなるの」
泣いていないのに泣いているような、寂しそうでクールな表情をする高嶺。僕はこの表情をよく知っている。花火や花火のおばあちゃんが時々する表情によく似ている。
そして、この表情をみて僕は自分の愚かさを思い知る。花火が望むのなら、幸せならばと一度諦めた思いが今揺らいでいる。僕も高嶺と同じ気持ちなのかもしれない。けど、僕が近くにいれば必ずしも花火の邪魔になる。
「ごめん」
僕がそう言って高嶺に深く頭を下げると高嶺は動揺してしまっているようだった。きっと、なんで謝られているのか不思議で仕方無いのだろう。けど、当然のリアクションだ。
「なんのごめん?」
僕は迷わずにその質問に答える。
「高嶺が教えてくれた情報のおかげで自分の気持ちとするべき事が分かった。だから、ごめんというよりはありがとうだね」
「そんな、たいしたことじゃないよ。それでするべきことって?」
「信じて待つ」
「行動しないとずっとあのままだよ?」
(待つことは辛い。また来てくれるかもわからない。けど、待ってこないならそれは花火が決めた幸せ。僕には決められやしない)
「高嶺はあの二人を別れさせるために僕を味方しようとかおもってるんじゃないの?」
高嶺は僕の目を見てくれなくなってしまった。それでも僕は話続ける。
「僕に高嶺の手伝いはできない。けど、あと一年くらいであの二人が別れてる可能性は充分にあるよ。まだ、諦めちゃダメだよ」
高嶺は僕の言葉に過剰に反応し僕の目をじっとみつめ何かを言おうとしている。
「信じてもいいの?」
「うん。六割くらいの確率じゃないかな?」
「根拠はあるの?」そう問い詰める高嶺の目は僕を見ているようで僕を見ていない。そう感じさせるほど高嶺は工藤進の事を想っているのだろう。
「あるよ」
その言葉にただ、ぼけーっとして僕の顔を見ている。
「じゃあ、何で春夫は泣いてんの?」
「えっ?」
自分では気がつかなかった。ただ、言われて気がついた時にはもう遅く涙が少しも止まらなくなってしまっていた。拭いても、拭いても拭き取れない頬をつたう雫。
「本当にどうしたの?ハンカチいる?」
(今は、優しくしないでくれその優しさが今の僕には何故か辛い)
「大丈夫」
「大丈夫なわけないでしょ」
高嶺の言う通り、決して大丈夫とは言えない精神状態だ。だから、僕は黙って学校を飛び出した。午後の授業をふけて学校から出るなんて、完全に不良がすること。僕は、なぜそんなことをしてしまったのか良くわからない。ただ、僕は学校に戻ることはしなかった。
気がつくと僕は、花火との思い出がある土手に来ていた。ここにいるときは心が落ち着いて全ての事を整理できる。そんな気になれる。
さっきの僕は、心の奥にしまっていた気持ちが漏れだし、口にしてしまったから悲しくなり感情が抑えられなかったのだと今は、ちゃん理解している。
おそらく、花火はおばあちゃんの失くなる時期に合わせて死のうと考えている。
僕の書いた小説ごときで花火の気が変わる訳じゃないことも理解している。もしかしたら、花火は本意で僕の書いた小説を破り捨てたのかもしれないとそんな気さえしてきた。
今日の天気は曇り時々雨。僕の心の天気と全く同じ。
どれ程自分が成長したと思っていても大事な人を死から救えない現実を知っている僕の心に崩壊は無くとも晴れ間もない。
辛さが勝ってしまう出会いならなぜ僕と花火は再開したのか。
運命というのは常に残酷なモノを見せたがる。幸せと辛さは背中合わせと花火に言ったことがあるけど、本当にこの辛さの後ろには幸せがいてくれるのか。
(花火、君は今も死ぬことを考えて生きているの?)
