表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君と僕の生きる理由  作者: 心月みこと
4/8

春夫の気持ちと花火の秘密

 僕は、花火に恋をしているのかもしれない。

 十七年間生きてきて恋をしたのはたったの数回だけ。それも、小学生の頃で最後。

 女性に恋をするという感覚はもう覚えていない。だから僕の花火に対する気持ちが恋というものからくるものなのか僕一人じゃ分かり得ない事だった。

 だから、この気持ちに名前が付くことは無かった。

 


「ただいま」

 学校から帰宅すると母の声がした。

「おかえりなさい。そうだ、春夫」

「なに?」

「明日からもう六月でしょ。そろそろプールの授業じゃないの?」

「かもしんない。でも、僕は水中が嫌いだから。なんか、息苦しいんだよね」

 僕がそう、冗談めかしく言うと母はため息をついた。

「みんな息苦しいんもんだって。バカ言ってないで水着探しておきなよ」

「そのうちね」と探す気がないことアピールするように言った。

 花火と病院に行った日から僕と花火は週に一度だけ二人で帰るようになった。そのかわりと言うべきかは分からないが校内での交流はなるべくしないようにしている。もちろん僕から言い出したことだ。

 最初は、外も内も同じと反対されたが、今は僕の提案を呑んでくれているみたいだ。結論、僕と花火には特に変わった事はない。関係も距離感も…

 一つ大きく変わった事といえば母親の突然の帰宅くらいだ。四月に出張に行って一ヶ月と少しで帰ると言ってたから予定通りと言えば予定通りだ。

 けど、うちの母親は連絡するという行動を知らないらしく、いつも突然帰ってくる。今回に限ってはそれだけじゃない。僕が花火と二人で下校してる時に鉢合わせた。

 だから「春夫に彼女ができた」とうざいくらいに興奮していて、その晩にわざわざ父さんにも電話して伝えていた。おかげで僕のマイホームパラダイスは若干地獄となった。

 でも、明日は祝日で丸一日花火と遊びに行くことになっている。

 今の僕の唯一の楽しみは読書と花火との遊びになっている。遊びと言うよりは語り合いのようなものだな。

『ブーブー』

 誰かからメールが来た。おそらく花火が明日の時間を確認してきてるんだろう。そう思い僕はメールを開く。

『明日行けなくなった』

『しばらく高校も休む。詳しいことは落ち着いたら話すね』

 突然のキャンセルに加え学校も休むことから、おばあちゃん関係の事だろうとは思えた。僕にできる事はないかも考えようとしたが、他人が口出しする事でもないと諦めた。

『分かった、一応何かあったら連絡してほしい』

 僕の明日の予定は消え去り丸一日暇になった。なにもすることがない。だから本でも読んで時間を潰そうとおもった。

『ブーブー』

 花火からだと思い慌てて携帯を手に取りメールを開く。だが、送り主は花火じゃなく司だった。すごく残念な感じがする。

 司からのメールでこんな気持ちになったことなんて今まで一度もなかったのに。そう、司のメールが嫌だったんじゃない。花火との予定が崩れたから嫌だったんだ。そして何があったのか心配なんだ。でも、司は花火が…。

