変わりゆく物
食事会から三日が経った。今日がゴールデンウィーク最終日だ。結局食事会の日以外は外に出る事すらなかった。でも、今日は違う。今日は、花火と出掛ける事になっている。
食事会のあった日。家についてからまずメアドを登録した。『登録したよ』とメールすると、すぐにメールが返ってきた。
『登録してくれるか少し不安だった。ありがとうね』
(失敬な。約束事はちゃんと守る)
それに一つ話があった。そう思うと花火からもう一通メールが来た。
『春夫なりの、人が生きる意味ってあるの?個人的な話でいいよ!』
花火の方から気になる話題をしてくるとは思っていなかったので、少し返信に手間取った。
『美味しい食べ物を食べること。楽しいことをすること。大切な人と暮らすこと。結局、人それぞれっていうのが答えなんじゃない?』
『じゃあ、春夫にとっての生きる理由は?』
『んー、無いな。恥ずかしい話だけど本当に何も無いんだ。かと言って死にたいわけでも無い』
『そうなんだ』
『花火は?』
『私は…死にたい理由ならある』
予想外の返信に僕の指と思考は止まった。どう返信してあげれば良いのか、なんとか考えようとしているともう一通。
『って、言ったら固まっちゃう?笑笑』
『笑えない冗談だね。既に固まってた』
僕がそう返信すると『うける笑』とだけ返ってきて、思わず「うけんな」と一人でツッコミを入れてしまった。
すると、花火からまたしてもメールが来た。
『私たちは今、深いようで浅い事を話してるのかもしれないね』
深いようで浅い話か。確かにその通りかもしれない。周りより考えている、イコール内容が濃いとは限らない。そもそも周りより考えているかなんて分かり得ないこと。
どこまで言っても他人の思想とは競争することはできないのだから。
それから僕は、三日間花火とメールで話した。だが、昨日の夜の事だ。花火が急に指が痛いと言い出した。確かに僕も目が疲れていた。
『じゃあ、話はまた今度にしよう。色々とありがとう』
僕がそう送ると花火からすぐ返信がきた。
『全然いいよ!ところで明日は空いてる?』
『空いてたら何?』
『出掛けようよ』
少し驚いた。好意はないといえども女男二人でお出掛けとなるとまずいことだらけだ。僕は色々と考えてしまう。
やましくない、断ればいいんだ、と自分に言い聞かせた。すると、花火からもう一通メールがきた。
『断るって事は私に少しでも好意があって、恥ずかしいから断るってそう認識するからね笑』
どういう神経をしてるんだ。絶対に来い。お前に用事とかないだろ。どうせ暇してんだろ。と言われてるように受け取ってしまう。最後についている『笑』という一字が僕にとって怖く見えたからだろう。
『わかった。行く』
『十時に上野駅集合ね』
『わかった』僕はそう返事を返して寝ることにした。
だが、女子と会うと言う変な緊張感のせいで夜はろくに寝れなかった。昔はこんなに意識しなかったのにと思いながら僕は浅い眠りについた。
もちろん朝はすぐに起きた。八時に設定していたアラーム音に起こされた。思ったより目覚めがよかった。
服装はなんでもいいと思っていたからいつものジーパンとTシャツに薄手のパーカーのようなもの。食事会の時みたいに慌てるのは嫌だからと前日に服の用意をしていた。だから特に時間は食わなかった。
現在時刻は八時四十分。時間が余っていてすることがないという状況だ。
(早めに上野駅に行って駅のベンチで本でも読むか)
そう思い、約一時間早い電車に乗った。
祝日でサラリーマンがいないということもあってか朝の車内は多少の空席があった。僕は上野駅の外にベンチがあるのか知らない、だからホームのベンチで本を読むことにした。電車の降りてすぐのところにベンチがあり、そこに腰を掛けた。隣には、後ろの看板を背もたれにして寝ている人がいる。祝日なのに仕事があるんだろうか。黒いバックにスーツを着た男性。僕は心のなかで(頑張ってください)とだけ呟いた。
すると、僕の心の声が聞こえたかのように男性は起きて背伸びをし「頑張るかー」と呟いてから電車の列にならんだ。それを見てなぜか心が温かくなれた。
人間の小さな行動が小さな幸せを生むことも時にはあるのかもしれない。
本を読もうと思っていたが少し眠くなってきた。
(昨日はまともに寝れてないからな)
まだ時間もあるしフードで光を遮【さえぎ】り仮眠をとることにした。アラームはかけなくても駅のホームにいて遅刻はさすがにないだろうと思った。だからアラームをかけることを僕はしなかった。
『ブー。ブー』
携帯のバイブ音に僕は起こされ慌てて起きる。
(あれ?アラームはかけたんだっけ?)
