再会は興味へ
僕は…。
私は…。
『生きる理由を探していた』
そんな曖昧な問題に答えなんてないと知っていて追い求めた。けれど、右を見ても左を見ても手掛かり一つとして落ちてやいない。
やはり、生きる理由なんて見つかるモノではなかったのだと諦める他に選択の余地はなかった…。
彼女と…。
彼と…。
『出会うまでは…』
★★★
彼女との出会いは中学校の入学式。桜の花びら舞う中、笑みを浮かべる君が綺麗だと感じていた。月日が経ち君は持ち前の明るさや賢さから校内の人気者になっていった。それに負けじと目立つグループに加わっていった僕は君ともそれなりに仲良くなれたと思っていた。
だが、中学三年のある日から君は周囲との関わりを切り孤立した。その時の悲しみが君への興味に変わっていき憧れとなっていた。
★★★
高校生になって僕は変わった。何が変わったのかだなんて具体的にはわからない。それでも、今は中学の頃よりも心身共に大人になった気がする。些細な変化すぎて他人は気付く事さえない。気にしてほしい訳では無いから別に良いのだが、かつての僕なら気にかけてもらいたいが為の行動を取っていただろう。
落ち込んでいる時はため息。
怒っている時には眉間に皺を寄せる。
変化があれば匂わせるなど我ながらめでたい人間だった。
他人と馴れ親しみあって自分の価値は周囲だけが決めるものだと思っていた。その間違いに気付かされた日から僕は僕を嫌いになった。だからこそ少し変われたのかもしれない。
変わる事が正解だったのかはわからない。ただ、早朝のブランコに揺られて、自身の因果を考える僕の真面目な一面は嫌いじゃない。
そんな事を思っていると正面からやや太っている地方のゆるキャラの様な男が手を上げて近付いて来た。杉山司だ。
「おはよ、ハルちゃん」
ハルちゃんとは僕の名前である桜木春夫から『春』を取って付けられた愛称なんだろうと勝手に思っているが、それ以外の由来があるのなら知りたいぐらいだ。
「今週の土曜日に中学時代の皆で集まるんだけど行くよね?」
僕がおはようと返すのを待たずに切り出される話題だったので、司にとっては大切な話なのだと考えた。だが、僕にとってはくだらない話題でしかないし行くつもりもない。今さら中学の同級生に会う理由がなければ会いたいとも思えない。そもそも、同期の殆どは同じ高校なのだからそういった会が開かれることすら理解しかねる。
そんな僕の内心を読めているからこそ司は早めに話し出したのかもしれない。
「で?どうなの?」
「まあ、考えとくよ」
行かないと言った途端に司は露骨に落ち込む表情を浮かべるだろうし、僕は親友の落ち込む表情など見たくない。だから考えておくという言葉の選択はベストだと我ながら感心した。
「実は飲食店に予約が必要みたいで、人数決めたいらしくて。急かされたから行くって言っちゃったんだよね…二人」
最近の高校生は予約必須な店に出向くようになっているなんて日本の経済周りも安泰で何よりだ。なんて呑気に思っていた僕はアホか何かだろうか。
「二人って…」
「ごめん。俺もさ久しぶりに皆に会うのは緊張するし、一緒に来てくれよ親友やん」
正直、緊張するなんてのは個人的な話に過ぎないしそもそも行かなければ済む話なのではとも思う。友達の為だと割り切れなくもないが、僕はそもそも中学の同級生が嫌いなんだ。
なんというか、一言で言えば皆がバカだからなのだろうが一番はバカだった頃の僕を知られているからだ。ともかく僕は断ると決めた。
そんな時に僕の視界に入ってきたのは我が友の落ち込んだ表情だった。
(この顔に弱いんだよなぁー)
「分かったよ」
はっきり言えば嫌だけど、杉山司という唯一の友の前では断ることすらできない弱い人間が僕なのだ。
「まじ?ありがとう。実は桜井花火も来るらしいよ。ハルちゃん仲良かったじゃん?」