『明日、散歩でも行かない?』

 正直、行きたくない。けど、今の気持ちを相談できるのは司だけ。でも、やっぱりと僕は思いとどまる。だって、司も僕と…。

 次の日、丸一日暇になっていた僕は本を読みながら花火のメールを待っていた。けど一通もメールが来ない。

 おそらく、明日は高校にも来ないだろう。僕からメールしようかとも何度も思ったけど、文字を打ってはなんども消してしまう。

 そんなことを一晩中やり、考えていたら朝になっていた。

「春夫。今日はプールじゃないの?」

 朝から大きな声でしかも少し怒鳴り気味に言われる。だから母親はめんどくさい。

「なんでプールプールってうるさいの?」

「あんた自分のもらってきた手紙すら読んでないの?」

「手紙?」僕の記憶には手紙などない。

「これよ」そういい手紙を見せられた。

「あー。これプールのやつだったのか」母さんがいないときに机に置いておいた手紙だと僕は思い出した。

「あー。じゃなくて今日からだって書いてあるよ」

「うん。そうみたいだね。でもいいよプール好きじゃないし」僕がそういうと母さんが心配そうな顔で僕に問いかけてきた。

「あんたさ、苛められたりしてないよね?」

「僕が?友達がいないだけだよ」

「そう?友達もちゃんと作りなさいよ」

「そのうちね」と言い適当に流す。

 それから僕はいつもの公園に向かった。公園には既に司がついていた。

「おはよう」

「おう。ハルちゃん。おはよ」そう言い手をあげる司のとこへ僕は歩いていく。それから二人で学校に向かって歩きだす。

 昨日は一日中花火のメールを待っていた、にもかかわらずこない。

 朝も何回か確認したがやはりきていない。やっぱり、なにか大変なことがあったに違いない。

「まさか」

 思わず声がでてしまった。

 僕はある予想を立てた。何かあったとかそういうレベルの話では無かったんじゃないか。

「何?まさかって」

 司の言葉で僕は現実世界に戻された。

「いや。なんでもないよ」と誤魔化した。

 すると司はいつも通りのぱっとしない顔で僕をじっと見てから話し始めた。

「今日一緒に帰んない?」

「久しぶりだね。勿論いいよ」と僕が言ってそれに反応して司が「おう」といい少し笑った。

 学校に着き、帰りの待ち合わせ場所だけ決めて僕は教室に向かった。

 僕が廊下を歩いていると「春夫ー」と後ろから誰かに名前を呼ばれた。

 学校で人に話しかけられるなんて実に久しぶりのことだ。でも、嬉しいわけではない。むしろその逆だろう。 

「なに?」と僕は振りむく。

「中学の面子で食事会した時以来だよね」

「あっ」

 顔を見てみるとそこに立っていたのは高嶺琴羽だった。高嶺とは食事会に来ていた女子の一人で花火の隣を独占していた人だ。そして僕の嫌いな人のうちの一人だ。

「春夫ったら進にビビって先に帰っちゃうからちゃんと話せなかったよね」

(そうか。僕はビビって逃げたことになっているのか)

 ちなみに進とは工藤のことだ。

 それにしても、高嶺のニヤついた顔がムカつく。花火の時とは全く違う。僕は無視して教室へ向かうことにした。すると、後ろから強い力で肩を引っ張られた。

「なに?」

「私のことも怖いの?春夫逃げてばっかじゃん」

 こいつはなぜわざわざ僕のとこに来たんだ。何を言いたいんだ。

「そうだよ。君達が怖いんだよ。だから必死に逃げてるんだよ。文句でもあるか?」

 すると高嶺が表情を曇らせた。

「ほんっと気にくわないよ。あんた達」

そう言い高嶺は去っていった。今はひとまず助かったと言うべきだろう。けど、ここの高校には工藤もいる。気を付けなくちゃいけなくなってたかもしれない。それにあんた達ってことは他にも…。

 僕は帰り道でその事を司に話した。すると司は心配そうな顔で話し出した。

「気を付けてね。高嶺と工藤って影で俺らみたいなやつ苛めてるらしいから」

(それであんた達ってことかな)

「へー。前から思ってはいたけど本当に人として終わってるんだね」

「みたいだね」そして数分沈黙が続く。

 沈黙を破ったのは司だった。

「俺さ、ハルちゃんが好きな分心配なんだよね」

 いきなり真剣な顔で気持ち悪いことを言われ、僕は少し距離をとる。

「いやいや、引くなよ」司にそう言われ「ごめん」と笑いながら距離を戻した。

「ハルちゃんはいつ花火ちゃんにコクるの?」

「な、なに言ってるんだよ。そんなことしないよ」

 まさか司からそんなこと言われるとは一ミリも思っていなかった。だからかなり動揺してしまっていた。

「てか、こっちの台詞。司はいつ花火にコクるのさ」

「え?俺は花火ちゃんのこと好きじゃないよ?」

 司は良い奴だ。きっと僕の気持ちを優先してくれているんだろう。けど、一つ疑問がある。僕は司の前ではほとんど花火とは話さないように意識をしていたはず。なのになんで…。と、考えていると司が話し出した。