僕はアラームを結局かけたもんだと思い込みアラームを止めるため携帯を開いた。携帯を開くと、このバイブがアラームじゃない事に気がついた。花火からの着信だった。寝過ごしたと思いすごく焦ったが、時計を見るとまだ二十分前。安心したところで僕は電話に出た。
「もしもし」
僕はあまりに慌てすぎて寝起きの声ですらなくなっていた。
『寝起きのわりに声ちゃんとしてるじゃん』
花火はウフフと笑いながら言ってきた。
「まあね。電話来てたから寝過ごしたと思って、、、」
(ん?なんで寝てたことがばれてる)
『寝過ごしたと思ってなに?』相変わらず花火は笑っている。
僕は花火の声を全無視して辺りをみた。すると、花火の姿がやっぱりあった。笑顔でこっちをみている。僕は電話越しに「悪趣味」とだけ言って電話を切った。そのあと僕も少し笑った。苦笑いくらいだと自分では思っている。すると花火が近づいてきて僕に一言言い返してきた。
「フードかぶって寝てる方が悪い。春夫かどうかわかんないから起こせないじゃん」
確かにフードをかぶって寝ていたら誰かわからないし、僕が悪かったところもある。でも、まだ二十分前。
あと二十分あれば自分で起きていたと思う。でも、この事を言ったところでなにも変わらない、それに僕に非がなかったわけでもないのでなにも言わなかった。
(話題でも変えるか)
「今日はどこ行く気?それとも雑談?」
予定を聞いたわけでは無いから疑問に思っていることは沢山あった。その中でも一番の疑問、それは集合時間の早さだ。
「こんなに早く集合してもファミレスは閉まってるよ?」
「朝から上野でファミレスってギャグ?てか、なんでファミレスだと思ってるんだし」といい花火は笑いだした。笑いやむと話を続けた。
「上野といえば上野動物園以外にないでしょ」
「花火こそギャグのつもり?全然笑えないんだけど」
すると花火が僕の顔をじっと見てウフッと笑った。
「うける」
「うけるな」
「ほら、すべこべ言わず行くよ!」
花火はそう言ってから僕の腕をとり歩きだした。僕も反論はせずについていった。僕にとって反論して機嫌を損ねられる事が今は一番は避けたいことだからだ。
そして少し歩くと動物園についた。動物園につくまではお互い何一つ話さなかった。でも、動物園につくと花火がその沈黙を破った。
「私ね、どうしても見たい動物がいるの」
「パンダとかでしょ」僕が即答した。
パンダをみたい何て誰もが思っている。けど、僕は猿が見たい。かつての人間に一番近いのが猿だと思う。だから何となく興味がある。すると花火が首をふって答えた。
「猿とか?見たいかなって」
「はい?」
僕が驚いた顔で固まってしまうと花火は笑いだした。
「ジョークじゃん、笑ってよ。そんなに真剣にとらえられたら本気で言ってるみたいじゃん」
花火はそう言って照れていた。けど、もとから女の子が猿を目当てに上野動物園に来るわけがないことなど分かっていたから本気で言ってるなんて微塵も思っていなかった。まあ、最近はそう言う動物が流行っている可能性も捨てきれないが。
「私、動物園とか来たことないから一目パンダを見たくてさ」
僕にそう告げた花火の表情はどこか寂しい顔をしているように思えた。
「パンダ見に行くか」
「うん」
少しだけ空気がしんみりとした。が、その空気を花火が壊していった。
「あーっ!?」花火が急にでかい声を出してきた。
僕はビクッとなるくらい驚いた。
「何?急にでかい声出さないでよビックリするじゃん」
「だって五月四日のみどりの日なら入園料無料だったのに」
僕が一度も見たことのない花火の表情は不思議と笑けてしまうような感じった。
「なぁに?」
何で僕が笑っているのかを知りたいのか、探りたいのか、少しニヤッとしながら聞いてきた。僕は笑いながら答えた。
「花火の意外な一面が少しだけ可愛く見えたんだよ」と僕は冗談混じりに言った。もっとも可愛くとはいっても子供みたいにと言う意味だが。
すると花火は僕をじっと見てからウフフと笑って一言だけいった。
「褒めても入園料奢ってやらないからね」