頬を赤らめて話す司を見て本当の目的が理解できた。司は中学の時、花火に恋をしていたらしい。だが、一度も話したことがないというピュアな人間だ。僕を利用しようという魂胆なのかもしれないがそもそも僕と花火はもう…。
司のニヤついている顔にイライラしていると学校が見えてきた。校門を潜ると司はクリームパンみたいな左手で僕の右手を力強く握りだした。
「何時にどこで待ち合わせするかは決まったらメールしておく」
(なんで握手?意味わかんないな)
そう言い残し司は僕の右手に痛みを残し去って行った。
余程花火に会いたかったのだろうか。
そもそも、あんなムスッとした女の何を気に入ってるいのか僕には分からなければ、花火への興味すらも今はない。
(それは向こうも同じ事か)
そう思うことすら虚しさを呼ぶだけで僕は考えたくもなかった。だが、考え始めてしまえば止まる所を知らない空想の世界。僕独自の世界には『もし』という言葉が活躍していて大抵自分の思うようになるのだが花火という人間をこの世界に入れてしまった途端に支配できなくなる。彼女は物凄く厄介な人間だ。
そんなくだらない事を一日中考えていた僕の携帯に一通のメールが届いた。
司からのメールだと思っていた僕の予想は的中していた。とは言っても僕にメールしてくるのは司か家族くらいなものだ。正解率は半分なので別に嬉しくもない。
メールには明後日の集合場所と時間が書かれていた。
『土曜日、午後十三時に中学校近くの公園集合!!絶対に遅れたりするなよー!!おやすみ!』
ビックリマークの数をみる限りだと司は今はしゃいでいる。何にはしゃいでいるのかは理解ができないが、予想はつく。
メールもおかしいところだらけだ。午後がついてるのなら十三時じゃなくて一時でいいだろうし。それにおやすみと書いているが今は下校時刻。司はこんなにも早くに眠るのか。と、言いたいことはたくさんあったが心の中に止めておくことにした。
返信をしておいた方がいいと思った僕は家についてから『おけ』とメールをした。
我ながらかなり短い文だと思うがいらない文を省いた結果なのだから仕方ないし伝わればなんだっていいはず。
校内で特にやることもない僕はメールの返信、十五分後には帰宅し、自分の部屋へと移動した。
気がつくとベッドに寝転んで花火の事を考え出していた。考えると言うよりは思い出していたと言うべきなのかもしれない。
知らぬ間に眠っていた僕が目を覚ますと時刻はあっという間に二十三時を過ぎていた。
親が共働きなう上に二人共四月から三ヶ月出張に行っている。そのため僕の晩御飯の時間というのは毎日バラバラで食べない日なんかもかなりある。母は一ヶ月程で帰って来ると言っていたから少しの辛抱だ。
洗濯、掃除、料理基本的な家事はやれる。昔から家に人がいる方が少なかった為一人でいる事には誰よりも慣れているつもりだ。
自分で思うのも変だがこの年齢の時期は、親がいないくらいが良いと思うことだっていくつもある。「明後日かー」と思いつつカレンダーを確認すると明日からはゴールデンウィークで休みだという事に気が付いた。
ホームルームでそのような事を言っていたような、言っていなかったような。とにかく中学の集まりの方に意識が向きすぎて話を聞き逃していた。
『明日から休みなら明日は、一日中寝ていることにしよう」
そう呟いてから電気を消し、ベッドに入り再び眠りにつく事にした。
翌日はちょくちょく起きつつも、殆どは寝ていた。こんな芸当をできる人間が世の中にはどれだけいるのだろうか。この睡眠力は一種の才能であると僕は信じて疑わなかった。
夜、起きて携帯をみるとメールがかなり来ていた。正直かなり驚いている。メールを開くともっと驚いたことがあった。