「ハルちゃんには悪いことしたかもしれない。けど、やっぱりハルちゃんには」

「どう言うこと?話が理解できない」

 僕がそういうと司が「はっ」となり一から説明を始めた。

「俺はどうしても花火ちゃんとハルちゃんをくっつけたかったんだよ」

「なんで?」

「今は話を聞いて」と司に言われ「わかった」と僕は合図した。

「くっつけたかったんだけどさ、思い返すと二人とも中三になってからほとんど話してなかったみたいだし、高校も違うし。けど、工藤が中学の人誘って食事会しようとしているのを聞いてさ。しかも、花火ちゃんが来るとも言ってたからさ、思いきって行きたいってことを伝えたら人手がほしいらしくすんなりオーケーもらえて。それで花火ちゃんと会わせるためにハルちゃんもって、言っていれてもらったんだよ」

「司が行きたいっていったのか」

「うん。余計なことしてごめん」

「そんなことない。けど、なんで僕と花火?それに、お互い好きになる確率なんて一パーセントあればいい方じゃん。それなのになんで工藤なんかに頼んでまで…」

 僕が司にそう問いかけると司は笑顔で話はじめた。

「中学の頃クラスの大半に嫌われてて誰もまともに口を利いてくれなかった。けど、、花火ちゃんは普段通り話してくれた。嫌がらないでくれた」

「知ってるよ。僕も見てたから」

 そう、僕が上野動物園で話した素敵な女性は花火。そして嫌われていたクラスメイトが司だった。

「だから、花火ちゃんは僕にとっての恩人なんだよ」

 確かにそう思うのは人として必然のことだ。

「それと、もう一人」司がそう言い出す。

「もう一人?」

「ハルちゃん。君が僕の中では一番の恩人」

「僕?」

「そう」

「なんで?僕は司を見過ごしてたんだよ?むしろ逆でしょ」

「確かに。でも、ハルちゃんも花火ちゃんと同様に僕を一人の人として接してくれた。友達にまでなってくれた。僕にとっては、それだけで充分以上だったんだよ」

「久々に聞いたな司の僕…」僕がそういうと司は笑顔で話だす。

「覚えてるでしょ?ハルちゃんが僕に言ってくれたこと」

「忘れたよ」

 思い出しただけでも顔が赤くなるような、確かかなりくさい台詞だったような。

「ハルちゃんが自分のことを僕って言うからなめられるんだよ。俺って言えばなめられない。司が一人で変えるのが怖いなら今から司が俺で俺が僕だ。っていってくれたんだよ」

「どういう意味だよな。中学の頃のダサさがよみがえってくるよ」そう言い二人で笑った。

「確かにくさい台詞だけどさ、ダサくはないよ。だってその日からハルちゃんは自分のことを僕って言うようになったじゃん」 

「そんなの気まぐれだよ」

「それでも、僕のために一緒に変えてくれてると思うとそれだけでうれしかったんだよ」

「バカじゃん」僕がそう言って照れ隠しに笑った。すると、司も笑いだす。

「話それちゃったけどさ。僕が花火ちゃんと話してるとき、ハルちゃんの名前がでるとすごくかわいい顔して笑うんだよ。中学の時から。今もそうだった。花火ちゃんの心は昔と何一つ変わりない」

「花火の心?」

 僕がそう聞き返すと司に呆れたような顔をされた。

「気づいてるくせに。それはともあれ、ハルちゃんには花火ちゃんしかいないと思うんだ」

 そんなことを思っていたからって司がどうこうする問題じゃない。でも、そこまで言いきるには理由がある。僕はその理由が知りたい。

「その根拠はなに?」

「んー。勘?でも、二人とも同じ匂いがするんだよね。僕は恩人の二人には幸せになってもらいたい。幸せのドアを開く鍵がすぐそこに落ちてるのに二人して見えてないふりするから焦れったくて」