そう言って花火は機嫌良さそうにチケット売り場へ歩いて行った。その後ろを僕もついて行った。花火の背中は小さいのにどこか逞しさも感じさせる。
チケットを買い終え、入場すると花火のテンションは一気に最高潮に達した。声のトーンが明らかにいつもと違う。
「ねえ、まずなにから行く?」と花火に聞かれた。
「そうだね。猿とか?」
猿じゃなきゃ嫌だとか、そう言ったことではないのだが。猿なら迫力がありすぎず、無さすぎずの一番目にはうってつけな存在だと思った。まさにお手頃。
「私がさっき言ったことに引っ張られてるでしょ!」と花火が笑顔で言ってきた。
「いや、僕が最初にみたいから」
僕がそう言うとニヤニヤしながら僕の顔を覗き込んできた。
「動物園は嫌いです。みたいな態度とってたわりに楽しそうにしてんじゃん」
そう言って花火は僕をちゃかす。
(誰も動物園が嫌いなんて顔してないけど)
「花火ほど浮かれてはいないよ」
本当は僕もかなり浮かれている。小学生の頃以来の動物園。楽しみじゃないわけがないだろう。でも、花火とは違う。花火のテンションは遊園地のテンションであって動物園には相応しくはない。動物園では楽しさを心に沈めておくものだ。
「ふーん。つまんないの!」
花火が僕の態度に少しふてくされた。
「とりあえず行こうよ」僕がそう言うと「うん」とうなずき歩き出した。
猿を始め、ゴリラやチンパンジー、オランウータン。猿以外は花火の行きたい順だ。なぜヒト科の動物ばかり見るんだろうと僕は少し疑問に思った。特に理由があるわけでも無さそうだったので追求はしない。
「ねえ。そろそろパンダ行くよ」花火はそう言ってから僕の手を取り、走り出した。
「ねえ。走らなくても、、いいんじゃない?」とは言っても今の花火に僕の声は届かない。
(あ、手…)
僕は、手を繋いでる事に気付いてしまった。花火はテンションが高いから気付いてないと思うけど平常を装ってるうちに本当に平常心を保っていた僕からしたら今の状況はかなりヤバイ。今までに感じた事のない熱さと心拍数。
でも、楽しんでる花火に水を差すような事はしたくない。本当は僕もこの手を離したくないのかもしれない。だから、今だけは仕方ないと自分に言い聞かせた。
僕の手をもう一度見るとその高ぶった気持ちは疑問に変わった。僕と手をつないでる花火の手首にブレスレットがついてる。それも二つ。走っているから袖がめくれて見えたんだ。
「あ、ごめん。手首だと思ってたら手握ってたね!」
花火はそう言ってウフフとわざとらしく笑ってみせた。手と手首を間違えるはずもなく、僕はただからかわれていたのだろうと思った。
そんなことよりも、僕は花火の言った『手首』という言葉に過剰に反応しそうになった。が、堪えきった。
「べつにいいよ」
僕の頭の中では色々考えていた。高二だからアクセサリーなんて当たり前かもしれない。でも、あの花火が?なによりブレスレットをしてるのに長袖で隠すようにしているのはおかしいだろ。そもそもの話、今日はそれなりに気温が高く長袖を着ている人には何かしらの理由があるはずだ。すると、花火が話しかけてきた。
「これからパンダに会うのにそんな難しい顔しないでよ」
その言葉で僕は我に返った。人の事に深入りするのはあまりいいとは言えない。ブレスレットのことは特に何もない、今日の暑さで長袖を着ているのは日焼けをしたく無いから、そう自分に言い聞かせた。
「難しくないよ。花火のテンションに疲れたんだよ」
「じゃあ、パンダ見ればなおるね」
ウフフとまた笑った。
(本当によく笑う人だ)
「なおればいいね」と僕は他人事のように言った。
パンダに出会うまでの道のりは長く嫌気が指しそうなくらいだった。そんな僕を察したのか、ただ自分が話したかったのかはわからないが花火が話し始めた。
「春夫覚えてる?中学の時、私と二人で行った土手のこと」
意外な内容に少し驚いたがすぐにあの時のことを思い出していた。
「うん。僕は卒業するまで毎日行ってたしね」