それは、二十四件もメールがきているという事とその全てが司のメールだったという事だ。内容を見てさらに驚いたのは僕にとってはどうでもいい事だけだったからだ。
『明日の着ていく服さ、何個か写真送るから何枚目がいいか教えて』
このあと、二十三件は全て画像が送られていた。正直どうでも良すぎてかける言葉も無いが一応『三枚目』とだけ返信しておくことにした。というか、三枚目までしか覚えられない。
僕は返信後にまた寝てしまい気がつくと朝になっていた。
部屋の中へ流れ込む日差しは早朝にしてはどこか暑すぎるようなそんな気がした。それもそのはず、時計を見ると時刻は午後一時十五分だった。
「やばい。完全にやらかした」
携帯にメールがきている事に気づいた。すると電話が一本かかってきた。
「もしもし。司?ごめん」
「今どのへんにいるの?もしかして家?」
図星をつかれかなり心拍数があがっているような気がする。
「今は、まだ家」
「花火ちゃんがまだ来てないから校門近くの公園でゆっくりして行くみたい。三時までには公園につくようにしてね」
(花火も来てないのか)
「分かった。本当にごめんな」
僕は久しぶりに心から悪いことをしたと反省している。だから、精一杯謝った。
「俺が強制にしちゃった所もあるし仕方ないよ。安全に来なね」
親友が心の広い奴で僕は助かっている。その広き心の親友のためにも早く準備して行かなくてはならない。僕はあわてて準備をするが何を着ていくべきなのか悩んでしまった。司が前日に色々考えていたのは正解だったな、と思わされてしまうが、意外と早く決まった。
上は長袖の水色シャツにカーディガンを羽織った。五月と言えど外から風の音が聞こえるため少し肌寒い気がする。
下は普通のジーパン。僕の着る服にブランド品はない。そもそも、ブランドがなんなのかさえよく知らない。そのくらいファッションには興味がないんだ。
着替えが終わるとすぐに靴を履いて外に出た。
懐かしいような、そうでないような。中学の頃も遅刻しそうになるといつもこの道を走っていた。そう思うとやっぱり懐かしい。
しばらく行くと小さな工場があり、いつも溜まり場にしていた。そんな迷惑な事を平気な顔でしていた中学の頃はなるべく思い出さないようにしていたが、今日だけは中学の人と会うのでしばらく忘れていたことも思い出しておきたい。
それに中学の頃の自分は嫌いだけど周りの人の全員がバカに思えた訳じゃない。会う理由がないと思っていたが、いざ皆のところに向かうとなんだかワクワクしてくる。そして、久しぶりに会うのもいいかなと少し思い始めていた時だった。
僕の目の片隅に一本の道が映った。
その道の先には田んぼがいくつもあり土手のようになっている。奥に行くと川も見えるようになっていて、夜になると反対側の町の光が綺麗になる。なぜ僕がそんな事知っているのか。
僕は中学二年の時、花火と良く来ていた。
時計を見て三時までには、まだ時間があることを確認するとその道を歩いていった。
数分で川の近くまで着いた。その川を見ながら当時話したことや周りからはどんな風に見られていたのか、もし中学三年の時も話せていたら。なんてあり得ない妄想をしていた。
頭を左右に振って忘れようとした時、僕の背後から近よってくる足音。ヒールのような音だった。春風に掻き消されない足音の方を振り返ろうと思った時。
「桜木君。久しぶり」
透き徹るような綺麗な声。なぜかこの声を聞くと足先から頭まで熱くなっていく。そして、声の方を向くと立っていたのは、桜井花火だった。
「久しぶり…」
意外な再会に驚いてもいいはずなのだが不思議と平静さを保てていた。しばらく沈黙が続き、先に話始めたのは花火の方だった。
「桜木君さ、中学の頃と雰囲気変わったよね?」
僕個人の些細な変化を花火は一目見て言い当てた。