(僕は、君に生きていてもらいたい。例え、おばあちゃんが君をおいていくことになろうとも、君の足で一歩ずつゆっくりでいいから、僕と一緒じゃなくてもいいから。それすら、叶わないのなら、君すら救えないのなら僕も君と同じように…)
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夏休み明けという事もあり、かなり久しぶりの登校になる。今日はいつになく足取りが重い。
理由としては夏休み前からずっと休んでいたから学校で一人になる。それだけの事。
学校につき、教室にはいるとクラスメイトの視線が一度集まるが、案の定誰も私に興味がないらしく何もないかのように時が過ぎた。
いつもなら気まずいとか思ってしまうけど今日は思わない。むしろ好都合だと思っている。
なぜなら、今私には読むべき小説が一つある。私にとって他にはいない唯一の人が私のために書いてくれたであろう小説。
家のポストに入っていた時はすごく驚いた。でも、あの日春夫が私と進に鉢合わせる少し前に届けてくれてきたと思うと驚きや、嬉しさなんかよりも悲しみが強く心の痛みの方がある。本当は私なんかが読むのには勿体無い。でも、一度読んでみたいとそう思っていた。
けど、進に『気味が悪い』と言われ原稿用紙を破られてしまった。でも、どうしても読みたいという欲があり、夏休みの間少しずつテープで貼っていた。
そして、一昨日に修復作業が全て終わった。だから昨日の夜から読み始めている。どれ程書かれているのかは修復作業の時にわかった。
席が運良く、一番後ろの一番端だから授業中も隠れて読むことができる。
この小説を今日中に読み終え、そのあとは春夫に一言「ありがとう」と伝えたい。小説の事だけじゃない。今までの事全ての気持ちを込めて。きっと、それがこの世での最後の会話になる。
午前の授業を終えたところで小説は七割程読み終えていた。授業中、何度か泣きそうになってしまうが何とか堪えきれた。
(春夫の作った話が自分と重なって感情を隠せない。この先の展開を考えるなら人のいないところで読まないと変に思われちゃうよ)
私はそう思い教室から理科室へと場所を移すことにした。理科の先生は今日は出張行っている。そのため理科室は空き部屋代となっていて、万が一授業が始まっていてもばれることはない。安心して読める。
昼休みにもうけられる時間は約一時間。おそらく一時間もあれば読み終わると思うが、そのあと目を腫らして教室にいくのは避けたい。とのなると合計一時間じゃ足りなくなる。
そんなことをぐだぐだ考えていたが読みだすとあっというまに小説の世界へと引きずり込まれる。
その世界には私と同じ様な人がいて、私と同じ様な人を愛する人がいて。この小説での一つ一つの言葉は春夫から私宛のメッセージなのかもしれない。そう思うとなぜか、嬉しい気持ちと悲しい気持ちがいりまざる。
この小説を読んでいる時は涙、悲しみ、孤独、恐怖、私の抱えている色々なモノがどこかへ行ってしまっているように思えた。
そして、小説はクライマックスを迎えていた。
この時私はすでに涙腺崩壊していた。この中でも主人公の男性が最後にヒロインへいい放った言葉に涙とは違うような、なにかが私の心の中から落ちていった。
『死を選ぶ君すら救えないのなら僕も君と同じように死を選ぶ』
この言葉を読んだ時、決して目では見えてこないなにかが涙と一緒に私の中からこぼれ落ちていった、とそう感じる瞬間だった。
その時落ちたモノはきっと、死という固い固い覚悟。
(春夫、あなたには生きていてほしい。もし、春夫の人生にこんな私が必要なら、もし私の生きる理由に春夫がなってもいいのなら私は…)
「何してんの?てか、泣いてる?」
あわてて涙を拭き振り返るとそこにたっていたのは進だった。
「なにもしてないし、泣いてもない」
「あっそ。なに?その手に持ってる気味悪い原稿用紙」
そう言い、進は私の持っている原稿用紙を奪いとろうとする。
(やめて、さわらないで。私の大切なものを汚さないで)
「さわらないでよ!」
私の心の声が外にまで漏れてしまった。心の声が外に漏れたことなんて今まで一度もなかったのに。私は今、間違いなく変わろうとしている。
「それ、春夫のだろ?」
「だったら?」
「なに、その反抗的な態度。わかってるよね?花火のお父さんが残した借金の額」
黙り混む私に進は近づき原稿用紙の入っている袋ごと奪おうとする。でも、ここで渡してしまえば何も変われない事を私は心で理解していた。だから、必死に抵抗し続けた。
そんな私を進は力ずくで突き放したがその時の衝撃で紙が散らばってしまう。
「くそ。何枚書いてやがんだよ、あの陰キャ」
私は自分の無力さに泣き崩れてしまいそうになるがその時、私の目の前に一枚の手紙が偶然か、いや必然かのように落ちてきた。
(手紙?それにおばあちゃんの字)
『花火ちゃんへ。あなたが工藤という男性と付き合っていることは知っているわ。けど、それは本心かしら?もし、あなたが両親の死の真相を知っていたとして、もしあの男性があなたの父の借金をしていたという工藤さんの息子さんだとして、もしその借金が理由で断りきれないのならお付き合いを断りなさい。借金の事で脅されているのならあなたは騙されているだけ。借金ならあなたの両親がとっくに返済しているのよ。
領収書が欲しいのなら病院に取りに来なさい。大事に保管してあるのよ。あなたを縛るものは他にある?無いわよね。今から言うことは春夫くんの小説を読み終えたものと考えて言うね。
花火、あなたのためなら春夫くんは死をも恐れない。あなたは生きて春夫くんに幸せてにしてもらいなさい。
おばあちゃんより』
この時、私を縛る物は何一つなくなった。手紙の裏には『領収書本当にあるからね!』と書かれていた。
(おばあちゃんったら。私はそんなに人の話を信じないと思われてんのかかな?)