悪気は無いと言ったら嘘になる意地悪な言葉だと自分でも心底思う。僕は二人の溜まり場だった土手に突然来なくなった花火に本当は怒っていたんだ。そのことを伝えたとして楽しい動物園の雰囲気を壊すだけで何にもなりはしないと知っている。だから、この意地悪な発言を忘れ去ろうと思った。
「うん。知ってた、けど行かなかった。ごめんね」
僕が居たと知ってて、来てくれなかったのは少し悲しいが、花火の申し訳なさそうな表情を見ては何も言えない。それに既に過去の話であり今とは関係のない事。
「べつにいいよ。数年前の話をもう、引きずらない」
僕の些細な言葉をきいて花火はニヤニヤしていた。
「もう引きずらないって、今まで引きずってたの?」
「うざいよ、本当に」
そこまで気にしている訳ではないがそれでも花火がこの件について僕をからかうことだけは気にくわなかった。
「私だって気にしてたよ」
僕とは口も聞かなくなったくせに、今さらなにを言っているのか。
ふと、視界に花火が入ってきた。
「なに?」
「君なら良かったのに…」
意味のわからない言葉と笑顔を僕の脳裏に焼き付けて花火は行列に従って歩き始めた。
あの笑顔にどんな意味があるのかはわからない。が、あの時の過去を忘れると決めたのだからその不可解な言葉と意味深な笑顔に免じて深追いはしない。
数分、列に並び僕らの横には小さくてかわいいパンダが笹を食べていた。
「うわぁ!?」
「みてみてみてみて、パンダ。可愛すぎる!」と、花火は予想通りのテンションの高さだ。
花火の爆あげテンションのせいで僕は逆に大人しくなるしか無くなった。
パンダは自由気ままにガラス張りの中を揺ったりと動いていた。時に転んだり、木から落ちたり、全ての行動が愛くるしかった。が、そんなことよりも気がかりだったのがいくらパンダとは言えどこの行列はおかしい。そもそも子供のパンダは今までいなかったような気がした。
「また、難しい顔して今度はなに?」
花火は僕の微妙な表情の違いによく気がつく。
「あ、いやあんな小さいパンダいた?それにこの行列なに」
僕の発言に冷たい視線が襲いかかった。
「あの小さいパンダこの間、日本に来たばっかだよ知らないの?」
パンダのことを知らない僕を下にみるような冷酷な花火の視線に僕は恐ろしさを覚えた。
すると、あははと花火が笑い始めた。
「まあ、知らないとは思ってたけどねー」
「むっ!?」
また、上手くあしらわれてしまった。
そしてパンダも見終わり僕たちは昼食をとろうとしていた。花火がトイレから帰ってくるまで、僕は待ってなきゃいけないらしく言われた場所から一歩たりとも動かなかった。
しばらくすると聞き覚えのある声に呼ばれた。
「春夫ー!」
花火に呼ばれやっとか、と言う顔で振り向くと花火はソフトクリームを二つ持っていた。
「春夫あげるよ。ここのソフトクリーム美味しいらしいよ。てかおいしい!」
なんというか、無邪気にソフトクリームを舐める姿は一人の女性として可愛かった。でも、恋をしたとかそう言うことじゃない。男じゃなくても花火の今の姿は可愛いと思うはずだ。
「ありがとう。いくらした?」
僕がそう聞くと何かを思い出したかのように「はっ」となり僕を見た。
「春夫の二千円。今渡していい?完全に忘れてたよ」
僕も言われるまで完全に忘れていた。というか、貰うつもりもなかったのだ。
「いや、このソフトクリームでちゃらにしていいよ。花火が気を使っちゃうなら貰うけど」
僕がそう言うと花火は不満そうな顔をして口を開いた。
「一円を笑うものは一円になく。春夫は一円に二千回泣くよ」
花火の言い回しが最もで僕にとってはかなり面白く思わず笑ってしまった。
「わかった。返してもらうよ」
僕がそう言って手を出すと花火はニコッと笑い首を横に降った。
「やっぱ嫌だ。春夫の二千円でお昼ご飯たべよう。それなら泣かなくていいもんね!」
花火は僕のことをちょろい奴だと思ってるのか?とか考えるつつ「何で僕の奢りになるの」とだけ聞いてみた。
この質問に花火はニコニコして答えた。
「あなたが私と一円を侮辱したからだよ」といって、笑いながらフードコートへ歩いていった。
僕は花火に振り回されっぱなしでいい加減疲れてきた。