「そんなの花火には関係ない。自分では変わったと思ってるけど…」
「関係あるとは言ってないけどね。てかさ、なんで桜木君がここにいるの?」
「歩いて公園にいく途中でこの道見つけて懐かしいから来てみただけ」
そう言うと、なぜか花火はニヤニヤしていた。その顔がかなり僕の気に障った。
あまりにも腹が立つから「何?」と少し怒り気味に聞いてみた。すると、一回プッと笑ったあとに花火は話し始めた。
「いやー。私と同じなんだと思ってついつい」
「何も同じじゃない」
「ここに来た理由同じじゃん。たぶん思い出していた事も同じ何だろうね」
僕を見透かすかのように花火は、んふふと笑っていた。思っていたことが同じかなんて他人にも自分にも分かるはずが無いのに、そう言い切れるのは絶対的な自信があるからか、もしくは僕の知っている花火では無くなりバカにでもなってしまったか。昔から少しぬけている所はあったが間の抜けた軽率な発言をする様な人ではなかった。
時計を見ると二時半だった。顔を見合わせ、二人してあわてて公園に向かった。
公園に到着すると真っ先に話しかけてきたのは司だった。
「おお、春夫と花火ちゃん一緒だったのか」
気のせいかもしれないがムスッとしている司を前に僕は弁解した。
「彼女とは道端で偶然会ってそのまま一緒に来たんだ。別に寄り道なんてしてないし、家からダッシュで来たよ?」
荒い呼吸をしつつも一緒に来た理由を説明し、適当な虚言も吐いておくと、司は「何もなしか…」と呟き笑みを浮かべていた。談笑を楽しんでいた人も僕に気がつき話しかけてきた。
名前も顔も覚えている。というより中学までなら司よりも仲が良かった人達だ。皆、何かしらスポーツをしている。そして、大半が意気がっていて現実味のないバカに見えた。
髪を染めてみたり派手なネックレスをしてみたり未成年のくせに煙草なんかを咥えてる奴もいた。男だけじゃなく女にも同じようなことを思った。
ただ、その中でも一人チャラついてない女子がいた。それが桜井花火だ。
他の子は皆ピアスが空いていたり髪を染めていたりひどい奴は男子と同じで煙草に手を出している。それなのに花火は不自然なほど普通だった。僕はそんな花火だけが素敵な女性に見えた。
勿論ピアスくらいでは人柄が判断できるとは思ってないが、花火だけはアクセサリーなどに隠れる事なく自分を見せていて一番魅力的だった。それに花火は昔から誰にでも笑顔で優しかった。そういった内面的な印象が強いというのもあるのだろう。
再開してみれば彼女の良い部分ばかりが目に映り、良い部分の記憶ばかりが引き出されていった。
(僕はなぜ彼女の事をムスッとした奴だと思っていたのだろう)
ふと、ある疑問が浮かんだがすぐに解決した。
花火は中学三年の五月頃から周囲と口を聞かなくなった。最終的な印象が最悪だったからそこで時が止まっていたんだろう。けれど、直接話してみれば僕が仲の良かった花火そのものなんだ。
そして、花火は何故孤立し始めたのか今日なら質問できる。
「ハルちゃん、一人で難しい顔してどうしたのさ。もしかして花火ちゃんと何かあったの?」
そうだ、遅刻の事に焦ってすっかり忘れていたが司は花火の事が好きだったんだ。さっき花火と一緒に来た時に司が少しムスッとしているように見えたのは、遅刻した僕に怒っていたんじゃなく、花火と来た事に対する嫉妬のようなモノか。
「何もないよ」
「そっか。皆もう行くってよ。ハルちゃんも早く行こ」
「分かった」
公園を出て通学路だった細道を真っ直ぐ進むと大通りがある。その通りに沿って五分くらい歩くと目的の飲食店に着くらしく、予約制の飲食店と聞いていたため少しワクワクしながら歩いた。だが、実際に着いてみると普通のお好み焼き屋さんだった。大人数での場合に予約しなくてはいけないと言う無駄なルールがあるらしくまんまと騙されてしまった。