でも、これで百パーセント信じれた。結局おばあちゃんには私の事なんて何でもお見通しだったんだ。
(ありがとう。おばあちゃん)
「進。ごめん」
「さっきの態度の事か?」
「違うよ。私は進を好きだともなんとも思ってない。だから進とはこれで終わり」
「は?どういう事?てか、前に言ったよね?花火がそういう行動をとるとおばあちゃんにどんだけの負担が…」
私は進の言おうとしていることを予想して話を割り込み真実を言った。初めて進に強気になれた。
「借金は返済してるらしいよ、領収書もおばあちゃんがもっている」
進の怒りの感情は近くにいる私に直で伝わってくる。そしてその動揺する姿から借金の返済が終わっていることは間違いないと確信した。
「花火、お前は俺といれば何一つ苦労なく生きられる」
「そうね、お金持ちのいえに嫁げば苦労はないわ。けど、苦労は無くとも本当の幸せも無い。私には幸せをあたえてくれる人がいる」
「春夫か?あいつの何がいいんだ」
私はこれまでの春夫との楽しかった思い出、悲しかった思い出全てを思いだしながら答える。
「春夫は人の心をみて話す。人に怒るより人を愛することに尽くすことができる。誰かのために生きる覚悟と器を持っている。生きることに誰よりも一生懸命で誰よりも私を愛してくれる」
そんな私の答えに進は笑いだした。
「世界で一番私を愛してる?あんなすかした陰キャは覚悟も器もない。ましてや、人を愛するなんて綺麗な言葉を使うほどの人じゃねーよ」
「いーや、花火ちゃんの言う通りだね。ハルちゃんは誰よりも花火ちゃんを愛してるし、覚悟も器もある。少くとも工藤よりはな」
突然現れたのは司君だった。なぜだか、かなり息切れしているがその表情は嬉しそうにみえた。
「花火ちゃん。ハルちゃんがいなくなった。心当たりのある所探してみてよ。多分学校外」
「えっ?春夫が?なんで」
「なんでって。花火が関係してるに決まってるじゃん。私は、あんたの事思って泣いてるように見えたけど?」
「え、泣く?春夫が?って、高嶺さん!いつからいたの?」
「いいから早く行ったげなよ。離したくないんでしょ?」
私はその言葉に深く頷く。すると進が割って入ってくる。
「高嶺お前まで、あの陰キャ野郎につくのか?俺の事好きなんだろ?」
そう言って高嶺さんに救いの手を伸ばすがそれも無意味だったようだ。
「ごめん。進の事を好きだったのは過去の私であって、今の私じゃない」
「工藤。表向きの温かさだけじゃ、人は愛せないんじゃないの?」
「春夫はさ、人の心を理解しようとする。だから人のために泣けるし、本来嫌われてもおかしくない私とも普通に話す。花火も同じ。そんな春夫と花火の邪魔はもうやめようよ」
司くんと高嶺さんに言われてかなり心にきているのかわからないが進はふらーっと理科室を出ていった。
「司くん、高嶺さん、ありがとう。一人ですごく怖かった」
原稿用紙を拾ってくれている二人に泣いて頭を下げた。すると、二人は顔を見合わせ笑っていた。
「花火ちゃん泣きすぎでしょ」
「そうだよ。花火は強いよ。あと、その、中学の頃から今までごめん。変な噂とか信じて勝手に逆恨みもして。許してもらおうなんて図々しいけどごめんなさい!」
「私も親友に隠し事しすぎてたよ。ごめんね」
私は春夫との事の前に高嶺さん、いや、琴羽ちゃんと仲直りがしたかったのかもしれない。
色々あったけど、今となっては私と春夫の事を応援してくれている。でも、一緒になれるとは決まっていないんだ。
正直、春夫となら未来も明るくなるかもしれないと今は本気で思っている。が、私なんかがそんな幸せを望んじゃいけない気がして、春夫の前ではこの気持ちとは逆の事を口にしてしまいそうだ。
ただ、今は春夫に謝りたい。春夫に会いたい。そんな感情が私の身体を動かす。理科室を出ようとした時、司君に呼び止められた。
「花火ちゃん。これ」といい、封筒を渡される。その封筒には『花火へ(父さん、母さんより)』と書かれていた。
「これって」
「ハルちゃんに会う前に読んどいた方がいんじゃないかな?」
「わかった。ありがとう」
「琴羽!いってくるね!」
「うん」そういい、頷く琴羽ちゃんの頬には涙がこぼれていた。私はその涙をみて勇気をもらった。
そして、私は理科室をあとにした。丁度この時に六限目が終わっていたことに気がついた。
「ねえ、高嶺さん」
「なに?」
「花火ちゃんってあんなに泣いてあんなに明るい人だったの?親友だったんなら分かるでしょ?」
「そう。もともと喜怒哀楽の激しい子。でも、いつの間にか心を閉ざしてた。結局花火が今笑えているのは春夫のおかげだよ。私も春夫の変な毒にあてられたかも」
そう言い春夫の書いた原稿用紙をじっとみつめる高嶺さんが司には素敵な女性だと思えていた。
(ハルちゃん、君は人の心をいい方向に持っていくだけのなにかを持っている。心を動かせるなにかを。僕も、花火ちゃんも高嶺さんでさえも君と関わって以前とはいい意味で変わったよ。)
ありがとう。桜木春夫。
がんばれよ。ハルちゃん。