「何食べる?」
まるで、自分のお金かのような言い方だった。その図々しさも花火の良さなのかもしれない。
「なんでもいいよ」
「何でもいいってのが一番困るんだよね」
面倒臭いと思いながら僕は「あれ」といい適当なレストランに花火をつれていった。
席についた僕らはメニューに目を通した。
店内は思っていたよりも綺麗で値段もまあ、いいお値段と言ったところだ。
「花火は何にするの?」
花火はニヤニヤしながら口を開いた。
「内緒」この人は何でこんなに楽しそうなんだ。付き合いきれん。
「あっそ」
僕はもう疲れた。この会話のノリが一向に掴めない。もう花火には気を使うのをやめようと心に深く誓った。
「春夫は?」
「カレーでいいや」
僕がそう言うと花火は笑顔で店員さんを呼び注文し始めた。
「カレー二つで」
「かしこまりました」
店員さんは注文を繰り返し確認するとキッチンへ戻っていった。
「花火もカレーが良かったの?」
「それは少し違うね」と言い人差し指を立てて左右にふった。
そしてイタズラを仕掛けた子どものように笑いながら話を続けた。
「私も何でもよかったから春夫に決めてもらったのよ」そう言ってうふふと笑う花火は僕が始めて目にする、奇妙な生物のように見えた。気持ちが悪いと思いつつ笑みを我慢した。
「花火はずる賢いね」
僕はこの時、花火は頭が良いと思えた。行動や容姿からではわからないような頭の良さを確実に持っているとそう確信した。すると、花火が人差し指を立て自慢気に一言呟いた。
「春夫くん。人間はね嘘と生きてる動物なんだよ」
「何それ。まず花火は今嘘をついた訳じゃないと思うけど?」
僕に図星をつかれたのか花火はアハハと笑って誤魔化した。
「確かに。嘘は言ってないや」
「でしょ」
二人で静かに笑っていると店員さんがカレーを持ってきた。
花火が小さな口で一口目を口にすると勢いよく顔をあげ目を輝かせ僕を見てきた。
「このカレーすごくおいしい!」
「そう?花火のテンションが高いからでしょ」
「テンションと味覚は関係ないでしょっ!」
「ないですかね…」
在り来たりの会話に僕らは笑った。僕は人と話すことの楽しさや関わる事の大切さを再認識できたと思えた。
それとここのカレーは本当においしかった。
スパイスの香りが鼻の奥まで広がり、少しざらついたルーの舌触りも僕好みで、辛すぎず非常に食べやすかった。
一口食べるごとに花火は感想を口にしていた。
「本当においしいや。私ずっと料理してるけど、ここまで上手に作れたことないよ。やっぱ本場のインド人はちがうね」
僕は花火の言葉に疑問をもった。カレーをつくるコックってインド人じゃないとだめなの?と。
「まず、動物園のコックってそんなにすごい人ではないと思うよ」
「違うの?でも、この美味しさはインドのシェフがいるに違いないよ」そう言いきる花火を見て僕はクスッと笑った。
「動物園でインドのシェフやとってどうすんのさ。ここはカレーメインじゃないでしょ?」と僕が確信をつくと「それもそうだね」と花火も続けて笑った。
しばらくして食事も終わった。すると花火が話し出した。
「午前で全部見れちゃうなんて以外に狭いもんなのね」
上野動物園が狭い?そんなわけあるか。あんなにずっと走ってたらそりゃ午前で見終わるわ、と言ってやりたいが何となく口に出すのはやめとくことにした。すると、花火が続けて話してきた。
「もう、一通り回ったしどうする?」
見終わったなら帰ればいい。結局今日は僕の話したかった事は何一つ話してない。が、今日は別にそれでも良いかなと思っている。
花火とは三日間もメールで話した。お互い思っていることが近かったから花火も僕みたいなのかと思っていた。でも、花火は明るくて僕には眩しすぎる太陽みたいだった。それが分かっただけで今日はもう満足だ。
現在時刻十四時半。帰るのにもちょうどいい時間帯だ。だから僕が帰ろうと提案しようとしたその時、花火が先に提案してきた。
「猿だけみようよ」
「猿?」
「最後は猿見て終わりたい」
(先に猿が見たいといった僕への気遣い?)