僕らは四時くらいについて少しだけ店に入るのを待っていた。予約が四時半だから二、三十分くらいだけ談笑して過ごした。
「おーい。もう入るぞ」
予約をしてくれた、工藤が皆にそう言って店に入っていった。
工藤とは、この集まりを計画した中心人物だ。中学の頃から工藤の周囲には人が集まる。人に好かれる良い人なんだろうけど、僕はかなり嫌いだ。
理由は勿論ある。自分の思うように事が進まないと怒りだす。自分より下だと思うような人を必ずターゲットにして踏み台にする。
人に好かれて良い人というのは、内側を見れていないアホの前でしか通用しない。最も将来的に人の上に立つような人間は皮肉なことに本心を隠すのが上手い工藤のような人間なのだろう。
余計なことを考えていて気が付くと皆はいなくなっていた。おそらく店の中へ行ったんだろう。
(声くらいかけてくれてもいいのに)
そう思っていた途端、声をかけられた。
「何してるの?」
話しかけてきたのは花火だった。
「べつに」
「なんか冷たいね。呼びに来ていただきありがとうございます、くらい言えないのかね」と冗談混じりに言ってくる。
「呼ばれなくても一人で行けるよ」
本当はありがとうくらい言ってもいい、いや言うべきなんだろうがなぜか花火とは関われない。だから言えない。
聞きたい事はあるのに関わり合いを持ちたくは無いなんて酷いくらいに矛盾している。
「何か考えてたでしょ」
「まあ少しね」
工藤の本当の人柄の事や花火の事を考えていたとは言えない。
「あー、やっぱり!」
花火が耳を赤らめ、手で顔を隠している。
「何でやっぱり?」
「私の事考えてたでしょ。もー恥ずかしい」
考えてはいたが花火の思う事とはまるっきり違っているだろう。頭の良い子だと思っていたのにがっかりさせられる。取り敢えず、面倒臭いから無視して一人で店に入ることにしよう。
僕が先に店に入り、あとから花火が入ってきた。
「ねえ、無視しないでよ。ジョークじゃん」
「あのさ僕は昔と違う。花火も外見とか愛想良い所とか以外は変わった。てか昔はそこまで笑ってなかった、そんなに安っぽい笑顔じゃなかった」
僕の言い分をきいた花火は眉間に皺を寄せてた。
「そうですか。安っぽい女で悪かったわね」
微妙に話が違っている気がしたが花火は膨れた顔で僕を睨み先に歩いていってしまった。僕が黙って花火のあとについていくと食事は既に始まっていて凄く暑くてうるさかった。男女でペラペラ楽しそうにしゃべっていて、合コンなんじゃないかと目を疑うほどだ。
「ハルちゃんこっちこっち」
うるさい所と少しだけ離れた所に司と他二人がいた。冴えない面子はいらないと言わんばかりに端の席に寄せられていた。彼らを冴えないなんて言葉で片付けてしまうのは申し訳無いとも思うが、きっとそういうことで間違いがない。それが僕ら冴えない面子と勢いだけで生きている人間の立場関係だ。
「司達は、あっちで話したりしなくていいのか?」と分かり切った質問をした。
「いいんだよ。陰キャはおとなしく陰キャ同士で楽しくやるよ」
陰キャとは誰が定めたものなのか。そもそもハブられている自覚がありながらもこの場に居座る司が僕には到底理解できなかった。
「ハルちゃん」
「なに?」
「あとでさ、ここに花火ちゃん呼んできてよ」
「なんで。自分で話してきなよ」
男なら自分で何とかしろと言いたいが花火の周囲に人だかりが出来ているのを見るとそこまでは言えなかった。
もしかしたら、自分が呼んでも相手にしてくれないと思っているのかもしれない。それとも、僕という人間を使って仲良くなろうとしているのだろうか。いや一番は周囲にいる男達が怖いのだろう。
「ハルちゃんが欲しがってたミステリー小説、俺持ってるよ」
物で僕をつるつもりなんだろう。