 僕は、司と話して一つ分かったことがある。それは花火と僕を一番理解してるのは司と言うこと。そして、僕の花火に対する気持ちに司は僕よりも早く気がついていた。

「僕は、花火のことが好きなんだ。他の誰よりも花火だけが」

「知ってるよ」

 司は今まで僕に見せたことのない優しい顔をしている。

「もう少しだけ素直に生きてみるよ」と僕が言うと「懸命だな」と一言だけ司に言われた。

「偉そうに」と僕はそう言い笑った。

 僕らは「さよなら」は言わない。言わなくてもお互い分かりあっている。

 今の僕と司は親友を越えた関係だと思う。司と話して気持ちが晴れたせいか、今日の空はいつもより何倍も青く澄んでいて綺麗に見えた。そして、僕は、あることを決めた。

 司と話終わると、僕は急いで病院へ向かうことにした。花火が大変なら力になりたい。花火のおばあちゃんが苦しいなら支えになりたい。

 二人の時間を割いてしまうかもしれない。それでも僕は二人のために何でもしてあげたいと思っている。邪魔と思われる素振りがあればやめれば良い。

 僕は走った。とにかく全力で走った。けど、運動不足の身体は途中から言うことをきいてくれなくなってきた。足に力が入らない。息が苦しくて辛い。横っ腹も痛くて今にも歩きだしたい。

 もともと走る必要がないのは分かっている。でも、素直になれなかった自分に罰をあたえたかったのかもしれない。

 ふらつきそうになる身体を心で無理やり動かした。そろそろ本当に限界かと言うところで病院が見えてきた。最後のほんの何メートルかを一番のダッシュで行った。

 僕は病院に着くとすぐに八七一号室へ足を運んだ。ハナビという号室だから間違いなく覚えている。

 病室の前に着き僕は一息つく。そしてノックを二回して病室のドアを開ける。

「失礼します」

 病室にはおばあちゃんの姿はあったが花火はいない。

「こんにちは。いきなり押し掛けてすいません」

「どうしたんだい?」おばあちゃんは目を丸くして聞いてくる。 

 特に変わりはないように見えるけど心配かけないように平然を装ってるかもしれない。

「昨日、花火さんからメールがきたんですけど、しばらく学校に行けないと。それで、おばあちゃんに何かあったのかと思いまして。邪魔物なのを承知な上でなにか手伝えることはないかと思ってきました」

 するとおばあちゃんが優しく笑いだした。

「春夫くんの早とちりね。私はまだ元気だよ。でも人にとって誰かのために何かをしたいって思うことは大切なんだよ」

 その言葉はやはり温かく力強い。それよりも、おばあちゃんは花火のことを何か知っている。孫が学校に行かないと言ってると聞かされてもいつも通り落ち着いているのがその証拠だ。