僕は花火の思うがままについていった。そして数分で猿のいるところについた。
僕の目にはいじめられている一匹の小猿が映っていた。
人間程じゃなくても多少の知恵があればいじめもある。ならいじめはどうすればなくなるんだ、と一人考え込んでしまった。
「ねえ」
「あ、なに?」
花火に話しかけられ少し反応が遅れたが慌てる素振りは見せずに返答した。
「あの小猿」
花火はそういっていじめられてる小猿を指差した。
花火も気がついていたようだ。
「うん。猿でも多少の知恵があればいじめは起きるらしいね。結局幸せなんてのは不幸な事には勝てない」
「え?なにそれ」
花火は軽く笑いながら聞いてきた。
「生きとし生ける生物の幸せと辛さは背中合わせって事」
「それって何かのパクリみたいなやつ?」といい、いつも通りうふふと笑った。
僕は別に何かの真似した訳じゃないからパクリでもない。でも似たようなことを考える人は必ずいる。
「うん、そんな感じ」
僕がそう言うと花火の表情が少し変わり真剣な顔で質問してきた。
「春夫はさ、何で生きる意味とか知りたがるの?生きる理由の重さとか、そういうの考えるような人じゃなかったでしょ。今が楽しければそれでいいってそう思ってそうな印象だったんだよね?」
強い風が吹き花火の髪の毛が靡いた。その時の表情はなぜか今にも泣き出しそうに見えた。
確かに中学の頃の僕はあんまり深く考えなかった。でも、少しも考えなかった訳でもない。たぶん今ほど興味がなかった、それだけのこと。
「少しは考えてたさ、でもその答えに今ほど興味はなかったんだと思うよ」
「じゃあ、何で興味がでたの?」
僕はその答えを今まではっきりとは理解していなかった。でも、今の花火の悲しげな表情を見てあることを思い出し、そのあやふやだった答えは完全な答えに変わった。でも、言いたくはないからと誤魔化すことにした。
「さあね。わからない」
すると花火がいつもとは違う目力で僕を見て言った。
「今は、はぐらかさないでよ」
花火の真剣なまなざしに僕はあっさりと負けた。
(名前をふせれば大丈夫)
「中学の頃仲の良かった人がいてね。まあ、僕の中ではの話なんだけどさ」
「男子?女子?」
(性別もまあ、大丈夫だよな)
「女子」
「へえー」と花火はニヤニヤしてるけど無視して話を続ける事にした。
「それで、ある時一切口を利いてくれなくなったんだ」
「なんで?」
いちいち聞かれると疲れる。でも、花火も僕の話から何かを得ようとしてるかもしれない。そう思うと全て答えてあげようと言う考えになった。
そもそも、なんでかなんて僕よりも君の方が…。
「それは、分かんないな。でも、それが僕にとってはすごくショックでその人のこと嫌いになろうと思ったことだってあるんだよ」
「うん」
「けど、見ちゃったんだ。クラスで嫌われてる奴がいてさ、皆はそいつを避けたり嫌がらせしたり色んな人がいた。でも、その人だけは普通に接してたんだ。そういう人なんだと気付いた時からその人に以前よりも興味が出たんだ。話さなくなって、避けられて、悲しかったけどだからこそ見えてきた一面だと思う」
「でもさ、その子って当たり前の事しかしてないんじゃないの?」
花火が言った通り当たり前のこと。でも、それができないのが人間だ。
「そうだけど。その人は他人の人柄や印象を周りからの情報で決めつけたりしない。自分が関わって得た情報のみで人への態度を決めてる。僕には、そう見えたんだ。そして、その人が誰よりも素敵にみえたんだ。それで、、、」
僕は話を続けようとしたが花火が待ってと言うように手のひらを僕の前にだして合図した。僕は話しをやめ、花火をじっと見る。花火は何かを考えているようだ。いっぺんに話したから頭の整理でもしてるんだろうか。しばらくして、花火が顔をあげそれと同時に話し始めた。