「人の読んだ物より、自分で新しく買った方がいい」
「本当に?偶々、本屋に行ったらハルちゃんの好きな作家さんのサイン入り単行本。漆黒って言う本があってさ、ハルちゃんに安く売ろうと思ってて、呼んできてくれたら代金はいらないよ。呼んでくれないならネットで売ろうかな」
「大竹先生のか!」
喰いついてしまった僕を嘲笑うかのように司は頷いた。
ずるい。これは計画的犯行に違いない。大竹先生と言えばミステリーを手がける大作家で僕の人生観を変えてくれた一人だ。漆黒も一ヶ月前に発表したばかりの新作で、サイン入りの本は完全予約制で一時間で予約が埋まり出回っていない。つまり司は一ヶ月前の発表された瞬間から何かに使えると企んでたことになる。例え見え見えの餌だとしても憧れの作家さんのサイン本が餌なら喰いつく価値は十分にある。良く考えれば話をするのは司で僕は呼んでくるだけ。花火を呼ぶだけでサイン入りの本がもらえる。僕にとってはどんな高いステーキよりも美味しい餌だ。
「よし。わかった。今呼んでくる、待ってて」
「え、今?」
「そうだけど」
「早いよ心の準備がまだ」
「男だろ、そんくらいなんとかしろ」
「ハルちゃん本に興奮して言ってることメチャクチャになってるよ」
「なってないし、行ってくる」
いざ、花火の近くに行くと皆に見られるだろう。だから通りすがりに肩を叩いて呼ぶ事にした。そして、予定通り実行すると見事に僕の存在に気が付き一度振り向いたのだがそっぽを向かれてしまった。
(さっきのまだ気にしてるのか)
次の策を考えようとトイレの前に立っていると「どうしたの?」と不機嫌そうな花火が話しかけてきた。
「あの、えっと」
「何?はっきり言わないとわかんないんだけど」
来てくれるのはありがたいがもう少し優しくして貰いたいものだ。
「あっちで僕達と少し話さない?」
僕も話すニュアンスにはなってしまったがひ一先ず誘う事はできた。そんな事より、花火に話しかけるのがなんでこんなに恥ずかしいのか。自分の事じゃないのに顔が熱くなる。もしかしたら熱でもあるのかもしれない。
花火はクスクス笑ってから口を開いた。
「なんだぁ、そんな事か。急にかしこまるからコクられるのかと思った」そういって花火はあははと笑っていた。
小さく喋っているからいいものの何て事を言い出すんだ。誰かに聞かれたら誤解されかねない。大体、僕が告白するわけない。確かに花火は普通よりは可愛いと思う。髪の毛も僕好みのロングで綺麗な黒。でも、容姿何て関係ない。絶対にあり得ない。それより、この話を早く終わらせねば。
「んで来るの?」
「行ってあげるよ。すぐ行こう!」
そして花火は笑った。その笑顔に意味があるのか、ないのか僕には良く分からない。花火が席に戻り携帯を持ち司達のいる方に行こうとすると「花火どこ行くの?」と花火の隣を独占している女子が問いかけてきた。彼女は、中学の頃から花火と良く一緒にいた。
「ちょっと他の人とも話してくる」
「他の人って。あんな奴らのとこに行くの?」
僕はその言い方に腹が立った。でも、そんなの相手にするのもバカみたいだ。すると、暴言を吐いた彼女は僕に話をしてきた。
「春夫もさ、あんな奴らといないでこっちに来なよ。本当はあいつらから避難してきたんでしょ。厄介なのに絡まれて春夫も大変だね」
僕が黙り混んでいると彼女は続けて話してきた。
「私の事忘れた?」
悪ふざけで聞いているのだろう。周りを見ると皆笑っていた。花火を除いては。
(不愉快)
「そんなのあるわけないだろ。会ってないの一年くらいだよ」
話に入ってきたのは工藤だった。そして、その発言にみんなが頷き笑っていた。どうやら彼らは笑いの沸点が低いらしい。沸騰石でも口から積めてやりたいくらいだ。