「じゃあ、花火さんはなんで?」

「花ちゃんに本当の過去のことはきいてないようね」

「はい。知る必要のないモノだと思ったので」

「春夫くんにとって花ちゃんはなに?」

 急に真剣な顔つきでしかも、僕にとっての花火は何かときいてくるもんだから僕は、動揺してしまった。

「花火さんは大切なともだ…」

 僕の脳裏を司が横切り(ハルちゃん素直にね)と言われてるような気がした。

 素直に生きていくと決めたのは、ついさっき。それなのに僕は、何て情けない人間なんだ。

 おばあちゃんは首をかしげ僕の答えを待っている。

 僕は、早く答えなければならない。人生と自分に素直にと心に念じてから僕は、話し出す。

「僕にとっての花火さんは人生の路線を変えてくれた人。唯一の理解者であり、そして僕の好きな女性です。この先の僕の人生には花火さんが必要だと思っています」

「そうかい」

 おばあちゃんの素っ気ない返事に僕は、恥ずかしいことを言ったんじゃないかとも思えた。けどお見通しだったような気もする。しばらくしておばあちゃんが話し出した。

「花ちゃんを愛するなら花ちゃんのすべての過去を今ここで聞きなさい」

 この前とは違いイエス、ノーを問わなかった。そしていきなり話は始まった。

「花ちゃんは両親が死んだ悲しさから、一度命を絶とうとしてるわ」

「えっ!?」

 おばあちゃんは僕のことなんかお構いなしに話し続ける。

「それは、私がなんとか止めることができたのだけれど、花ちゃんは私が死んだらまた、命を絶とうとするはず。それと、花ちゃんは私にも隠してることがあるわ。それがブレスレットよ。一つは母の形見。けどもう一つは誰のものなのか私にも分かりえないわ。父のものなのか。自分で買ったものなのか。中学の頃お付き合いしていた男性からのプレゼントなのか」

 僕が難しい顔で頭を整理しているとおばあちゃんはまた話し出す。

「これが私の知ってる花ちゃんの全てよ。花ちゃんは辛いことを隠す人だから私の知ってる情報ですらほんの少しよ」

「花火が自分一人で抱え込む人なのは知ってます」

 僕は、おばあちゃんの話しにいくつかの疑問点があることに気づいた。花火が自殺をしようとしていた事よりも。ブレスレットの謎よりも気になること。

 それは、おばあちゃんの慌てようだ。あれだけ肝の据わった女性がなにか取り乱しているのが僕には気になって仕方がない。

「春夫くん」

 静かで寂しそうな顔をしているおばあちゃんを見ているとその姿が花火と重なってしまう。

「はい」

「あなたが花ちゃんの心の支えになってくれる?花ちゃんがどんな人だったとしても好きなままでいてくれる?」

 病室の窓から暖かい風が流れ込み、夕日の日差しが差し込む。おばあちゃんの顔は日差しに照らされ、その目元からは一滴の光がこぼれ落ちた。

 この時、僕は悟った。おばあちゃんはもう、長くは生きていけないのだと。そうでないことを信じたいけど、おばあちゃんの涙が『私はもう長くない』と語りかけてるような気がした。

「大丈夫です。花火さんがどんな人だろうと僕の気持ちは変わらないです」

 おばあちゃんは目から落ちるその涙を机においてあるハンカチでふき、僕に話しかける。

「歳をとると、涙脆くなるものね。涙なんか見せてごめんね」

 僕はここで一つ質問をした。はたからみれば常識がない人とか思われるだろう。でも、どうしても知っておきたかった。

「おばあちゃんはもう長くないの?」

 僕の質問におばあちゃんは平然と答える。

「涙も見せて、もう騙しきれないね。そうよ。あと一年もてば強運ね」

「そうですか…」

「心残りはないといったら嘘になるけど今私にできることはなにもないわ。だから仕方ないわね」

 そう言い笑ってその場の空気を悪くしないおばあちゃんはやっぱり立派だ。

「もし…もし僕が花火さんの本当の人柄に気がついて嫌いになってしまったら…いや、何でもないです」

 自分の最低さに気がついて、なんとか言い切らずにすんだが、これが僕の本心だと思ったおばあちゃんはなんて思うのか、僕は少し怖くなった。

 けど、おばあちゃんは笑顔で僕の手をとり言葉をくれた。

「いいのよ。嫌になったなら関わらなくて。私が一番嫌なのは春夫くんが私との約束で嫌な思いをすることよ」

 この時の僕は他人に愛されるという感情に浸っていた。愛されてるなんて僕個人の勘違いかも知れないのは分かっている。でも、そう感じさせてくれる人には今まで出会ってこなかったため涙腺が危ない状態まできていた。

 僕は以外と涙脆いところがあり、正直おばあちゃんに余命宣告のようなものがでている時点で泣いてしまいそうだ。

 トントン。

 後ろからドアのノックされる音がした。ドアが開き病室に入ってきたのは花火だった。

「あれ?春夫がなんでいるの?」

 花火はやけに落ち着いている様子だ。

「花火が構ってくれないから、おばあちゃんの深い話をききに来たんだよ」

「春夫もジョークとか言うんだね」

「そう。なかなか面白いでしょ」

「うん、三点」

「え。何点中?」

「百万点…うふふ」

 話していても特に変わりは無いように見える。でも、、花火は変なところで嘘が上手そうだから本当の顔が分からない。でも、人間の本質は変わらないもの。

「二人ともずいぶん仲良しになってるのね」

 おばあちゃんが幸せそうな笑顔でそういうもんだから僕は、否定した。

「そんなことないですよ」

「えっ。そうなの?私達めちゃくちゃ仲良いじゃん」

 花火はそう言って僕の腕を組んでみせた。

「くっつかないでよ」と僕は慌てて突き放す。

「照れない照れない」と小馬鹿にされ、おばあちゃんも笑いだした。

 この二人は揃えば笑顔ばっかりになる。

 そんな二人の関係に僕は憧れる。僕の両親は一日中家にいてくれたことがほとんどない。だから、話したとしても僕はこんなにまで楽しく笑ったり会話したりすることはできない。僕が二人を見ていることに気づいた花火に「なに?」と言われるが「いや、なんでもない」と僕は誤魔化した。

 そして病棟にはアナウンスが響きわたる。面会の時間が終わりのようだ。

「もう、こんな時間だったんだ。春夫帰り遅いけど大丈夫?」

 花火は僕を中学生だとでも思っているのか?

 高校生なら八時くらい問題ないだろ。それよりこんなことをジョーク抜きで言われるから少し腹が立つ。でも、悪い気は一切しない。いつも通りの感情だ。

「高校生だから、普通だよ」

 僕が少し強調していうと花火がニヤニヤしている。久しぶりに見る花火のニヤついた顔はやっぱり和む。

 そんなバカなことを思っているとおばあちゃんが僕に話しかけてきた。

「春夫くん、来てくれてありがとう」

「いえ、時間があれば来週もきます」

「ええ、待ってるわね」

 おばあちゃんのその言葉からは寂しいという気持ちを抑えてるように感じさせられる。

 そして、僕と花火は病室をあとにする。この時の僕は既ににおばあちゃんとは少しだけ違うことを考えていた。

 どうしたら花火はおばあちゃんにすら言ってないことを僕に話してくれるのか。

 けど、ろくな策が思い浮かばない。

 もちろん一つだけ方法は見つけた。でも、僕に来るリスクがかなり大きい可能性がある。できればその方法は避けたい。自分へのリスクがあるのも理由の一つだがこの策が失敗した時、間違いなく僕と花火の関係は終わる。

 出来る限りの時間を伸ばし考え、今日のうちに実行すると僕は決めた。

 病院の外に出ると「くらっ」と花火が一言呟いた。

 ここで僕は時間を伸ばす最善の策を見つけることができた。

「もう暗いから家まで送っていくよ」僕がそう言うと花火は慌てて僕の提案を反対する。

「え?いいよ。春夫に悪いよ」

「これで花火が襲われたら僕のせいみたいじゃん」

 なんとなくここで押し負けたらダメな気がした。

「春夫は、襲うの?私のこと」

 花火ときたらまた僕の考えの裏をついてくる。

(なんだよその返答。予想外すぎるだろ)

「冗談もここまでくると笑えないよね」

「へー、つまんないの」

「なにか言った?」

 いつもなら花火にかまってあげてるかもしれないが今日は違う。花火を相手にしてるほどの余力は僕の脳みそにはない。

「家までよろしくって言ったの!」

 花火は僕の正面に立ちそう言いきる。少し怒っているようにも見えるのは気のせいか。そして歩き出す花火に僕はついていく。

「もうすぐ着くからこの辺でいいよ」

 病院から花火の家までは歩いて十五分はかかったはず。それなのにまだ何にも他の策が思い浮かんでない。今日は引き上げるって言う考えもあるが花火がこの先の僕に会ってくれるかはわからない。だから、今のうちになんとか話だけでもきいておきたい。