「なるほどね。人と接する時に頼りにするのは自分で得た情報。人によって態度を変えないとかじゃなく、容姿や噂で判断しない人なのね。それで春夫はその人が素敵だと思って考えてたら今みたいになったってとこかな?」
花火が言ってることはほぼあってるけど少し違う。
「少し違う。素敵だと思った。なら、それで終わりにするよ」
「じゃあ、何で考えだしたの?何を知りたかったの?」
僕はできるだけ短く話した。
「目が生きていない感じがしたんだ。僕の思い過ごしかもしれないけどそれが知りたくて考えだしたんだ」
「本人に聞けばいいじゃん。それに言ってること少し矛盾してない?目が死んでるって素敵とは逆だとおもうよ?」
本人には、聞けない。矛盾してるのはわかってるけど何となくそこに興味が出たんだ。でも、これは言わないでおこう。
僕が黙り混むと、花火は一回大きく息を吸ってから僕に問いかけた。
「それで生きる理由に見当はつきそうなの?」
「いや、全く。でも、その人のおかげで今の僕はできてるんだよ」
花火がクスクスと笑いながら話してきた。
「春夫は変わってんだね。自分の事避けてた人に興味もって結局その人が今の春夫になるきっかけをくれた…か。私はすごく素敵な話だと思うよ」
僕が黙っていると花火が話し出した。
「春夫はその人が好きだったの?」
その質問の答えは(ノー)だ。理由はいくつかあるけどやっぱり自分の事避けてた人は好きにはなれない。でも、今なら…。
「いーや。そういうのじゃない」
「ふーん」
「あっ」
花火が何かを思い出したかのように声を出した。
「そういえばさ、春夫と同じ高校に転入してんだよね、私」
思いもしなかった花火の発言に頭が追いつかない。
それに、今は転入試験とかの時期じゃないからおかしい話だ。何よりも学校で花火は一度も見たことない。僕の困ってる顔をみて花火は笑っている。
「まず、転入試験は二月に受けて無事合格済み。ちゃんと名簿にも名前のってるよ。学校に行けてなかったのは転校した理由と関係あって。おばあちゃんが最近具合悪いから倒れやすくて学校が遠いと何かあった時すぐに駆けつけられないから地元の高校に変えたの。行けてなかったのはおばあちゃんの容態が少しだけ悪かったから一緒にいたの。他に質問あるならどうぞ」
質問なんてない。僕の疑問はこの数秒で消化された。ただ、おばあちゃんの事が少し気になる。というか、祖母のことを花火がここまで気遣う必要はあるのだろうか。
「おばあちゃん、今は大丈夫なんだよね?」
花火の表情が曇ってしまった。あきらかに僕が聞いたらいけない事を聞いたんだ。一ヶ月間もつきっきりなんだ。かなり重病なはず。僕が戸惑った顔をしていると花火はアハハと笑いだした。
「大丈夫だよ。何その顔。私の演技にまんまと騙されてたでしょ。おばあちゃんが大丈夫じゃなかったらこんなとこで男子とデートしてないでしょ」
「で、デート、ね」
「うん!」
見る人によってはそう、見えなくもない。が、僕は花火にまたあしらわれているのではと疑っていた。
こんな感じもなぜか楽しいと感じた。同じ学校なのが素直に嬉しいとすら思えてきてしまう。
「よろしくね」
花火が手を差し伸べてきた。
「あー。改めてよろしく」と僕も言って握手をした。するとまたうざい顔でニヤニヤして一言いってきた。
「やけに素直じゃん」
僕は「まさか」と呟き静かに笑った。
いつの間にか空は夕焼け色に染められていた。
今日、花火と直接会い話をして話を聞いて知りたいことがかなり増えた。何より、花火と話すのも一緒にいるのも僕にとっては楽しい時間だった。それに花火は同じ高校に転入してきていた。こんなドラマのようなことがあっていいものか。
でも、嬉しいからそれ以上の事は気にしない。今の僕にはこれからの学校生活は楽しいモノになると思えた。いいや、花火がいてつまらないわけがないと思った。
そう、僕の考え方は花火に触れ少しずつ変わりはじめていた。