この話の何がおもしろい?人の趣味や容姿でしか物事を判断できないような奴らに司の悪口は言われたくない。確かに司はオタクだしルックスも大したことない。でも、司は人を容姿で見たりはしない。こいつらよりもよっぽど格好良くて頭の良い人間だ。
冷静に考えれば考えるほど頭に血がのぼり僕はその笑いを掻き消すかのように彼女の質問に答えた。
「君みたいな不愉快な人間を僕は知らない」
「何か言った?」
彼女達はまだ笑っている。聞こえていないのか。それとも、ジョークだとでも思っているのか。僕は改めて今度ははっきりと言った。
「君達みたいに頭の悪い人間の事なんて端から覚えてるわけないじゃん」
そう言うと、工藤が正当を装ってつっかかってきた。
「今の発言はなに?皆がお前になんかしたの?」
「お前って言ってる時点で終わってんだよ。僕じゃなくて僕達にだ」
「あぁ?てか、何その話し方。僕僕僕僕うるせんだよ。気持ちわりーな」
僕は無視して財布を取り出した。
「無視すんなよ。俺がキレる前に謝っといた方がいいぞ」
(もうキレてんじゃん)
僕は財布を覗きながら一言だけ発した。
「謝るとしたら、先に君らじゃないの?」
重い空気に皆が黙り混んだ。
そして嘲笑気味に工藤が話してきた。
「そうか、春夫は杉山と関わりだしたから、陰キャ臭くなったのか」
工藤が笑いだし、皆もそれにつられ笑いだした。本当にここにいる面子は頭が悪い。いや、人として終わっている。なんでこんな奴らと中学の時仲が良かったのか。僕にとっての中学は黒歴史でしかなくなった。
「春夫はこっち側の人だろ」
どこからか飛び交った言葉に僕は疑問と怒りを抱いた。
(こっち側?人生にサイドなんて分かれているわけがない。例え分かれていたとしても僕は工藤と同じ場所には位置していない)
「桜木の友達に杉山なんて似合わないよ」
「本当にバカだなー」
人数が多いせいで誰の発言かはわからないがとにかく色々と言われた。
場を和ませようとしているのかもしれないが出てくる言葉が全て人を外見で判断しているようなものだ。
なぜか、そこでも笑いが起こり空気が一瞬で緩くなった。この人達は日本語を使っているのはずなのに全く理解ができない。小学生の国語の時間にでも習っておきたかった。
「君達のような人に司の良さはわからない。ましてや、君達は生きることの…その意味の重さすら感じずにただ生きてるんだろうね。そうでなければこんなくだらない人間になりはしない」
また、工藤が僕を睨んできた。そして工藤が口を開けたタイミングでもう一言皆に向けて言った。
「御馳走様でした」
さっき財布を覗いた時に五千円札しかないことに気がついた。両替でもしてから帰ろうと思っていたけど、さすがに我慢の限界を越えてしまったので五千円札を出して僕は帰った。
(久しぶりに感情的になった。沸騰石が必要なのは僕かもしれない)
まだ、日が沈み始め辺りはオレンジ色だった。
僕はあの場に一時間も居れなかったのかと思うとため息が出てしまった。司との約束も破ってしまったままだ。サイン入りの本も手に入らないし。はあ、とまた深いため息をついた時だった。後ろから走ってくる足音がした。
(司が追いかけてきたのか。謝らないと)
何も言わずに勝手に帰ったんだ。それに約束も守ってない。顔を見るのが怖かった。だから、顔を伏せたまま一言だけ謝った。
「ごめん…」
僕の謝罪に返答がなかった。よく思い返してみると足音も靴の音じゃなかったような。どこかで聞いたことのあるような音だ。目を開け下を見てみるとヒールだった。僕は勢いよく顔をあげた。
「いーよ」
花火だった。
「ごめん、謝る人間違えた…」
「なにそれ、いいよとか言った私がバカみたいじゃん」
花火は少し笑いながらそういってきた。
「何か用?」
「その言い方よくないよねー。べつにいいけどさ」