「いや、家の前まで送らせて」

「まさか。本当に襲うき?」と花火は冗談めかしくいってくる。冗談でも花火がこんなことを続けて言うなんて珍しい。

「まさか」

「またそれかー」といいウハハと笑いだす花火。

 やっぱりこういう楽しいような、ドキドキする感覚をあたえてくれるのは花火だけだと僕は思う。

 何はともあれ、僕は心の準備をする時間を手に入れることができた。結局はじめに思い浮かんだ策で行くしかない。

 僕の考えた一つめの策の半分以上は僕にも関わってくるものだ。その為心の準備が必要になってくる。やれることは心を落ちつかせ自分の気持ちに素直になることのみ。

 そして、少しだけ歩くとついにその時はきた。

「送ってくれてありがとう。春夫も帰り道気を付けてね」

 花火は僕にお礼をいってから家に入ろうとする。

「花火!」

 僕は花火が家に入るのを名前を呼び引き止める。

 花火は振り返り僕が話し出すのをただ、じっとまっている。いざ、やるとなった時に口が開かない。すると花火がさきに話し出してしまった。

「おばあちゃんと春夫が話してたの聞いてたよ」

「え?いつから?」

 今の花火の顔にからは情が感じ取れない。まるで人形にでもなってしまったかのようだ。

「最初からだよ。いきなり押し掛けてすいませんって春夫が言った時から聞いてて、私のことを好きって言ってくれた時も。いたよ」

 あの話を聞かれていたとなるとかなり予定が狂ってしまう。それに好きだと言うことがバレてると思うと恥ずかしい。

 なんで花火はいつも僕の予想通りのことをしてくれないんだ。そう思って黙り混んでいると花火が話を続け出した。

「だからさ、変に気を使おうとしなくていいよ。春夫には関係ないことだし迷惑もかけたくない」

 僕には関係がない。確かにそうかもしれないけど、僕が花火を好きなのはべつに気を使ってる訳じゃない。僕の素直な気持ちさえも花火は気遣いだと思っているのか。それともまだおばあちゃんを騙した時の続きだと思っているのか。だとしたらやっぱりちゃんと話さないといけない。

「僕は気遣いで誰かを好きになった、なんて言わないよ。そんな子芝居できるほどの演技派じゃない。さっきおばあちゃんに話したのは全て本心だ」花火は僕の話をじっと聞いている。

「僕が病室でおばあちゃんに言い切ったこと。それは全て僕の素直な気持ちだ。食事会で再会して。メールで語り合って。動物園にも行って。この約一ヶ月間は僕にとって幸せでしかなかったんだ。それに動物園で話した素敵な女性。あれは花火の事。僕は中学の時からとっくに花火という破天荒な人間に惹かれていたんだ」

「春夫は私の本質をわかってないからそんな綺麗事で埋まるんだよ」

「確かにわからない。だからこそ、もっと長く花火の隣にいたいんだ。苦しいことも、悲しいことも、楽しいことも、幸せなことも全部近くで一緒に分かち合いたい。それに今の僕があるのは花火のおかげ…」

 ここで、僕の話は強制終了されてしまった。そして花火が話し始めた。

「春夫に私は荷が重すぎるよ。私の憎み、悲しみ、苦しみ、春夫には支えられるの?私なんて生きてる意味ないよ」

 以前からよく見る表情だ。涙は出ていないのに泣いていると思わされるような寂しくて、けどそれとなくクールな落ち着いた表情。

「全て、支えてみせるよ」

 僕は、花火の目を見てそう言いきった。こんな言葉で花火の重荷をとってあげられると言う証拠にはならない。信じてもらえるとも限らない。でも、このくさい台詞は僕の心からこぼれた素直な言葉に変わりはない。

 数秒経ち花火は家に入ってしまう。面倒臭いと思われたのか。など考えていると少しだけ後悔をしそうになる。

 でも、すぐに家の前に明かりがついた。花火も家から出てきた。話が長くなると思い電気をつけたんだろうと僕は、理解した。

 そして、花火が僕に近寄ってくる。

「やっぱり、春夫は勘違いしてる」

「なんでそう思うの?」

「私が人として最低な事に気がつかないから」

 僕には花火の言ってることが一ミリたりとも理解できない。

「私の本当の姿を見たら嫌いになるよ。春夫のように冷静な人格の持ち主でもすぐに嫌になる」

 そんなわけないと僕は首を横にふる。すると花火が「見て…」といい左の手のひら辺りを光りに近づけた。

「えっ」僕は一歩、また一歩と後ろにさがってしまう。

「それなに?」と僕は慌てて聞く。

 もしかしたら僕の顔は青ざめているかもしれない。けど、無理もない。僕が目にしたのは花火の手首についた無数の傷跡。それは古いものだけではなく、最近つけたような傷もあった。

「聞いたことあるでしょ。リストカット。嫌なことあるとねリスカすれば気持ちがおさまるの。これでわかったでしょ。私は親からもらった身体をこんなことに使ってるんだよ。ブレスレットもリスカを隠すためにわざわざ買ったんだよ。でも、一つじゃ隠しきれなくてお母さんの形見を使わせてもらってる。最低だよね形見をこんな風に使うなんて」

 僕はあまりの現実と真実に言葉がでない。

「いつか、春夫にも嫌われるのに一緒にいるなんて考えれば考える程辛いだけだと思う。こんなことしてる私に生きる価値がなければ生きる理由もないんだよ。だから、おばあちゃんの最後が私の最後」

「生きる価値がないなんてことあるわけ…」

 また、花火に割り込まれ僕の話が終わってしまう。声が震えてなにも対抗する余地が無かった。

「声だけじゃなくて、手も震えてるよ。どう言い返そうとしても身体は正直なもんだよね。その震えが私を知った春夫の答えでしょ、だからやっぱり今日限りで縁切ろうよ。一ヶ月間ありがとう。私の人生の中でも一番と言える程楽しくて幸せな時間だった。本当にありがとう。そして、さよなら」

 花火は僕にそう言い残して家に入ってしまった。僕は、少しの間その場から動けずに立ちすくんでいた。

 僕の素敵だと思っていた女性は親からもらった身体にキズをつけている、挙げ句の果てにはそれを隠すために母の形見を使っている、最低人間だった。

 僕は、生々しい傷をみて少なからず怖いと言う感情にもかられた。けど、震えていたのは怖いからじゃないと今思い始めた。

 僕はショックだったから、信じてた人に裏切られたようなものだから震えていた。

 この嫌な一件でも一つだけ教えられたことがある。人間は自分の本質すら勘違いさせる大嘘つきってことだ。

 僕は、何も頭の整理がつかないまま一人夜道を歩く。何回か段差に躓き転ぶ。

 一度車にも引かれそうになった。けど、仕方ない。なぜなら、この時の僕の目には涙が溢れていて前などろくに見えなかったからだ。

 この涙は悲しいから溢れるのか、悔しいから溢れるのか、裏切られた気持ちから溢れるのか、勝手に信じてた愚かさから溢れるのか、それとも全てひっくるめた涙なのか。どちらにせよ、今の僕には自分の感情をコントロールすることはできない。

 ふと、空を見る。いつもと違い月がぐちゃぐちゃしている。涙でちゃんと見えない。そんな時でさえ、これから僕はどうするべきなのかなどを、考えてしまう。でも、わからない。

 一ヶ月前の僕は、たかが一人の女性にここまで振り回されるとは思ってもいなかった。そして、これからの僕と花火は間違いなく同じ時を過ごす日は二度とやってこないのだろうと僕は感じる。

 僕の嘘のような夢は覚め、これからは明るくもなく暗くもないほどほどの人生が僕には待ち受けているのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