僕が黙っていると花火は話を続けた。
「桜木君さ…いや、春夫さ二千円も損してるよ」
食費代が三千円ということを今知った。だけどべつに関係ない。
「べつにいいよ、バイトしたお金だし。実際あの場の空気も壊したしね」
僕が花火に背を向け歩き出すと、花火が僕に向かって話してきた。
「分かるよ!」
花火の声を聞き僕は何故か立ち止まっていた。
「人が生きる意味の重さを分かれば、考えることだけでも出来れば、あの人達のようにはならない。春夫みたいな考えが皆にもあればいいのにね」
僕は冷やかしなんじゃないかと思った。こんな事を声に出してもまともに話を聞いてくれた人がいなければこんな深いことを考えてる人もいなかった。
殆んどの人は目先の楽しみや悲しみで視野がいっぱいいっぱいだ。だからこそ、僕は他とは少し違った視野で違った興味を持っていた。決して他人には理解されない変な興味だ。
口にすれば変な奴だと思われるのが落ちだ。だから僕は善人だと認めている花火ですらどこか僕を腹の中で笑っているとすら思ってしまう。
疑る僕の心の内が読めてしまったのか花火は真剣な顔つきで話し始めた。
「生きる意味はわからないし知りたいくらいだよ。けど、生きることは当たり前じゃないから容姿で判断していいことなんて何もない。でしょ?」
真剣に話している花火は本当に僕と同じようなことを考えた事があるのかもしれない。生きる意味が分からないと言うことが妙にリアルで少しずつ信じ始めた。
生きることは当たり前じゃない。そう思えるのはそれなりの経験があったからこそ言えることであってただ生きているだけの高校生が口にできる事ではない。
すると、花火がハッとなり口を開いた。
「いいこと思いついた」
僕が首を軽く傾げると指を二本立て真面目な表情で話し出した。
「選択肢を二つあげる。その二つから一つ選びなさい」
「なにそれ」
「一つ目、私のメアドの書いてある紙のみ受けとる」
花火はこっちの話などおかまいなしのようだ。
「なにそれ」
僕の言葉は意味をなさないらしい。
「二つ目、お釣りと一緒に紙をもらう」
言いたい放題いったあとに、少し間が空く。ここで僕にしゃべる場があたえられたと言うことか。
「二つ目の紙ってなに?」
「一つ目の物と、同様です」
「その言い回しうざいね」
「ありがと」と軽くあしらわれてしまった。
けど、少しだけ楽しい気がする。花火みたいに人の話をきかないで自分のペースで進めてくる人もなんだ中々いない。花火は変わっている。そして僕も。
すこし鼻で笑った僕をみて花火はバカにされたと勘違いしたのか少し不貞腐れた。
しばらくして、花火がさっきの二択の答えを求めてきた。
「結局どっちにするの?」
僕は少し笑みを浮かべ答える。
「今思い付いた提案にしては、メアドの紙といい準備よすぎるよね」
「そ、そう?」
花火は横目に誤魔化しているが単純に話が上手く行きすぎていると思う。メアドはどこかで渡すつもりだったのだろうか。
ただ、今の僕には花火と話す理由がある。
「じゃあ、選択肢一番で。メアドの紙は貰っていくよ」
花火の手から手書きの紙だけを取り、花火に背を向け歩き出した。
漫画や小説、ドラマなどでありがちな終わり方を選んでしまったことに僕自身吐き気がしてしまう程気持ち悪かった。
そして、女子とメールなどをしていなかった僕は帰ったら初めて女子のメアドを登録しなくてはならない。けど悪い気はしない。
後ろから声がした。
「また今度ね。司くんには私から上手く伝えておくから」
僕は一旦花火の方を向き「助かる」とだけ告げてまた歩き出した。
不幸中の幸い、司の願望も叶うことにはなった。
少しワクワクしていた気持ちは見事に踏みにじられたが、その代わりと言えるか分からないが桜井花火という人間をまた知りたいと思うようになれた。




